1828.返信なき手紙
「自治区からの手紙は、今回これだけよ」
運び屋フィアールカが、アミトスチグマ王国の夏の都、支援者マリャーナの家へ持って来た手紙は二通だ。
一通は、リストヴァー自治区東教区のウェンツス司祭のお礼状と、要望の取りまとめ。
もう一通は、クフシーンカ店長の報告書だ。個人的な内容は、弟のラクエウス議員の体調を気遣うものと、針子のアミエーラを励ますものだけで、期待した反応はなかった。
「あの、以前、調理器具とかと一緒に店長さん以外の知合いにも手紙を出したんですけど、その人から返事か、安否がわかる連絡って、ありませんでしたか?」
針子のアミエーラは、思い切って聞いてみた。
緑髪の元神官が値踏みする目つきで、自治区出身の針子を観察する。
アミエーラは、フィアールカの視線を受け止めて待った。
「その……受取人って、生きてるの?」
「多分。解放軍が自治区へ行った時、あなたが撮った写真に無事な姿が写ってました」
「う~ん……でも、その後、麻疹が流行ったりとか、色々あったでしょ?」
「えぇ、まぁ、そうなんですけど」
アミエーラの声が力を失い、床に落ちる。
「受取人が無事だったとして、その人、読み書きできるの?」
他所に関してそんなことを聞くのは失礼極まりないが、運び屋フィアールカは何度もリストヴァー自治区へ【跳躍】し、クフシーンカ店長の報告書にもしっかり目を通す。
開戦前の様子を知るアミエーラは、遣る瀬ない思いで答えた。
「いえ……学校や役所のお知らせは、私が代わりに読み上げてました」
「そう。その人が無事で、手紙を受取っても、識字教室に通って、自力で読んで返事を書けるようになるまで長く掛かるんじゃない?」
運び屋が並べた仮定は、どれかひとつでも条件が欠ければ、成り立たなくなる。
フィアールカは、飾り気のない客間を見回して肩を竦めた。
会議室を出た直後の運び屋を捕まえ、アミエーラが寝起きする部屋へ来てもらったのは、手紙が個人的なものだからだ。
「写真を入れたので、司祭様か店長さんに何か言ってないかなと思ったんですけど、聞いてませんか?」
運び屋フィアールカは書物机の椅子に腰を下ろし、寝台に浅く腰掛けた針子のアミエーラと向き合う。
「特に聞かなかったけど、個人的なコトなら、私には言わないんじゃない?」
この湖の民に手紙の内容を言うべきか迷った。
そもそもアミエーラ自身、当事者たちの了解を取って送ったワケではない。
余計なコトをしてしまったのではないかと、胃の底がじわりと灼ける。
だが、運び屋は忙しい身だ。
今を逃せば、次に二人きりになれる機会がいつになるかわからない。
アミエーラは顔を上げた。
「モーフ君のことなんです」
「あら、あなたの身内宛じゃなかったの」
「宛先は、モーフ君のお母さんです。モーフ君の写真と、自治区を出て元気に旅してるコトだけ書いて入れました」
「写真……じゃあ、司祭様のとこで止まってる可能性が高いわね」
思いもよらないことを言われ、アミエーラは咄嗟に言葉が出なかった。
手紙の宛名は、受取人であるモーフの母ローハの他、アミエーラとローハ双方と面識があるウェンツス司祭の連名だ。
封筒には、モーフの母に伝えてくれると期待して、司祭への伝言も書いた。
「どうしてって顔してるわね」
アミエーラは緑の瞳を見た。
運び屋は感情の読めない声で答えを言う。
「私たちの連絡を政府軍に伏せる為よ」
「あッ……」
「その人は、ずっと行方不明で、諦めてた息子が生きてるって知っても、その喜びを顔にも出さないで、隠し通せる人なの?」
「いえ……」
顔や態度に出れば、周囲から「何かいいコトでもあったのか」と聞かれる。
下手に隠せば、一人だけ何かいい物を手に入れたと勘繰られ、家捜しされる可能性が高い。
「写真は、人物だけじゃなくて背景も情報なの。“自治区の子がどこか他所で撮った最近の写真”が、自治区に存在すると知られたら……わかるわね?」
それがどこか、正確な場所を特定できなくても、少なくともリストヴァー自治区ではないとわかるだけで、同じ結果になる。
人の口に戸は立てられない。
菓子屋の妻など、政府軍に好感を抱く自治区民も増えてきた。
何故、モーフが自治区の外に居るのか。
何故、その写真が母の手許にあるのか。
政府軍の駐留が始まってから、フィアールカたちは、クブルム街道での交流をやめ、山小屋はゾーラタ区民との交流と、山仕事の休憩だけで使うようになった。
解放軍からの救援物資は【無尽袋】で持ち込まれ、ウェンツス司祭とクフシーンカ店長ら、協力者が、キルクルス教団や信者団体からの物資に紛れ込ませて分配する。
あの日の放送で、ネミュス解放軍とリストヴァー自治区の和平協定を知らされた住民は、解放軍の支援を失うことを恐れ、政府軍には固く口を閉ざす。
フィアールカたちは、政府軍と対立するネミュス解放軍と、リストヴァー自治区の交流の証拠を残さないよう、巧妙に立ち回る。
万一、モーフの写真が政府軍の兵士にみつかれば、そこから芋蔓式に移動放送局プラエテルミッサ、ラクエウス議員ら亡命議員、アミトスチグマ王国の支援者、そして、ネミュス解放軍とリストヴァー自治区の密約が明るみに出る。
魔法の鏡【鵠しき燭台】で使える“特徴的な物証”を残してはならないのだ。
「店長さん宛の手紙にも、ラクエウス先生のお写真を……」
アミエーラは、足下に大きな穴が口を開けた気がした。
「まぁ、いいわ。手紙の内容を確認せずに届けた私も悪いんだから。写真がどちらも、あの二人で止まってるなら、上手くやってくれるでしょ」
「……ごめんなさい」
「いいのよ。教えてくれてありがとね。私の方でも手を回しておくわ」
フィアールカは、項垂れたアミエーラの肩を軽く叩いて出て行った。




