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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十六章 誅求

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1876/3517

1830.鋳物中の事故

 「青き風 片翼に起き 舞い上がれ

  (せい)疾風(はやて)骨繕(かわらつくろ)う糸紡ぎ 無限の針に水脈(みお)の糸 通し繕え……」


 「急患ーッ! 急患急患ーッ!」

 「どいてどいてー!」

 「大変だーッ!」

 叫びと共に五、六人が水塊を連れ、難民キャンプ第二十八区画の診療所へ飛び込んだ。順番待ちの患者たちが息を呑んで目を逸らす。


 呪医セプテントリオーは、骨折の治療を中断するワケにはゆかず【青き片翼】学派の【骨繕(かわらつくろ)う糸】の詠唱を続けた。


 「……(こぼ)(かわら)の節は節 支えは支え 腱は腱 (まった)(かわら) ここに()ゆ」


 この男性患者は耕地を開墾中、【耕作】の術で跳ねた拳大の石が直撃し、左頬が陥没した。元の顔がわからない程の重傷だが、目が無事なのは不幸中の幸いだ。

 既に【癒しの水】で裂傷の治療を終え、砕けた骨を【骨繕(かわらつくろ)う糸】で復元する。

 「まだここに居て下さい。先にあの人を」

 「えッ? うわっ! ……はい。えっと……隅っこ行ってます」

 患者は壁際へ移動し、顔を撫でて傷が治ったのを確認した。



 急患が【操水】で宙に浮かせた水の担架で診察台へ運ばれる。

 右腿から(すね)にかけて化繊のズボンが溶け、黒く焼け爛れた皮膚が見えた。患者は中年男性だ。苦痛に顔を歪めるでもなく、呪医セプテントリオーに言う。

 「鋳物(いもの)してる時にしくじって、()けた鉄」

 「わかりました」

 呪医セプテントリオーは、みなまで言わせず【操水】を唱え、パテンス神殿信徒会の腕章をつけた術者から水の支配を移した。

 水の刃で、溶けて貼り付いたズボンを皮膚ごと引き剥がし、出血にかまわず患部を冷却水から出す。【無尽の瓶】から滅菌処理済みの水を引き出した。

 別の水塊の【操水】を維持しつつ、力ある言葉で【癒しの水】を唱える。


 「血は血に 肉は肉に 骨は骨に あるべき姿に立ち返れ

  (そこ)なわれし身の内も外も やさしき水巡る

  生命の水脈(みを)(まった)き道に あるべき姿に立ち返れ」


 魔力を帯びた水が、患部を生き物のように這った。感覚を失う程の深い火傷がじわじわ拭い去られ、復元する。

 すっかり元通りになった脛に手を当て、全身の状態を【見診】で確認した。

 火傷は完治したが、脱水が酷い。


 「喉が渇いていると思いますが、自分の口では、水を飲まないで下さい」

 「えッ? ど、どうするんです?」

 「今日と明日は入院して、看護師さんに点滴で水分を入れてもらって下さい」

 看護師は既に薬品棚の前で、点滴を準備中だ。


 この診療所も満床で、衝立(ついたて)で仕切っただけの病室の奥には、追加で寄付された長椅子が置いてある。

 火傷の患者は、信徒会のボランティアに運ばれ、長椅子のひとつに寝かされた。


 呪医セプテントリオーは、看護師が点滴を刺すのを見届け、先程の骨折患者を呼んだ。

 「お待たせしました。外傷は治りましたので、次は脳震盪(のうしんとう)の治療です」

 「えっ? 頭は別に痛くないんですけど」

 「今はよくても、後で症状が出てきます」

 呪医セプテントリオーは、患者の額に手を当てて【見診】を唱えた。

 常勤の薬師(くすし)も、内科系の患者を同じ術で診る。


 「ちろちろと 白き鱗の触れる者 ちろちろと 白き鱗の舐める者

  白き翼を水に乗せ 明かせ傷 知らせよ(やまい)

  命の(ほつ)れ (つまび)らか (ほころ)(ふさ)ぐ その為に」


 第二十八区画の診療所には、【思考する(フクロウ)】学派の薬師(くすし)一人と、科学の看護師が二人常駐する。薬師は外科も内科も診られるが、魔法薬の素材がなければ、癒せない。

 また、外傷は【青き片翼】学派の術より時間が掛かる為、入院患者が増える。内科系も、病気の種類や重症度によっては継続的な治療が必要だ。


 アウェッラーナは半世紀の内乱中、医療産業都市クルブニーカからゼルノー市へ逃れた何人もの医療者から様々な術を学び、まだ未婚なので【青き片翼】や【白き片翼】などの術の一部も使えるが、多くの薬師(くすし)はそうではない。


 セプテントリオーら、【青き片翼】学派の呪医が巡回診療で訪れた日は、外科の患者をすべて引受ける。

 外傷の入院患者も完治させるが、待機中の内科系患者ですぐ病床が埋まり、ひとつでも空になる日がなかった。

 入院病棟を三棟に建増したが、人員的にこれ以上は増やせない。


 日中は、他の難民や、パテンス神殿信徒会のボランティアが看病を手伝ってくれるが、彼らの多くは医学の素人だ。

 患者の身の周りの世話や、病室の清掃、建物の【耐暑】や【魔除け】に魔力を供給してもらえるだけでも有難い。


 第二十八区画で暮らす難民一万人余りの命が、たった三人の医療者、特に【思考する(フクロウ)】学派の薬師(くすし)の肩に(かか)る。

 呪医セプテントリオーは、あの日、ネモラリス島北部の村で倒れたアウェッラーナがここの薬師と重なって、嘆息した。


 ……巡回診療が一人や二人来たところで、休めないのではな。


 暗い思いで、骨折患者の脳震盪を癒す。現地の医療者で対応できる体制なら、なるべく大勢を癒す為、脳震盪の治療まではしないが、ここは別だ。

 「治療は終わりましたが、癒しの反動で体力を著しく消耗しています。今日と明日は小屋で休んで下さい」

 「休むったって……」

 「何もせず、なるべく【操水】などの術も使わないで安静にして下さい」


 元の顔を取り戻した患者が目を剥いた。

 「えッ? 【操水】もダメなんですか?」

 「はい。普段は何気なく使える簡単な術でも、頭部外傷などの後は負担が」

 「ウチの小屋、力ある民、俺だけなんですよ。誰が飲み水を浄化して、みんなを洗うんですか? 毎日暑いって、みんな汗だくなのに皮膚病になったらどうするんです」

 患者が椅子から身を乗り出して(まく)し立てる。


 年配の男性が患者の(かたわ)らに歩み寄り、穏やかな表情で声を掛ける。

 「安心して下さい。小屋のみなさんの入浴やお洗濯などは、私たち、パテンス神殿信徒会の者がお手伝いしますよ」

 「えッ? いいんですか? 報酬とか……」

 「その為に来てるんですよ。報酬などお構いなく。さ、案内をお願いします」

 年配のボランティアが、呪医に会釈して患者を立たせる。

 呪医セプテントリオーは会釈を返し、次の患者の治療を始めた。



 二人の術者は【魔力の水晶】を幾つも使い潰し、息つく間もなく治療をこなす。力ある民の入院患者が【水晶】に魔力を充填し、科学の看護師たちが、容態を確認するついでに空になったものと交換する。

 第二十八区画には、持病のある難民が多かった。


 呪医と薬師(くすし)は交代で昼食を摂ったが、十五分程で診察室へ戻らざるを得ない。

 しかも、常勤の薬師は、診療時間終了後も、魔法薬作りの仕事が山積みだ。

 素人の難民たちには、素材の下拵(したごしら)えまでしか手伝えなかった。


 ……この人は、一体いつ眠るのだ?


 「こんにちは。魔法薬のお届けです」

 順番待ちの患者たち道を空け、アサコール党首とファーキルが姿を見せた。

☆常勤の薬師……「1590.話す暇もなく」参照

☆ネモラリス島北部の村で倒れたアウェッラーナ……「1284.過労で寝込む」~「1286.接種状況報告」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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