1824.欠けたピース
ロークは、呪符屋のカウンターで素材屋プートニクに紅茶のおかわりを注いだ。
ルフス神学校での魔獣狩りの件は、ロークがアーテル共和国本土で得た情報を補完する。
欠落したパズルのピースを無理に嵌め込むように自分の持つ情報に都合よく合わせて解釈しないよう、心を無にして聞く。
「学生寮は、各階の廊下に鮮紅の飛蛇がうじゃうじゃ居たけど、全部マコデス人が狩ったぞ。あいつら、プロ中のプロだな」
ロークはふと気になった。
「部屋には一匹も居なかったんですか?」
「赤毛の奴を信じるなら、部屋には一匹も居なかったそうだ」
「中に発生源がなくて、戸が閉まってりゃ、入ンないもんな」
ラゾールニクが頷く。
鮮紅の飛蛇の身体の形では、扉を開けられない。
「で、渡り廊下で繋がった別棟の三階、デカい水場に居た濃紺の大蛇は、俺と隊長が剣でやった」
「お風呂ですね」
「そのアーテル人には、戦わないよう言い聞かせたのではありませんか? 何があったのです?」
ソルニャーク隊長が、四人掛けの卓から聞くと、プートニクは口調を合わせて答えた。
「アーテル軍の剣は、旧王国軍の制式武器に近い形状でした。刃の状態と、切れ味を確認したくなり、俺と駆除屋が充分弱らせてから、素材採集の名目で少し斬らせました」
「成程。いかがでしたか?」
「柄頭に嵌めてあるのは、魔力を蓄える加工が施された宝石で、刃にも呪文と呪印がありました。隊長の話によると、聖典に記された製法で鍛造された光ノ剣とのことです」
ラゾールニクが、タブレット端末を操作し、カウンター席に来た。
「じゃあ、これかな?」
「そうそう。これ」
「作り方はこっちだな」
端末をつついて向けると、プートニクは苦笑した。
「俺も一応、【飛翔する鷹】の徽章は持ってっからな。魔道書の中身くらい知ってるぞ」
「これ、キルクルス教の聖典なんスけど」
「は?」
プートニクが固まる。
「星道の職人向けの技術書部分で、一般には出回ってないけど。時間あるなら、表紙から順番に捲ってく動画もあるけど、どう?」
「いや、いい。いいけど、魔道書の丸写しじゃねぇか」
「うん。それは置いといて、切れ味、どうだった?」
ラゾールニクが話を戻す。
「濃紺の大蛇の鱗をあっさり斬り裂いた。よく見たら、刃に【魔除け】と【光の矢】が仕込んであったぞ」
「そんなの、アーテルの軍人が使っていいんですか?」
薬師アウェッラーナが疑問を漏らすが、答えられる者は居なかった。
「濃紺の大蛇も、鱗蜘蛛と同じで、まだこの世に来たばっかで、ギリギリ受肉しただけっぽかったけどな」
扉が開き、客が来た。
「あ、クラウストラさん。こんにちは」
「こんにちはー。お客さんいっぱいね。出直した方がいい?」
「いいからいいから。ここ座って」
ラゾールニクが自分の隣に座らせる。
今日のクラウストラは、女子大生風の大人びた顔立ちだ。いつもの青薔薇の髪飾りは、結い上げた黒髪にもよく似合う。
服装もそれに合わせ、夏物の淡い色合いのジャケットの下は、生地と同じ色の糸で花が刺繍されたブラウス、綿のズボンには飾り気がないが、見えない部分に防禦の呪印などを仕込んであるだろう。
革のトートバッグを膝に乗せ、タブレット端末を二台取り出した。一台をカウンターに置いて、ロークの方へ押しやる。
ロークは礼を言い、前掛けで隠れるズボンのポケットに捻じ込んだ。
「ちょっと見ない間にやたら臭い人増えたんだけど、何なの? あの人たち」
ロークが答えるより先に薬師アウェッラーナが説明した。
本土で活動する駆除屋が、アーテル人の依頼人に【魔力の水晶】を握らせ、魔力が発覚した者は、追放同然でランテルナ島へ渡って来る。
クラウストラが納得した顔で、ポンと手を叩いた。
「あぁ。あの時の人たちみたいなのが……あんな大勢居るの? 何で?」
「ウチに来る駆除屋さんたちにも、ちょくちょく聞いてるんですけど、みんな、そんなの知らない、そんなコトして何になるんだって首傾げられましたよ」
「じゃあ、ネモラリス憂撃隊だけが、アーテル人の無自覚な力ある民を炙り出してるってコトかな?」
クラウストラの一言で、アウェッラーナとソルニャーク隊長の顔色が変わった。
「オリョールさんたちの仕業だったんですか?」
「そうです。俺たちは【化粧】の首飾りで顔を変えて、半日同行しただけですけど、オリョールさんは、民家で駆除した後で【水晶】を握らせてました」
「そっか……そうですよね。チェルノクニージニクとか、この島の住民なら、治安悪くなるのにわざわざそんなコトしませんよね」
アウェッラーナが、緑髪の頭を抱える。
ロークの中で、情報の断片がカチリと嵌った。
「土魚の召喚は、俺たちの目の前でヂオリートたちが実行しました。その土魚の駆除で恩を売って、断れなくしてから【魔力の水晶】を握らせる。無自覚な力ある民が居れば一家離散。力なき民も最悪、殺されるかもしれないから、その地域には居られなくなります」
「鱗蜘蛛がこの世に出て来やすいのは、冬だ。もうすぐ夏の今頃、神学校だけあんなにまとまって、いろんな種類の魔獣が出るなんざフツーねぇからな」
プートニクが付け足し、ロークは確信を持った。
「ヂオリートたちが、召喚符か何かで呼び出したモノなんでしょう」
「魔法陣とか、見ませんでした?」
クラウストラが聞く。
「俺は素材採りに行っただけだかンな。赤毛の駆除屋は【索敵】で部屋ン中も見てたが、何も言わなかったぞ」
「魔獣を探すのに集中してたら、召喚の痕跡を見落とすかもしれませんよ」
薬師アウェッラーナが可能性を挙げた。
「じゃあ、今度、ルフス神学校へ調査に行きましょう」
「えッ? ロークさんが? 危なくありませんか?」
アウェッラーナに心配され、ロークはプートニクを見た。
「神学校に残ってる魔獣って、土魚だけですよね?」
「俺たちが行った日に居た大物は、みんな獲ったけどよ。また召喚してるかもしれんぞ?」
「あ、俺、ちょっと用事思い出した。夕方にはトラックに戻るから、別行動よろしく」
ラゾールニクが急に立って、慌ただしく呪符屋を出て行く。みんなは呆気に取られて見送った。
「何か出ても、私がロークさんを連れて逃げますから」
クラウストラはにっこり微笑んだ。
☆そのアーテル人には、戦わないよう言い聞かせた……「1820.俄か編成の隊」参照
☆アーテル軍の剣は、旧王国軍の制式武器に近い形状……「1782.居座った魔獣」「1784.特殊部隊の剣」参照
☆あの時の人たち……「1775.星の標の活動」「1776.人助けの報酬」参照
☆ウチに来る駆除屋さんたち……「1818.駆除屋の情報」参照
☆俺たちは(中略)半日同行した……「1770.駆除屋の正体」~「1776.人助けの報酬」参照
☆土魚の召喚……「1698.真夜中の混乱」~「1700.学校が終わる」参照




