1850.制裁対策会議
「ヌシフェラの葉は、全量を力なき民向けの熱中症治療薬に加工する予定です。納品の等級も、それでお願いします」
「こちらは、アミトスチグマの製薬会社が複数社、手を挙げたそうです」
薬師アウェラーナが用途を説明し、アナウンサーのジョールチが補足する。
ヌシフェラを栽培するネルンボ農園の経営者が、小さく手を挙げた。
「解毒剤は要らないんですか? ウチは、収穫物の加工まで一貫して手掛けておりまして、解熱剤でしたら、完成品をご用意できるのですが」
「解熱剤も不足しがちではありますが、現地調達が可能な他の素材からも作れます。でも、熱中症用の魔法薬は、ヌシフェラの葉が最も安価で大量生産しやすいので、そこに集中投入するそうです」
「そうですか……熱中症の薬を作る工場は、クルブニーカにありましたからね」
生産・加工を手掛ける業者は肩を落とした。
ネモラリス共和国では、湖の民が圧倒的多数を占め、力なき陸の民は少数派だ。
湖の民と力ある陸の民ならば、衣服に掛かった【耐暑】の術に守られ、熱中症に罹る心配がない。
国内では需要が少なく、製造を手掛ける企業は少なかった。
ヌシフェラの葉から作られる熱中症治療の魔法薬は、保存が利かない。病院や薬局では薬師がその都度、その場で少量だけ作る方が無駄が少ない為だ。
「熱中症の治療薬は、作ってから五日程度しか日持ちしません。昨年の難民キャンプでの患者発生状況と、今年の報告や気温などに基づいて生産調整してもらう予定です」
「それではやはり、こちらの製薬会社には対応できないでしょうね」
ネルンボ農園の経営者が項垂れる。
ヌシフェラの花と種子を使う強心剤は、他にも素材が必要で、中級以上の術者でなければ作成できない。
カムフォラの結晶は、強心剤、打撲や凍傷、リウマチの治療薬など様々な魔法薬の素材になるが、科学の用途でも、防腐剤や火薬の材料となる。
当然、禁輸対象に指定された。
アミトスチグマ政府が態度を保留する間に売れるだけ売っておかなければ、この地域にも貧困の嵐が吹き荒れるだろう。
終戦し、制裁が解除されるのが何年先になるか読めない。だが、その前に医療産業都市クルブニーカの製薬会社が息を吹き返せば、内需が増える。
呪医セプテントリオーと葬儀屋アゴーニ、警備員ジャーニトルの話によると、クルブニーカの人々は、南のラクリマリス領や北のガルデーニヤ市など、散り散りに避難したらしい。
北へ逃れた人々は、二度の空襲でどうなったか知れたものではない。
だが、縁故を頼ってネモラリス島やラクリマリス領へ逃れた人々は、クルブニーカ市が復旧すれば、戻る可能性があった。
クルブニーカ市に所在した中小の製薬会社は、多くが魔法薬の製造を担う。
素材は、目と鼻の先にあるレサルーブの森にある。咳止めや熱冷まし、傷薬なら森の奥まで行かなくても素材を入手できる。
経営者と従業員が無事なら、僅かな機材で操業を再開できるのだ。
……それで、臨時政府が無茶な動員を掛けたのかな?
「パルンビナの社員、三日後に来られるって。その日が都合悪けりゃ来週」
「いえ、なるべく早い方がいいでしょう。三日後でお願いします」
気を取り直した会頭の発言に異を唱える者は居ない。
「情報収集の対策会議は、明日の同じ時間にここで、お願いしてもよろしいですか?」
ジョールチたちにも異議はなく、話がすんなりまとまる。
パドールリクが制裁関連の資料を会頭に渡し、今日のところはお開きにした。
翌日、再びマチャジーナ市商工会議所に顔を出すと、目の下に隈を作った会頭に出迎えられた。
四人が席に着いた途端、会頭と副会頭が、知恵を出し合った結果を語る。
「あれから夜遅くまで話し合いまして、ラクリマリスの親戚から古新聞を分けてもらうことになりました」
「他にも、国連の動きを調べてもらえないか、ラクリマリスでパソコンを持っている身内にも頼んでみました」
「返事はまだですが、無理なら他を当たります」
ジョールチが見回す。昨日と同じ顔ぶれだ。
「成程。他に案はございませんか?」
「アミトスチグマとステニアの取引先にも、古新聞を分けてもらえることになりました」
「経済制裁と言っても、【跳躍】は防げませんし、この辺の国はどこも出入国管理が緩いですからね」
「インターネットが繋がる内にと思いまして、昨夜、問合せましたところ、昼前に一社からお返事いただけました」
「ゴミを回収するだけなら、貿易ではないから大丈夫だろうとのことで、こちらからは“個人的に”多刺蟹をご馳走するコトでまとまりました」
マチャジーナ市の基幹産業を担う者たちが、疲れた顔の中で緑の瞳を輝かせる。
「情報源は、複数あった方がいいですからね」
国営放送アナウンサーのジョールチが微笑で応え、企業人の顔が明るくなった。
「レーチカ方面……特に臨時政府保健省の発表とかは、どうされますか?」
薬師アウェッラーナが聞くと、一気に場の空気が冷え込んだ。
「他所はどうか知りませんが、ウチと西隣のデレヴィーナ市は、臨時政府に従わない選択をしたんです」
「こないだの市長選挙で」
「えッ?」
話が見えない。
「どゆコト?」
ラゾールニクが会議机に身を乗り出した。
「任期満了で、市長選挙があったんです」
「現職と無所属新人の一騎打ちでした」
投票率は過去最高の八十三パーセントを記録し、その七十九パーセントが新人のシプーヒ候補に票を投じた。
シプーヒ候補の主張はただひとつ。「魔哮砲を運用し、戦禍を招いたクリペウス政権との訣別」だ。
マチャジーナ市の有権者は、過半数が臨時政府に否を突きつけた。
現職市長に投票した者の中にも、クリペウス政権に異を唱える者は多い。
「へ? 貨物船来る割に商品届かなくなったのって、それが原因じゃね?」
「一応、国際社会で正当と看做されているのは、臨時政府ですからね」
ラゾールニクとジョールチが指摘すると、地元民は顔を見合わせた。
☆ネルンボ農園……「1804.扉が開く沼地」参照
☆呪医セプテントリオーと葬儀屋アゴーニ、警備員ジャーニトルの話
呪医と葬儀屋……「0195.研究所の二人」参照
警備員……「876.警備員の道程」参照
☆貨物船来る割に商品届かなくなった……大きい貨物船「1758.マチャジーナ」、入荷が少ない「1759.虫除けの費用」参照
☆国際社会で正当と看做されているのは、臨時政府……「693.各勢力の情報」参照




