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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十六章 誅求

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1827.関わり方の差

 姿はちっとも見えないが、タブレット端末の画面から、薬師(くすし)のねーちゃんの声が聞こえる。

 「そう言えば昔、ジゴペタルムの業者が、濡首獣(ジュシュジュウ)に工業用のメチルアルコールを飲ませて問題になってましたね」

 「そうなんですよ。毛皮用だからいいと思ったそうですが、目が潰れて可哀想なコトになって」

 「魔獣がカワイソウ?」

 画面の中で養殖沼の所長が嘆き、モーフは思わず声を上げた。


 ラゾールニクが画面をつついて動画を止める。

 「え? それ、そんなにびっくりするコト?」

 「えぇッ? だって、魔獣がカワイソウって」

 少年兵モーフは、魔法使いの諜報員(スパイ)が何を疑問に思うのか、わからなかった。


 ピナが、ラゾールニクの向こうからモーフを見詰める。


 モーフは葬儀屋のおっさんを見た。

 「同じ魔獣でも、そいつとの関わり方で、見る目が変わるってこった」

 「なんだそりゃ?」



 魔獣が出たら、みんなで力を合わせて狩るか、逃げるか。

 ふたつにひとつだ。

 恐れ、憎み、排除する対象でしかない。

 リストヴァー自治区でも、外の世界でも、同じだった。



 おっさんが、白髪混じりの緑髪頭を掻いて首を傾げる。

 「坊主、わかんねぇか?」

 「だから、何がだよ?」

 何故、葬儀屋のおっさんまでそんなコトを言うのか。ますますわからない。ピナは、大人二人の向こうで心配そうにモーフを見守るが、何も言ってくれなかった。


 「狩人や駆除屋は、人や家畜を襲ったり畑を荒らしたりする魔獣の始末や、薬や道具の材料ンなんる奴を獲って来ンのが仕事だ」

 「そンくらいしってらぁ」

 「そうだな。今まで会った“魔獣と関わる仕事”してる連中は、みんなそうだ」

 モーフだけでなく、ピナとラゾールニクも、警備員ジャーニトルの顔を思い出して頷く。



 荷台の隣に設営した簡易テントから、ピナの妹が【炉】の呪文を唱える声が聞こえた。

 作用力を補う【魔力の水晶】を握れば、力なき民でも、簡単な術を使えるようになる。

 モーフも、毎日の炊事でピナたちが唱えるのを聞いて何となく覚えたが、「それが何の呪文かわかる」止まりだ。自分が使うつもりで聞かないから、(そら)んじてみせろと言われても、最初の単語すら出て来ない。


 「じゃあ次、私がパン焼くね」

 夕飯のパンは、珍しくアマナが焼くらしい。

 兄貴のクルィーロは本物の魔法使いだが、アマナは力なき民だ。それでも、ちゃんと間違いなく力ある言葉を唱えられたらしい。

 魔法の調理方法に慣れたピナの妹は、【炉】をやり直さなかった。



 「でも、養殖場で働いてる人たちは、違う」

 ラゾールニクの一言で、何が何やらちっともわからないコトを言われ、他に逸れた意識が引き戻された。

 「所長さんや飼育員さんたちは、縮蛙(シュクア)濡首獣(ジュシュジュウ)に餌をやって、水が濁り過ぎないように沼を管理して、出荷まで死なせないように気を遣って育てるんだ」

 「魔獣に気ィ遣うって?」

 モーフは、ラゾールニクにおちょくられたのかと思ったが、諜報員(スパイ)の兄貴の青い目は、いつになく真剣だ。


 「警備員さんたちも、飼育してる魔獣から職員を護るだけじゃなく、沼から涌いた他の魔獣から、縮蛙(シュクア)濡首獣(ジュシュジュウ)を護る為にも戦うんだ」

 「は? 護る? 魔獣を?」

 モーフは面食らい、ますます混乱した。


 ……大人は、あの塀の向こうでそんなハナシしてたのかよ。


 ヌートの母ちゃんは警備員だが、そんなコト一言も言わない。

 飼育員も、モーフや小学生たちには、そんな話をしなかった。


 「魔獣の方も、養殖場の人たちが大切に守り育ててるのがわかるみたいで、ある程度大きくなった濡首獣(ジュシュジュウ)は、飼育員が櫛で毛を()くのを受け容れて、噛んだりしなかったよ」

 「は?」

 ラゾールニクが、小さな画面をつついて動画を再生させる。



 「おいで」

 職員がやさしく声を掛ける。

 さっきの奴の倍近い大きさの濡首獣(ジュシュジュウ)が、沼からいそいそ上がった。【操水】で毛皮の水を抜くと、魔獣の赤毛がふかふかになる。

 それだけでもよさそうなものだが、複雑な呪印が刺繍された手袋の手が、濡首獣(ジュシュジュウ)の頭を撫でた。魔獣は目を細め、職員の手にふかふかの頭や頬をこすりつける。

 「よーし、よしよし」

 職員が、四足(よつあし)の魔獣の肩を撫でる。魔獣は草の上で寝そべり、くりくりの(まる)い目で職員を見上げた。



 「あ、ちょっとカワイイかも」

 ピナの口から予想外の言葉が飛び出した。

 モーフは肝を潰したが、余計なコトを言うまいと唇を固く引き結んだ。



 画面では、銀色の櫛が魔獣の毛皮をやさしく()く。

 濡首獣(ジュシュジュウ)はうっとり目を細め、人間の手にされるがままだ。



 「なっ。懐いてンだろ?」

 ラゾールニクが動画を止め、ドヤ顔でモーフを見る。

 「えぇ? 懐いたってコイツ……血ィ抜いて毛皮剥いで肉はカニのエサだろ? どうせ殺すのに可愛がったって意味ねぇんじゃねぇの?」

 「坊主、それが経済動物の悲しいとこだ」

 「ケーザイドーブツ?」

 葬儀屋のおっさんの口から、知らない単語が出た。


 「牛でも羊でも、人間が育てて最後はお命頂戴して、売りモンにする生き物だ」

 「えー……あー……あ、あぁ? 家畜?」

 「そうだ。農家の人らも、出荷の瞬間まで、家畜を家族同然に思って大事に育ててンだ」

 「殺して食うのに身内扱い? 何で? 情が移ったら()(にく)くなンじゃねぇか」


 おっさんの話はますますわからない。


 葬儀屋のおっさんは、モーフの目に視線を据えて言った。

 「俺も坊主も、この世の生きモンみんな、放っといても死ぬ。早いか遅いかしか差はねぇ」

 「まぁ、そうだな」

 おっさん自身、五百年も生き、年季の入ったこの世の生きモンだ。


 「死ぬのわかってる奴なら大事にしなくていいって理屈で行きゃ、誰も彼もみんな粗末に扱われる世の中ンなっちまうけど、いいんだな?」

 「え……い、いや、そんなの……ダメだ」

 モーフ自身はともかく、ピナが酷い扱いを受けるなどと、想像したくもない。


 「そう言うこった」

 「まぁ、もうちょっとゆっくり考えてみればいいんじゃね? ……ところでこの後、魔獣の屠殺なんだけど、見る?」

 「い、いえ、遠慮します」

 ラゾールニクが軽いノリで聞いたが、ピナは引き攣った顔で断った。

☆みんなで力を合わせて狩る……例「1190.助太刀の準備」~「1194.祓魔の矢の力」参照

☆血ィ抜いて毛皮剥いで肉はカニのエサ……「1803.沼地の生き物」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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