1823.対価の踏倒し
ルフス神学校の本校舎は三階建てだ。
珍妙な取り合わせの五人組は、赤毛の駆除屋の【索敵】で、鱗蜘蛛の位置を確認しながら進み、接敵前に準備を整えて攻撃する。
残り五頭も難なく片付き、渡り廊下で繋がる学生寮へ移動した。
「参考までに聞くけどよ。鮮紅の飛蛇と戦ったコトある?」
「何度もある。いずれも屋外で、銀の弾丸で遠距離射撃だ」
部隊長は、プートニクの興味本位の質問に淡々と応じた。
「で、今日、銃は?」
アーテル陸軍対魔獣特殊作戦群の部隊長の手には、旧王国時代の制式武器に似た剣しかない。
「昨日までに全弾撃ち尽くし、補給待ちだ。濃紺の大蛇は現場が廃屋だった為、火を放った上で狙撃した」
緑髪の道具屋が、学生寮の内装を見回して言う。
「ここ、【耐火】も何もないからよく燃えそうですけど、鮮紅の飛蛇は、焼け死ぬのに時間が掛かって周りに飛び火しがちですし、丸ごと燃やすのはよした方がいいでしょうね」
「素材も採れねぇしな」
「先程の続きを教えてくれないか? 空軍基地の件」
部隊長が、ラクリマリス人の道具屋に一歩近付く。
道具屋は、アーテルの軍人から一歩離れて答えた。
「その駆除屋さんは、ランテルナ島の人で、去年の秋から、イグニカーンス市とサリクス市の会社や個人商店と契約して、魔獣狩りしてたそうなんです」
「その頃は、支払いを滞らせなかったのか?」
「えぇ。少し足りない時もありましたけど、次の時には耳揃えてきっちり」
「今回に限って逃げたのは何故だ?」
隊長が質問し、マコデス人の駆除屋も固唾を飲んで返事を待つ。
「イグニカーンス市で狩ってる時、東の低い空を巨翼の顎が飛んでるのが見えたそうです。羽毛が手に入れば結構な稼ぎになるから、個人で狩ろうと思ったそうで一旦、王都に戻ってウチで【影留め】と【地の枷】の呪符をたくさん買って、出直したんです」
「その、キョヨクノアギトと言うのは、どんな魔獣だ?」
四人は一斉にアーテル人の隊長を見て、溜め息を吐いた。互いに顔を見合わせ、何やらわかった顔で頷く。
代表して、プートニクが答えた。
「巨翼の顎は、猛禽類っぽい大型の魔獣だ。小さい奴でも五人乗りの軽飛行機くらい。羽毛と爪、運がよけりゃ、内臓にできた石も素材ンなる」
「飛ぶのか……厄介だな」
「肉もそこそこ美味かったぞ」
「食べたのかッ?」
案の定、隊長が肝を潰した。
「巨翼の顎は、この辺だと湖西地方に居て、基本、魔物や魔獣を食うけど、偶に集団でこっち来て家畜を襲うコトがある。俺は湖西地方で食料がなくなった時に焼いて食った」
「全然見たコトないんですか? アーテル領の西側って、湖西地方が目と鼻の先ですよね?」
赤毛の駆除屋が訝る。
「間にスクートゥム王国があるからな。国境付近は比較的安全だ。ラングースト半島……アクイロー基地では、それらしい大型魔獣の目撃証言があるが、十年以上前で、特に被害はなかった」
「戦った経験はねぇんだな?」
「私は陸軍だからな」
「魔法だったら、地上からでも攻めれンだけどな」
隊長を除く四人が、小さく吐息を漏らす。
魔法の道具屋が、ひとつ咳払いをして話を戻した。
「その駆除屋が次の日、呪符と他の装備整えて行ったらまだ居て、場所が空軍基地だったから、あの魔獣狩るけど雇わないかって話を持ちかけたら、偉い人と契約するコトになったそうです」
「敷地へ立入る許可を取り付けたのか。賢明だな」
陸軍特殊部隊の隊長が頷く。
プートニクは、先を促した。
「空軍は、その時点では無事だったのか?」
「いえ、戦闘機とかひっくり返って、滑走路は穴ぼこだらけで、兵隊さんがどうなったか聞かなかったそうですけど、死人が出てても不思議じゃない状態だったそうですよ」
「そんな……」
陸軍の軍人が絶句する。
「それで、魔獣の死骸とは別にカネももらえるって契約書に署名して、空軍と協力して倒したそうなんです」
隊長は頷きかけたが、中途半端な角度で止まって質問する。
「業者に任せず、空軍も戦ったのか。先程の話に出た呪符はどんなものだ?」
「影を通じて動きを止める【影留め】と、揚力を奪う【地の枷】……どっちも飛ぶ奴に対抗する基本ですけど、本人が【飛翔】で飛べれば、要らない呪符ですよ」
どうやら、その駆除業者はあまり強くはないらしい。
「そうか。話の腰を折ってすまん」
「いえいえ。空軍は、その戦闘で何人か負傷者が出たそうですが、駆除屋は無事で、地に落とした巨翼の顎にトドメを刺そうとしたら、火力の強い爆弾で吹っ飛ばされたそうなんです」
「何ッ?」
「勿体ねぇ!」
隊長とプートニクが同時に驚く。
「駆除屋は作業服の防禦の術で無事でしたけど、羽毛が丸焼けになって、爪しか回収できなくて、トドメ刺したのは空軍だから、料金払わないって言われたそうなんです」
「えぇッ?」
「契約書があるのに?」
今度は駆除屋二人が顔を顰めた。
「署名が本名じゃないから無効だって、突っぱねられた上に不法侵入で逮捕するとか言われて、泣き寝入りだそうですよ」
「我々も、呼称で署名しましたが」
年配の駆除屋が、悲愴な顔で隊長を見る。
「すまん。我々軍は、民間の契約に口出しできんのだ」
「そんな……」
赤毛の駆除屋が情けない声を出す。
「あんたたちは、魔獣の素材を回収できただけでもまだマシだ。俺が見た限り、使い減りする魔法の道具も使ってねぇ」
「えぇ。まぁ、そうですけど」
「昨日まで、一般家庭の土魚を駆除して住民を救助したら、みなさん快く払ってくれましたし、お店の方々も食事を奢って下さるなど、とても親切にしていただきました。まさか、国の機関がそんな酷いコトをするなんて」
年配の駆除屋は不安に駆られたからか、やけに饒舌だ。
赤毛の業者が、隊長を頭のてっぺんから爪先まで見て言う。
「でも、自国の兵隊さんもこんな扱いですし、もしかしたら、ホントに」
「ルフス神学校は国立ではなく、キルクルス教団アーテル支部が設立した」
隊長が言うと、赤毛の業者は太い眉を寄せた。
「じゃあ、踏み倒されたら民事で裁判……」
「外国人の我々が、アーテルで訴訟手続きをするのは大変そうですし、面倒なので泣き寝入り……それを見越して踏み倒すのだとしたら」
「まぁまぁ、まだ踏み倒されるって決まったワケじゃねぇんだ。さっ、狩ろう」
プートニクは、どんどん暗くなるマコデス人の駆除屋二人の背中を押した。




