1842.武器禁輸措置
ファーキルは朝食前、自室でタブレット端末の電源を入れた。ポータルサイトの新着ニュースに目を疑う。
ネモラリス共和国に武器禁輸措置 国連安保理
【21日、サンデラエ市、時流】バルバツム連邦のサンデラエ市で二十日、国連安全保障理事会が開かれ、バルバツム連邦が提出したネモラリス共和国に対する武器禁輸措置決議を採択した。
同国は二一九一年二月、アーテル共和国から宣戦布告を受けて戦争に突入した。アーテル軍による空爆は二一九一年十二月以降、実施されていない。ネモラリス軍は積極攻勢を掛けず、ネーニア島西部に展開した防空艦部隊を維持し、戦闘は膠着状態が続く。二年以上経つ現在も、終戦の兆しは見えない。
二一九一年九月には、首都クレーヴェルでクーデターが勃発。秦皮の枝党と湖水の光党が連立するクリペウス政権を支える政治家と官僚の一部が首都を脱出し、西のレーチカ市で臨時政府を樹立した。周辺国やフラクシヌス教団などは、臨時政府を正統と看做して支援を続ける。
国際社会は、ウヌク・エルハイア元将軍が率いる武装勢力「ネミュス解放軍」によるクーデター政権を認めない。一方で、解放軍が新兵器「魔哮砲」の正体を暴露し、破棄を呼掛けた点については、同意を示す国が多い。
二十日に行われた国連安全保障理事会では、アーテル共和国が早期に国連へ復帰することを条件にネモラリス共和国への武器禁輸措置決議を採択した。
ネモラリスは魔法文明寄りの両輪の国で、今回の禁輸措置がどの程度、戦況に影響を及ぼすか未知数だ。
本稿作成時点では、レーチカ臨時政府、ネミュス解放軍は、いずれもコメントを発表していない。
▼アーテル共和国を取り巻く情勢
同国では、昨年十一月に発生した原因不明の湖底ケーブル破断以来、通信途絶が続く。また、同時期から魔物や魔獣の出現が急増し、現在も休校や外出制限が継続中だ。
今年五月に起きた土魚大量出現の際には、休校中の学校敷地内などで、魔法による人為的な召喚の目撃例が相次ぎ、アーテル陸軍対魔獣特殊作戦群などが調査を実施した。
ポデレス大統領と陸軍幹部は、ネモラリス軍による本土攻撃の一環と断定。この攻撃により、高齢者や子供など、戦闘力を持たない一般市民の中でも、とりわけ弱者に被害が集中したことから、ポデレス大統領は、弱者を狙った卑劣なテロ攻撃であるとの批難声明を出した。
多数の魔獣駆除業者が周辺国から出稼ぎで入国し、都市部を中心に駆除が急ピッチで進む。中には高額な料金を請求する悪質な業者や、魔獣駆除を装い留守宅へ侵入する窃盗犯も紛れており、当局は注意を呼び掛けている。
アーテル共和国は、開戦と同時に国連を脱退したが、二国間同盟などは従来通り維持する。
ポデレス大統領は今月十六日、国連安全保障理事会を前にバルバツム連邦を訪問し、デュクス大統領と会談。ラキュス地方企業団地合同委員会の協議継続と、魔獣駆除に必要な武器及び兵員の提供を要請した。
▼ラキュス地方企業団地合同委員会
ラキュス地方企業団地には、複数のバルバツム企業も参入したが、湖底ケーブル破断以降、撤退を表明する企業が相次いだ。
ポデレス大統領は、戦後の復興を睨み、経済的な結びつきを繋ぎ止める狙いがある。
同国の大統領選挙は、戦争の影響で何度も延期された。続投の為にも、同盟国であるバルバツム連邦から支援を引き出したいとの意向が透けて見える。
バルバツム連邦としても、国内経済が頭打ちで、市場開拓と安価な労働力の確保が喫緊の課題だ。ラキュス湖周辺地域の平和と安定は、連邦の利益にも直結する。
速報は、アミトスチグマ王国時間の深夜に配信され、この記事はその詳報だ。記事下には、科学文明国向けの用語解説が並ぶ。
……えぇ? 今更?
ネモラリス軍には、航空戦力がほぼなく、陸軍と水軍の一般兵も、銃火器より呪符や魔法の武器などで戦うことが多い。科学の武器なしで戦える魔装兵も居る。
魔装兵は、爆撃機を一撃で墜とし得る【急降下する鷲】学派の【光の槍】など、強力な術を行使し、己の身ひとつで戦えるのだ。
……何だこれ? 国際社会向けの「平和の為に頑張ってます」アピールか何か?
手の中で端末が震える。メールだ。差出人は支援者マリャーナ。珍しいこともあるものだ。
イヤな予感がして、急いで本文を展開した。
〈国連安保理がネモラリスに対する経済制裁を採択しました。
私はしばらく本社に詰めて対策を話し合います。
ファーキル君は無理しないで、きちんと休みを取って下さい。〉
……経済制裁?
ファーキルは取敢えず、当たり障りのない返信をして、マリャーナ宅のパソコンの部屋へ急いだ。
パソコンの起動を待つ時間ももどかしく、タブレット端末で関連記事を漁る。
複数の報道機関が細切れに打った速報を繋ぎ合わせると、武器禁輸措置の対象となる物品には、呪符や魔法の武器防具、魔法薬の素材も含まれるらしい。
ファーキルは、ドーシチ市の屋敷やランテルナ島の拠点で、薬師アウェッラーナの手伝いをした時のことを思い出した。
……魔法の傷薬って、オリーブ油とかバターとか、普通の食材もあったよな?
マリャーナが、こんな早朝から慌ただしく出勤した理由がわかり、血の気が引いた。
起動したパソコンでブラウザを開き、武器禁輸措置絡みの記事を片っ端から保存する。最初の速報は、午前三時二分だ。
ファーキルはふと思い付き、SNSにログインした。
自室で読んだ「ネモラリス共和国に武器禁輸措置 国連安保理」のURLをイーニー大使が管理するSNSアカウントに個別メッセージで送信する。
駐アミトスチグマ王国ネモラリス共和国大使館の最新の投稿は、昨夜九時二十分だ。まだ業務開始前で、ファーキルはヤキモキしながら、各国に置かれたネモラリス大使館のアカウントを次々と別タブで開いた。
「ちょっと! 朝ごはんも食べないで何してんのよ!」
激しく忙しないノックと同時にアルキオーネが入って来た。
黒髪の歌姫は大股で距離を詰め、呆気に取られて返事もできないファーキルの左腕を掴んで、立ち上がらせる。
「ごはんくらいちゃんと食べなさい!」
「えっと、今、それどころじゃなくて」
「ムリして倒れたら、後なんにもできなくなるでしょ!」
ファーキルは、パソコンの電源を落とす間もなく、食堂へ引きずって行かれた。
☆【21日、サンデラエ市、時流】……「時流通信社の配信記事」の意。「873.防げない情報」「1023.特番への反応」参照
☆アーテル共和国から宣戦布告を受けて戦争……「0078.ラジオの報道」参照
☆西のレーチカ市で臨時政府を樹立……「636.予期せぬ再会」「693.各勢力の情報」参照
☆解放軍が新兵器「魔哮砲」の正体を暴露し、破棄を呼掛け……「600.放送局の占拠」「601.解放軍の声明」参照
☆昨年十一月に発生した湖底ケーブル破断……「1218.通信網の破壊」~「1222.水底を流れる」参照
☆通信途絶が続く……「1729.兄弟に教える」参照
☆休校や外出制限……「1260.配布する真実」「1773.不足する兵士」参照
☆今年五月に起きた土魚大量出現……「1698.真夜中の混乱」~「1700.学校が終わる」参照
☆魔法による人為的な召喚の目撃例……「1822.図鑑を捨てる」参照
☆多数の魔獣駆除業者が周辺国から出稼ぎで入国……「1726.作戦前の共有」参照
☆高額な料金を請求する悪質な業者……「1728.普通に助ける」「1773.不足する兵士」参照
☆アーテル共和国は、開戦と同時に国連を脱退……「0078.ラジオの報道」「0168.図書館で勉強」参照
☆魔獣駆除に必要な武器及び兵員……「1028.大国の目論見」参照
☆ラキュス地方企業団地合同委員会
アーテル側の準備……「0966.中心街で調査」「1027.工業団地計画」~「1029.分断の阻止へ」「1088.短絡的皮算用」「1147.動き出す歯車」「1152.大統領の演説」参照
バルバツム連邦など外国企業の参入……「1225.ラジオの情報」「1235.水を穢した者」参照
通信途絶の影響……「1234.長期化を予想」「1260.配布する真実」「1262.沈みゆく泥船」「1318.連邦での反応」参照
☆バルバツム連邦としても(中略)喫緊の課題
国内経済が頭打ち……「435.排除すべき敵」参照
市場開拓と安価な労働力の確保……「1027.工業団地計画」~「1029.分断の阻止へ」参照
☆魔法の傷薬(中略)普通の食材……「0245.膨大な作業量」「0266.初めての授業」「392.根の天日干し」参照




