1839.国際紙の取材
ソルニャーク隊長とメドヴェージが、トラックの屋根からアンテナを下ろすのを手伝い、ラゾールニクは、運転席の屋根から身軽に飛び降りた。
「やぁ、久し振りー」
「あぁ、お久し振りです。あなたも取材ですか?」
ラゾールニクも、湖南経済新聞のシレンティウム記者と知り合いらしい。
「そんなカンジ。取材もするし、放送の手伝いもする」
「へぇー……ところで、写真を確認したいので、少し場所をお借りしてもよろしいですか?」
シレンティウムが首から提げたカメラを軽く持ち上げ、国営放送アナウンサーのジョールチに聞く。
ジョールチはクルィーロに視線を向け、一拍遅れて了解した。
機材を片付けたDJレーフと入れ替わりに荷台へ上がる。
クルィーロも、ジョールチとラゾールニクに目顔で呼ばれ、一緒に係員室へ入った。パイプ椅子二脚を出しても、四人入ればいっぱいだ。
公開生放送を終え、発電機は停止したが、係員室の【静音】と【防音】は、まだ有効だった。
「クルィーロ君も、タブレット端末を持って情報収集しています」
「フィアールカさんが見込んだだけあって、なかなか筋がいいよ」
ジョールチの紹介にラゾールニクも笑顔で付け足す。
急に褒められ、クルィーロはどんな顔をすればいいかわからなかった。
「へぇー。あのフィアールカさんが」
「えっ? フィアールカさんとお知合いなんですか?」
「国際部の記者をしていると、外国の人と顔を合わせる機会が多いですからね」
クルィーロは諦めて頷いた。はぐらかされた気がするが、追及したところで答えてはくれないだろう。
「俺がフィアールカさんに頼まれて【跳躍】で連れて来たんだ」
「えッ?」
ジョールチとクルィーロの驚きが重なる。
シレンティウム記者が人差し指を立てた。
「空襲が鳴りを潜めて久しく、企業の動向など、湖南地方でネモラリス情報の需要が高まって来たのが一点」
「マチャジーナの企業なども、輸出の需要を把握したいらしく、インターネットの導入を進める最中ですが、まさか、そちらから足を運んでいただけるとは」
「えぇ。その件は先程、屋台の方々からもお伺いしましたよ」
「移動放送局プラエテルミッサに呼ばれて来たって、言ってくれた?」
「はい。お約束しましたからね」
記者がラゾールニクに苦笑する。
……養殖場の所長さんとの約束、これで果たせたコトになるのかな?
「二点目は、我が国の都市部へ避難したネモラリス人が、帰還推進事業の件が伝わって以来、本国の情報を以前より強く求めるようになったことです」
「でも、ネモラリスはインターネットがないから」
「そうですね。報道か、取引のある企業や個人、神殿や支援団体などから聞くしかありません」
クルィーロが言うと、シレンティウム記者は表情を翳らせた。
「三点目は、難民の支援活動をするボランティアらが、難民とはやや異なる角度から、ネモラリスの近況を必要とすることです」
「難民キャンプの方はどう?」
ラゾールニクが無遠慮に聞く。
クルィーロも報告書は読んだが、現地には行ったコトがなく、気になった。
「難民キャンプでも勿論、故郷の様子をもっと知りたいとの声は、度々上がります。里心がつくと余計に辛くなるから要らないと言う方々は、そもそも新聞に目を通しません」
「でも、難民キャンプは購読じゃなくて寄付だから、ムリなんだろ?」
ラゾールニクが、意地の悪い声を出す。
シレンティウム記者は、特に動じる様子もなく応じた。
「本紙にネモラリスの情報を手厚く掲載するのは、確かに難しいところがあります。しかし、号外車で発行する少部数の号外でしたら、広告主が付けば可能です」
「ネモラリス難民には経済力なんてないのに」
クルィーロは思わずこぼした。
「今回は広告主がついたので、企業が求める情報の他、こうして催し物や街の話題、季節の風物詩などの軟派系の暇ダネも取材してるんですよ」
「えッ? おカネ出してくれる会社、あるんですか」
「今回はフィアールカさんが資金提供し、実際に掲載する広告は、難民をバザーの会場や神殿へ輸送する観光バスの会社です」
「えぇッ? そんなコトまで?」
……いや、まぁ、有難いんだけどさ。
クルィーロには、湖の民の運び屋が何故、そこまでするのかわからなかった。資金の出所があの時の千年茸だったとしても、必要性や意図は皆目見当もつかない。
「しかし、ここは空襲被害がなく、矢武蚊のせいで国内避難民も少ないので、その目的で号外の取材対象にするのは」
ジョールチが、国営放送のアナウンサーらしいツッコミを入れる。
新聞記者のシレンティウムは、落ち着き払った声で答えた。
「空襲被害が激しかった地域は、まだ、立入制限が解除されておりませんので、取材には行けません」
「それは、我々も同じですが」
ジョールチが苦い顔をする。
クルィーロも【跳躍】を使えるようになったが、空襲ですっかり様子が変わってしまったゼルノー市には、戻りたくても戻れない。
「今回は試行のようなものです。数少ない国内避難民の中に親戚や友人知人が居るかもしれませんし、この放送局にも、ゼルノー市出身のパン屋さんが居るんですよね?」
「え、えぇ、まぁ。呼びましょうか?」
クルィーロが聞いたが、シレンティウムは軽く流した。
「後で、物販の取材としてお話しさせていただきますので、大丈夫ですよ。パン屋さんなら、元常連客が難民キャンプに居るかもしれません」
「そうですね。かなり前に王都の神殿で偶然、常連さんと会えて、二人とも凄く喜んでたんで」
「そうでしょう。号外は現地で発行しますが、後で一部、フィアールカさんに預けます」
「有難うございます。今後、他の都市でも?」
「取材先をギアツィントやトポリにも拡大するかもしれませんが、私一人の判断では、まだ何とも」
新聞記者は、ジョールチの質問に申し訳なさそうに答えた。
「いえ、こちらこそ、有難うございます」
ジョールチが姿勢を正して礼を言う。
シレンティウム記者も表情を改めた。
「今朝早く、バルバツム支社の同僚から、気になる情報が入りました。確定情報ではないので、オフレコでお願いします」
湖南経済新聞の国際部記者は、更に声を潜めて語った。
☆あなたも取材……フリージャーナリストのフリもする「692.手に渡る情報」「751.亡命した学者」「1791.わからぬ未来」参照
☆フィアールカさんとお知合い……「692.手に渡る情報」参照
☆養殖場の所長さんとの約束……「1802.養殖沼の所長」「1833.蛙料理の研究」参照
☆帰還推進事業の件……「1752.帰還支援要請」「1766.進展する支援」参照
☆難民キャンプは購読じゃなくて寄付……「812.SNSの反響」「1600.外国の励まし」参照
☆難民をバザーの会場や神殿へ輸送する観光バスの会社……「1114.バザーの出店」「1115.売り手の悩み」参照
☆あの時の千年茸……「479.千年茸の価値」参照
☆矢武蚊のせいで国内避難民も少ない……「1762.なり得るもの」「1764.沼沢産業の街」参照
☆王都の神殿で偶然、常連さんと会えて……「544.懐かしい友人」参照




