1847.税の強制徴収
国営放送リストヴァー支局長が、懐から手帳を取り出し、共通語で言う。
「昨日、局員に仮設病院で取材させたところ、事務員からもう少し詳しい情報と、臨時政府の広報紙を入手できました」
二一九三年一月、滞納者の資産差押を以前より広範且つ迅速に行えるよう、税法が改正された。
これにより、取立てが厳しくなり、資産没収の件数が急増。税を現金や物品で納付できない場合、新設された納税方法「労役」として、復興事業に駆り出されるようになった。
力ある民ならば、呪符や【魔力の水晶】への魔力充填だけで事足りる場合もあるが、多くはそれだけでは足りず、トポリ市や医療産業都市クルブニーカなどの現場へ送られた。
「そんな急に復興工事の現場へ送られて、働けるものなのですか?」
バンクシア人のフェレトルム司祭が、微妙にずれた質問をする。
支局長の視線を受け、東教区のウェンツス司祭が答えた。
「私も兵隊さんからの伝聞ですが、魔法のタイルを焼成する火の魔法など、力ある民なら、重機操縦など工事関連の資格がなくても、できる作業はたくさんあるそうです」
「職人さんたちのお食事の用意もあるでしょうし、人手はあればあるだけよいのでしょうけれど、お金持ちが外国へ引越してしまいそうですわね」
クフシーンカは、臨時政府の強引なやり口に呆れた。
支局長が首を横に振る。
「ネモラリス島内の空襲がなかった地域なら、土地や事業を放り出して外国へ移住する者は少ないでしょう」
「現に半世紀の内乱後、この自治区ができた当時も、信仰を偽ってまで、ここへ持ってこられない財産にしがみつく人が居たんですよ」
区長が拳を握った。
大聖堂から派遣されたフェレトルム司祭が、怪訝な顔をする。
「どう言うコトですか?」
「ネモラリス政府は半世紀の内乱後、ここにキルクルス教徒の為の自治区を設置し、私たちの信仰の自由を保障しました」
「こちらの方の弟さん、ラクエウス議員ら多くの同志が、命懸けで勝ち取った権利です」
東教区のウェンツス司祭が言うと、支局長が誇らしげにクフシーンカを掌で示した。
西教区のヌーベス司祭が付け加える。
「ラクリマリス王国は、フラクシヌス教の聖地があるせいでしょうが、キルクルス教の信仰を一切認めません」
フェレトルム司祭は眉を顰めた。
「ラクリマリス領となった地の信徒は、どうなったのですか?」
「ここやアーテル領に強制移住させられました。思い切って外国へ移住した人も居ます」
「ラクリマリス政府は現在も、我々のような無原罪の清き民に居住制限を課し、基本的に新規の国籍取得を認めません」
区長と支局長が忌々しげに口を歪めた。
「我々は信仰を守る為、たくさんのものを捨てて、この地へ来たのですよ」
区長が語気を強める。
フェレトルム司祭は胸の前で聖なる星の道の楕円を描き、祈りの詞を呟いた。自治区民五人も唱和し、少し気持ちを落ち着かせる。
「あまり無茶な取立てをすれば、却って経済に悪影響が出そうなものですが」
ヌーベス司祭が、区長と支局長に視線を往復させる。
支局長がひとつ咳払いして言った。
「これは私の個人的な推論ですが、トポリ市には空港と港があるからでしょう」
「何故、そう思うのです?」
「漁港の稼働率が上がれば、それだけ食糧を増産できます。貿易港が動けば、少なくとも国内取引は続けられます。そこで働く人々の暮らしを支える為、復興を急ぐのでしょう」
聖職者三人が揃って頷く。
再びヌーベス司祭が聞く。
「空港はどうですか?」
「今回の制裁は、人の流れや資産凍結には言及がありません。買物するのにいちいち旅券を確認するお店が、遠方の国にどのくらいあるでしょう?」
「あッ……!」
区長とヌーベス司祭が、息を呑んで顔を見合わせる。
「クルブニーカは勿論、魔法薬や科学の医薬品の生産を再開する為でしょう」
「レサルーブの森で素材を集める拠点でもありますからね。そこが動けば、自治区の下請け薬品工場も稼働率が上がる、と?」
「推測の域を出ませんけどね」
支局長は、顔を明るくした二人に釘を刺した。
「それより、もっと気になる情報が入ったのですよ」
「何でしょう?」
ウェンツス司祭が支局長に先を促す。
「兵隊さん同士が話すのを小耳に挟んだだけですが、レーチカ市やギアツィント市など、ネモラリス島内の都市部で、増税に反対するデモが度々起きるようになったそうです」
「まぁ、そうなるでしょうね」
クフシーンカは、野菜ジュースの蓋を開ける気にもならず、胸の奥で澱んだ重い空気を吐き出した。
「下っ端の兵隊さんは、苛烈な取立てをやめろ、誅求が過ぎるって市民側の気持ちの方が共感できるけど、任務だから仕方なくデモを解散させているそうです」
「治安出動、解放軍の支配域ではどうなってます?」
区長がやや身を乗り出して聞く。
「治安出動が増えて、自治区勤務の方が楽だとかボヤいていましたが、解放軍の支配域については何も」
「そうですか。しかし、そうなって来ると、臨時政府を見限って解放軍側につく者が増えるのではありませんか?」
……今度、運び屋さんに聞いてみなくてはね。
区長らと情報共有できるか否かはともかく、教えてもらった方がいいだろう。
最悪の場合、リストヴァー自治区を潰す話が再び持ち上がる可能性があった。
ウェンツス司祭が野菜ジュースを一息に飲み干し、空き瓶を卓上に置く。太い息と共に声を出す。
「例えば、キルクルス教団や慈善団体が、以前より多く救援物資を送って下さっても、臨時政府が、自治区外の貧困層に割り当てる為、回収することも考えられます」
物資の輸送は、仮復旧したゼルノー市のグリャージ港で行う。
荷揚げは、他地域から来た船員や荷役夫などが多い。コンテナは一旦、グリャージ港に再建した倉庫に仮置きされた後、自治区側の運送会社が呼ばれ、トラックで東教会へ移送する。
だが、陸揚げの段階で積荷を抜かれても、自治区側にはわからなかった。




