0188.真実を伝える
風が焦げた空気を運ぶ。
ファーキルはザカート隧道の北側に出た。ネーニア島のネモラリス共和国領だ。
国境警備も検問も何もない。
あの運び屋など、魔法で移動できる者には意味を成さないからだろう。
……でも、どっちの国にも力なき民は居るのに?
力なき民だけでも止めないのが不思議だ。
だが今は、ここで足止めされたり、アーテルに強制送還されずに済むことを感謝する。
ここはクブルム山脈の西端に位置する北ザカート市だ。
隧道の出口から続く国道がなだらかな斜面を下る。その先に高い壁で囲まれた街があった。
北ザカート市は、アーテル・ラニスタ連合軍の空襲で破壊し尽くされた。
遠目に見える街に生きて動くものの気配はない。
ファーキルは、繁華街で買った飛ばしのタブレット端末と、太陽光発電の充電器を取り出した。
電源を入れ、電波状況を確認する。辛うじてアンテナ一本。
クブルム山脈の南側は、ラクリマリス王国。魔法文明主体だが、一応は両輪の国だ。フラクシヌス教の聖地があり、他国からの巡礼者が多い。巡礼者用に通信アンテナが整備された。
ファーキルは、ネットでその情報を見ても半信半疑だった。
山ひとつ挟んだネモラリス領でも、ギリギリ電波が届く。ホッとして端末のカメラ機能で街を撮影した。
ブラウザを起動し、SNSにログインする。
登録に使ったアドレスは、フリーメールだ。ヤミで買ったプリペイド端末で、本当の契約者が誰なのかすら知らない。
以前、ネトゲで稼いだ仮想通貨を現金化し、限度額いっぱいまで支払い済みだ。充電さえ切らさなければ、半年くらいは使える。
……まぁ、その前に俺が死ぬかも……だけど。
そうなる前に出来る限り、ネモラリスの現状を伝えたかった。
SNSでは、ネット専門のニュースサイトを中心に世界中の報道機関の公式アカウントをお気に入りに登録してフォローする。
フォローを返した公式は少ないが、同じアカウントをフォローする一般人は、何故かファーキルをフォローしてくれた。
ファーキルは、フォローしてくれたアカウントもお気に入りに登録した。今では相互に繋がったアカウントがそれなりの数になった。
ファーキルのアカウント名は「真実を探す旅人」だ。
繁華街や地下道で試し撮りし、SNSにアップロードして全体公開した画像に数人がコメントを付けた。
たった今「北ザカート市」のタイトルで投稿した画像にも、即座にコメントがつく。
――旅人さん、それ本当?
――ネモラリス人なのか?
――空襲こんな酷いのか。
真偽を確かめる質問などが幾つも並ぶ。
ファーキルは返信の代わりにトンネル前の標識を撮ってUPした。
国道の端に立ち、角度を変えて更に数枚、同じ標識を撮って追加する。標識の背景は、国道のすぐ西の崖とその下で輝くラキュス湖。北はザカート市の廃墟だ。
<電池を節約したいので、返信は控えさせていただきます>
プロフィール欄に追記し、ブラウザを閉じた。
手袋の【退魔】は、魔力を節約する為に取って置く。日没までは、日向を歩く限り、安全だろう。
これを使うのは、今夜の寝床が決まってからだ。
……それまで、生きてられればいいけどな。
ファーキルは坂を少し下って振り返り、ザカート隧道の北出口を撮った。
……俺が死んでも、画像は残る。
ファーキルは、数あるSNSの中から外国に本社を置くものを選んだ。アーテル当局の手は届かない筈だ。
万が一、削除されても、その前に個人がダウンロードして、ローカルに保存するだろう。その全てを完全に削除するのは不可能だ。
……あと十枚くらい撮ったら、掲示板にも書き込んで誘導しよう。
十分程坂を下り、北ザカート市を囲む防壁をもう一枚撮った。
山から下りて来る雑妖や魔物、魔獣を防ぐ魔法の防壁だ。ランテルナ島の地下街で見た【魔除け】などの呪印が帯状に刻まれる。
防壁の高さは三メートル程ある。
見える範囲には破損がなかった。
巨大な門は開いたままだ。
地名入りの標識を入れ、門前から街の様子を撮る。
アーテル・ラニスタ連合軍の空襲で破壊され、原形を留めた建物はなかった。人の姿はない。
三月とは言え、人のぬくもりのない街は、風が冷たい。
空襲は一カ月くらい前だが、風は今も焦げ臭さを運ぶ。
ファーキルは、マフラーを巻き直して大門を潜った。
☆あの運び屋……「0176.運び屋の忠告」参照
☆アーテル・ラニスタ連合軍の空襲/空襲は一カ月くらい前……ネーニア島東部と同時期「0056.最終バスの客」「0103.連合軍の侵略」参照




