1851.業界の連携を
「えぇっと、臨時政府保健省の情報を手に入れた方がいいって言うのは、国内の他所の街がどう動くか、どんな規制があって、どこで役所の調達情報が出るか、わかるからです」
薬師アウェッラーナが先程の質問の意図を説明する。
マチャジーナ市商工会議所の面々は、やや肩の力を抜いて、移動放送局所属の薬師に緑の目を向けた。
「ここは、お薬の素材を生産する法人が多いですし、その情報があれば、国内で販路を拡大できると思うんですけど……えっと、クルブニーカから避難した製薬会社の移転先が国内なら、保健省と産業省が、移転や許認可の情報を持っている筈ですから」
商工会議所に集まった企業人たちは、ピンとこない顔でアウェッラーナの説明に耳を傾ける。
ジョールチがひとつ咳払いして言った。
「みなさんご承知の通り、各省庁の前に設置された掲示板には、官報が貼り出されております」
「タブレット端末が通信機器として使い物にならなくなってからでも、カメラ機能はフツーに使える。役所に書類見せてくれって直談判しなくても、貼紙の情報を撮っとくだけで、かなり動きやすくなるよ」
ラゾールニクが言うと、マチャジーナ市の基幹産業従事者たちは、辛うじて首を縦に動かした。
パドールリクが、二十余名の企業人を見回して言う。
「あなた方が臨時政府に叛旗を翻しても、国内有数のアルコール産地であることには、変わりありません」
「貿易できなくなった現在、産業用や医療用の需要は、国内だけで賄わなければなりません」
ジョールチが言い足し、パドールリクが続ける。
「国内の産業界がもっと緊密に繋がった方が、生き残りやすいと思いますが、いかがでしょう?」
「そうは言っても、元々電話すらない地域が多いですからね」
副会頭が緑の眉を下げる。
「自力で【跳躍】できるとこ、誰がどこへ跳べるか、商工会のみんなにアンケート取って、各街の連絡役を決めて、定期的に情報交換すればいいんじゃない?」
ラゾールニクが自分のタブレット端末をつつき、ダウンロード済みの地図を表示させた。
会頭と副会頭が顔を見合わせ、会員たちを窺う。
各都市の役所が発行した広報紙や掲示物を撮るだけでも、それなりの情報量になるだろう。
「……検討してみます」
ややあって、会頭がまだピンと来ない顔で言った。
薬師アウェッラーナは、各地の情報を照合・比較すれば、自ずと見えることがあると、移動放送局の活動を通じて知った。
今はまだわからない彼らも、実際に自分の足で情報を集めるようになれば、いずれ、情報の価値に気付くだろう。
……本来業務のついでだと、社員が大変そうだけど、専属の情報係を雇う余裕ってあるのかな?
流石にそこまでは口出しできなかった。
翌日、マチャジーナ港の倉庫を一棟借り、商談会が行われた。
パルンビナ株式会社からは、医薬品素材部の課長と担当社員が参加した。彼らとマチャジーナ市の生産者や中間素材の製造業者が、次々と名刺交換をする。
薬師アウェッラーナは、薬素材の検品に来たが、どれも上等のものばかりだ。
ヌシフェラの葉と花弁には、乾燥の工程で傷んだものがなく、種子にも裂皮がない。カムフォラの結晶は純度が高く、白油にも濁りがなかった。
それぞれの業者が、総合商社パルンビナ株式会社の二人に品質を売り込み、今後の取引について相談する。
交換品の【無尽袋】から小麦と大豆が出された。
倉庫会社の作業員が、二十キロ入りの麻袋をパレットに積んで、フォークリフトで移動する。
「もし、王国政府が経済制裁に同調しても、人の流れは禁止されませんので、連絡は取り合いましょう」
「勿論です。こちらこそ、よろしくお願いします」
ネルンボ農園の経営者と課長が握手を交わす。
「実際、動き出してみないことには、わかりませんけどね」
マチャジーナ市商工会議所の会頭が、片手で口許を覆って言った。
「スクートゥム王国は、魔法文明国で、国連にも加盟しておりません。最悪の場合、あの国の商人を通じて貿易すれば、なんとかなりませんか?」
「ネットを導入していない国の取引記録だけなら、バルバツムなどにはわからないでしょうが、相手国側はそうはゆきませんからね」
アミトスチグマ人の課長がやんわり断り、平社員も顔を曇らせる。
「スクートゥムともう一カ国、ルブラ王国かどこか、魔法文明国を間に挟めば何とかなるかもしれませんが、協力を得られますかどうか」
緑髪の企業人たちが拳を握る。
「しかし、大豆や小麦まで禁輸対象に含めるなんて、これじゃ飢餓作戦ですよ」
「攻撃手段として文民を飢餓状態にしてはならないと、国際条約で決まってる筈なんですけどね」
課長が頷き、ネモラリス人に気の毒そうな目を向けた。
今回の制裁を決議した安全保障理事会の国々も、経済大国二十カ国も、その条約の締約国ばかりだ。
大豆からは、油が採れる。
植物油を材料にする魔法薬がある為、禁輸対象に指定された。
小麦も、脚気の治療薬など、魔法薬の素材になり、殻が【耐寒符】など呪符用インクの素材になる為、これもまた規制の網に掛かるのだ。
ネルンボ農園の経営者が項垂れる。
「どちらも、戦闘用に使うような魔法薬や、呪符にはならないのですが」
「この辺の国は、ひとつも国連安保理じゃありません。それに魔法文明国には、経済大国二十カ国会議に出席した所もありません。科学文明国……いえ、キルクルス教文化圏の論理を世界中に押しつける場でしかないんですよ」
商工会議所の副会頭が忌々しげに吐き捨てた。
パルンビナの担当社員が苦い顔で相槌を打つ。
「二枚舌ですよね」
「それとも、キルクルス教徒でない者、魔法使いは悪しき業を使う不浄の存在だから、絶滅しろとでも思っているんでしょうかね」
「アーテルがバルバツムに泣きついて、制裁するように仕向けたんですよね」
タブレット端末を所有する経営者たちが、目尻を吊り上げる。
「国連を抜けた癖に利用するなんて、狡いじゃないですか」
「国連は、ネモラリス難民への人道支援は続けるって言ったらしいけど、実際はとっくの昔に難民キャンプから手を引いてるからなぁ」
ラゾールニクがぼやいてみせると、一同の注目が集まった。その目がアミトスチグマ人の二人に移る。
「事実です。国連難民高等弁務官は、かなり粘ったようなのですが、拠出金を盾に押し切られたようです」
課長が応えると、ヒリつくような沈黙が倉庫に満ちた。
☆先程の質問……「1850.制裁対策会議」参照
☆アーテルがバルバツムに泣きついて……「1841.奏者への質問」「1842.武器禁輸措置」参照
☆絶滅しろとでも思っている……「1404.現場主義の力」参照
☆国連を抜けた癖に……「0078.ラジオの報道」参照
☆実際はとっくの昔に難民キャンプから手を引いて……「1606.避難地の現状」「1607.現実に触れる」参照
【参考】攻撃手段として文民を飢餓状態にしてはならない
=非戦闘員に対する兵糧攻めは禁止
ジュネーブ条約参照。
>第五十四条
>文民たる住民の生存に不可欠な物の保護
>1 戦闘の方法として文民を飢餓の状態に置くことは、禁止する。
>2 食糧、食糧生産のための農業地域、作物、家畜、飲料水の施設及び供給設備、かんがい設備等文民たる住民の生存に不可欠な物をこれらが生命を維持する手段としての価値を有するが故に文民たる住民又は敵対する紛争当事者に与えないという特定の目的のため、これらの物を攻撃し、破壊し、移動させ又は利用することができないようにすることは、文民を飢餓の状態に置き又は退去させるという動機によるかその他の動機によるかを問わず、禁止する。




