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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十章 人々

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190/3508

0190.南部領の惨状

 ラクエウス議員を団長とする調査団は、ラキュス湖の東岸沿いに点在する街のひとつひとつに降り立った。

 キパリース市とリストヴァー自治区の間には、小さな街が点在する。「市」と呼べる規模の街は、ネモラリス領最南端のゼルノー、マスリーナ、クルブニーカだけだ。


 半世紀の内乱では、多くの都市が(おびただ)しい死者を出した。

 その「死」を(かて)に魔物が蔓延(はびこ)り、滅びた都市も少なくない。再興しようにも、魔物を全て排除するのは困難だ。



 キパリース市以南は、小さな街でさえ空襲を受けた。

 街を魔物から守る防壁を破壊され、ほんの数発の爆弾で壊滅的な被害を受けた所もある。

 住人が避難し、ゴーストタウン化した街が幾つもあった。

 その周辺の街は、避難民と地元民の軋轢(あつれき)で、物心共に疲弊(ひへい)する。


 大都市では、防壁の維持に必要な魔力は不足しがちだが、個々人の持つ【魔除け】と、その人々の暮しの活気が魔物を遠ざける。

 忌々しいことにリストヴァー自治区でさえ、その周囲を魔法の壁で囲われる。



 小規模な街では、荒野と人の生活圏を隔てる防壁は命綱だ。

 死者から回収した【魔道士の涙】で防壁の【結界】【魔除け】などを強化する。


 噂では、避難民の老人を殺害して【魔道士の涙】を補充した所があると言う。

 調査団には、真偽を確認する時間も権限もない。ラクエウス議員は、そのようなことがあっても、なんら不思議のない空気を感じた。



 力ある民でも、他の街を知らなければ、安全な場所へ【跳躍】できない。

 空襲の最中(さなか)、西岸の都市から東岸へ【跳躍】で(のが)れた者もある。だが、爆撃がほぼ同時刻に行われた為、結局、命を落とした者が多かったとの報告も上がった。

 同様に、東岸から西岸への【跳躍】もあったことだろう。


 あの日、ネーニア島北部や、ネモラリス島へ避難できた者の把握も、遅々として進まない。

 空襲を(まぬか)れた都市に避難民が集中し、収容しきれなかった人々が(ちまた)に溢れる。

 避難所外の人々は遠縁や知人を頼り、国内を転々とした。かつてひとつの国だったラクリマリス領へも流出する。


 親を失い、近くに居合せた大人の厚意で避難できた子供には、乳幼児も多い。

 避難所に身を寄せられた子供は、当局が把握し、優先的に保護を進める。

 巷に溢れた避難民の子は、人身売買の商品にされる(おそ)れがあるが、対応は後手に回った。


 売人が「ウチの子です」と言えば、乳児には否定できない。


 売られた子供が、力ある民ならまだマシだ。

 それなりの魔力と頭脳があれば、癒し手として大切に育てられるだろう。

 【飛翔する(フクロウ)】や【青き片翼】などの医術を修めた者は、子孫を残すことを許されない。その為、我が子を呪医にする親は少ないが、魔法文明社会にとって、呪医は必要だからだ。


 力なき民の子供が、売られた先でどう扱われるか、知れた物ではない。

 既に海外へ売られたとの情報もあるが、戦時下ではどうしても対応が後手に回ってしまう。


 ……邪悪な魔法使い共が。


 ラクエウス議員は、街の代表者や陳情者の話に(ほぞ)を噛んだ。



 報告書はどんどん厚くなる。

 湖で魚を獲れる者が居る街は、食糧問題に限っては幾分かマシだ。それでも充分とは言えない。【(すなど)伽藍鳥(ペリカン)】学派の術者が魔物に襲われる危険性もある。


 特に被害が酷い南部の都市は、立入制限区域に指定された。

 リストヴァー自治区以外でも、逃げ遅れた被災者の生き残りがまだ居る筈だ。


 この一カ月の間にどれ程の命が失われたのか。

 魔物や自然の寒さだけでなく、飢え、(やまい)、傷、【魔道士の涙】目当ての殺害、軍が魔法で起こした嵐など、人の命が失われる理由は幾らでもある。



 南下するに従い、調査団の表情が沈んでゆく。

 どこも罹災者(りさいしゃ)で溢れ、キパリース市以南で孤立した住民を他へ移送することさえままならない。


 「せめて、この子だけでも……!」


 懇願されても、調査以外の権限を与えられなかった彼らには、必要な物資の聞き取り程度しかできないことが歯痒かった。


 「役立たずッ! 税金泥棒ッ!」

 「火事場の物見遊山(ものみゆさん)かよッ! 人でなしッ!」

 「食いモン、何かもってんだろ? なぁッ?」


 どんなに詰め寄られても、待って欲しいと(なだ)める他なく、調査団員の精神的な疲労は(つの)る一方だ。


 更に悪いことに、南へ行くに従って魔物が実体化した「魔獣」の数が増えた。日中でも活動し得る肉体を備えた確固たる存在だ。



 魔物や魔獣に蹂躙(じゅうりん)され、生存者の居ない集落が幾つもあった。


 小型の魔獣は、同行する力なき民の兵が銃で処理できたが、大型の魔獣からは逃げるだけで精一杯だ。弾薬にも限りがある。

 武器を持たぬ国民がどれ程、魔獣の餌食になったか把握すらできない。


 魔物や魔獣の対策をしなければならないが、軍は戦争に手を取られる。



 ラクエウス議員は軍用機が離陸すると、部隊の再編が可能か、護衛の隊長に質問した。

 隊長は、眼下で(うごめ)く化け物どもから目を離さず、歯切れの悪い答えを寄越した。

 「上に報告は致しますが、我々は末端ですので……」

 「うむ。では、個人的な予測だけでも聞かせてもらえんだろうか」


 隊長は、隣でシャッターを切る民間人のカメラマンをチラリと見て、ラクエウス団長に顔を向けた。

 「個人的には、生存者がいる所に防衛線を引き、あれを街に入れないことが、現状では最善かと存じます」

 「何故だね?」

 「魔物対策に()ける兵員が少ないので。そんな小規模な討伐隊を場当たり的に投入しても、損害が拡大するだけです」

 「……ふむ」


 ラクエウス議員は、その言葉で現状に思いを巡らせた。

 孤立した住民を移送し、受け容れられる余力のある都市は、国内にはない。

 ネモラリス島のギアツィント港には避難民が殺到し、そこからネモラリス島内各地に移送したのだ。


 ネモラリス中央政府は早い段階で、ネーニア島とネモラリス島間の航行を制限した。魔法使いでも、知らない場所へは術で移動できない。ネーニア島北部は、避難の船を待つ国民で溢れた。



 ラクリマリス王国による湖上封鎖で、食糧の輸入もままならない。

 東のアミトスチグマへの航路が命綱だが、大陸の王国は遠かった。



 アミトスチグマをはじめ、ラキュス湖東地方の国々は静観を決め込み、何事もなかったかのように貿易だけは続ける。

 外交官は未だ召還されないが、ラクリマリス王国のような救援物資の供出や、避難民の受け容れの申し出もなかった。


 湖南地方の争いに首を突っ込みたくない、と言う気持ちはわかる。

 湖東地方の国々からは、この戦争がほぼ内輪揉めに見えるだろう。



 それでも、ラクエウス議員は、人道的支援を一切申し出ないのは、如何(いかが)なものかと思った。

 「……住民が取り残された街に守備隊を送るしかないのか」

 「現状維持くらいしか……」

 「何だありゃッ?」


 突然、カメラマンが声を上げた。日之本帝国製の最新式カメラに持ち替え、大砲のようなレンズを限界まで寄せる。


 「何が見えた?」

 「わかりません」

 隊長の問いに短く答え、シャッターを切る。

 デジタル一眼レフのプレビュー画面を覗いた顔が、見る見る青褪めた。


 「おいッ、どうしたッ?」

 隊長が声を荒げた。

☆【飛翔する(フクロウ)】や【青き片翼】などの医術を修めた者は、子孫を残すことを許されない……「0108.癒し手の資格」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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