1844.対象品の詳細
翌日の昼過ぎ、国連公式サイトの報道発表に対ネモラリス武器禁輸措置の対象品目一覧が掲載された。
兵器自体は勿論、半導体、電子回路、鋼材、アルミニウムなどの卑金属や、その加工に必要な素材、機械類など、多岐に亘る。
意外なところで、日之本帝国製のゲーム機まであった。
画像処理などに転用できるかららしい。だが、ネモラリス共和国は、魔法文明寄りの両輪の国だ。科学技術の発展が立ち遅れ、インターネットどころか、テレビすらない。
ファーキルには、そんなハイテク機器を部品に組込む科学の武器が、ネモラリス軍にあるとは思えなかった。
それより、【編む葦切】学派と【飛翔する鷹】学派が作る呪符や魔道器、【飛翔する梟】学派と【思考する梟】学派の魔法薬、【空に舞う鱗】学派の魔法毒の素材が、禁輸対象に指定された影響の方が甚大だ。
禁輸対象は、魔獣由来の素材もあるが、通常の道具と共通の素材や、食材まで幅広い品目が含まれる。
魔法薬の素材が不足すれば、ネモラリスの医療体制に多大な影響を及ぼす。ただでさえ、空襲と魔物の被害、国外避難などで人手不足なのだ。
実際、平和な頃なら助かった筈の多数の命が、麻疹などで失われた。
……事実上の経済制裁。
ファキルは、総合商社役員のマリャーナが昨日の早朝、慌ただしく家を出たのを思い出し、唇を噛んだ。
武器禁輸措置は、ネモラリス共和国との直接取引だけでなく、第三国を経由する迂回取引も認められない。
例えば、ラクリマリス王国など、友好国の企業が禁輸対象品を仕入れ、フラクシヌス教団に売却。教団が「同一組織の支部」として、ネモラリス領内の神殿へ引き渡すこともできなくなる。
……でも、【跳躍】の移動は出入国管理なんてできないし、【無尽袋】とかで個人的に持ち出すのって、防げないんじゃないか?
それが可能だとしても、輸送費は跳ね上がる。
今は、魔道機船で湖上封鎖水域を避けて輸送できる物品も、全て魔法の道具で運ぶとなれば、戦争で経済破綻寸前のネモラリス共和国は、大打撃を蒙るのだ。
……こんなコトしたって、庶民が苦しむだけなのに。
ラキュス湖周辺地域には、湖北七王国やスクートゥム王国など、国連に加盟しない国が比較的多い。アーテル共和国も、開戦直後に国連を脱退した。
国連と無関係な国から買えばよさそうなものだが、それも当然、対策済みだ。
今朝、配信された湖南経済新聞の記事によると、バルバツム連邦など経済大国二十カ国は、武器禁輸措置の発効後、ネモラリス共和国を相手に対象品目を取引した国や企業と取引した企業に対して、契約を打ち切るなど、強い措置を講じることで合意したと言う。
ネモラリス共和国の企業などと直接の取引がなくとも、取引先が武器禁輸措置対象国と対象品目を取引すれば、巻添えを食うのだ。
企業にとって、取引先の取引先まで調べる負担は大きいが、合意した二十カ国の中には、違反した企業に罰金を科すなど、より厳しい措置に出る国もある。
また、「魔法生物を兵器化した人類の敵」であるネモラリス共和国と商取引を行えば、自社のブランドイメージにも瑕が付く。
これまでは、周辺国の多くの企業が開戦前からの取引を継続したが、武器禁輸措置の対象国となった現在、国連加盟国に所在する企業は、対象品目をネモラリスに販売できなくなる。
それ以外の品目であっても、経済大国二十カ国による追加の経済制裁によって、ネモラリスと取引すること自体が企業活動を行う上での危険要因となった。
国連に加盟しない国々も、周辺国との商取引はある。
ネモラリスと関わることで、他の周辺国から契約を打切られるなどしては、国民生活に支障が出兼ねない。
湖北七王国は基本的に鎖国政策を採るが、ルブラ王国のみ、ミクランテラ島を通じてネモラリス共和国と取引がある。
ルブラ王国も、インターネット導入の妨げになる為、呪符素材の輸出を停止するだろう。
ネモラリス側の輸出品は、新聞や雑誌などの「情報」だ。ルブラ王国がインターネットを導入すれば、需要は下がる。
……えぇ? 何これ? 八方塞?
ネーニア島西部の穀倉地帯が空襲で大打撃を受けて以来、食糧輸入の依存度が上がった。
リャビーナ港では、国交のない湖東地方の国々から小麦などの輸入量を大幅に増やした。レーチカ港では、アミトスチグマ王国などからの輸入が多い。
更にネモラリス側からの輸出も、経済大国の追加制裁によって封じられる。
三界の魔物と魔哮砲を引き合いに出せば、この大規模な経済制裁に加わる国は多く、従わない企業は「カネの為なら悪しき業に加担し、三界の魔物の再来を許す悪徳業者」の烙印を捺される。
移動放送局プラエテルミッサも、他の同志らも、ネーニア島西部の現状を確認しに行けない。
ファーキルは念の為に探してみたが、入手済みの情報には、レーチカ臨時政府による穀倉地帯の情報もなかった。
島国で、漁業が盛んではあるが、これだけでは国民のすべては養えない。
……え? 何これ? ネモラリス人を餓死させる気?
ファーキルの肌が粟立つ。
記事の続きには、「リストヴァー自治区と、アミトスチグマ王国領内の難民キャンプに対する人道支援は継続する」とあるが、ファーキルの目には虚しく映った。
☆【空に舞う鱗】学派……「0930.戦い用の薬を」「0934.突破された壁」「0996.議員捕縛命令」参照
☆湖北七王国(中略)国連に加盟しない国……「0183.ただ真実の為」参照
☆アーテル共和国も、開戦直後に国連を脱退……「0078.ラジオの報道」参照
☆湖北七王国は基本的に鎖国政策……「1208.崖下の撮影会」参照
☆ルブラ王国のみ(中略)ネモラリス共和国と取引……「852.仮設の自治会」「1030.価値観の違い」参照
☆インターネット導入……「1368.素材等の需要」「1386.ルブラの要望」「1387.導入する理由」参照
☆ネーニア島西部の穀倉地帯が空襲で大打撃……「757.防空網の突破」「1343.低調な投票率」参照
☆湖東地方の国々から小麦などの輸入量を大幅に増やした……「1431.商品棚の事情」「1438.探り合う情報」参照
【余談】
実際、武器禁輸措置でゲーム機が対象品目になったことがある。プ○ステ2とか。
詳しい理由などは長くなるので、気になる人は「キャッチオール規制」で検索。




