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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十六章 誅求

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1869/3516

1823.対価の踏倒し

 ルフス神学校の本校舎は三階建てだ。

 珍妙な取り合わせの五人組は、赤毛の駆除屋の【索敵】で、鱗蜘蛛(ウロコグモ)の位置を確認しながら進み、接敵前に準備を整えて攻撃する。

 残り五頭も難なく片付き、渡り廊下で繋がる学生寮へ移動した。


 「参考までに聞くけどよ。鮮紅(せんこう)飛蛇(ひだ)と戦ったコトある?」

 「何度もある。いずれも屋外で、銀の弾丸で遠距離射撃だ」

 部隊長は、プートニクの興味本位の質問に淡々と応じた。

 「で、今日、銃は?」

 アーテル陸軍対魔獣特殊作戦群の部隊長の手には、旧王国時代の制式武器に似た剣しかない。

 「昨日までに全弾撃ち尽くし、補給待ちだ。濃紺の大蛇(おろち)は現場が廃屋だった為、火を放った上で狙撃した」


 緑髪の道具屋が、学生寮の内装を見回して言う。

 「ここ、【耐火】も何もないからよく燃えそうですけど、鮮紅の飛蛇は、焼け死ぬのに時間が掛かって周りに飛び火しがちですし、丸ごと燃やすのはよした方がいいでしょうね」

 「素材も採れねぇしな」


 「先程の続きを教えてくれないか? 空軍基地の件」

 部隊長が、ラクリマリス人の道具屋に一歩近付く。

 道具屋は、アーテルの軍人から一歩離れて答えた。

 「その駆除屋さんは、ランテルナ島の人で、去年の秋から、イグニカーンス市とサリクス市の会社や個人商店と契約して、魔獣狩りしてたそうなんです」

 「その頃は、支払いを滞らせなかったのか?」

 「えぇ。少し足りない時もありましたけど、次の時には耳揃えてきっちり」

 「今回に限って逃げたのは何故だ?」

 隊長が質問し、マコデス人の駆除屋も固唾を飲んで返事を待つ。


 「イグニカーンス市で狩ってる時、東の低い空を巨翼の(あぎと)が飛んでるのが見えたそうです。羽毛が手に入れば結構な稼ぎになるから、個人で狩ろうと思ったそうで一旦、王都に戻ってウチで【影留(かげと)め】と【地の(かせ)】の呪符をたくさん買って、出直したんです」

 「その、キョヨクノアギトと言うのは、どんな魔獣だ?」


 四人は一斉にアーテル人の隊長を見て、溜め息を()いた。互いに顔を見合わせ、何やらわかった顔で頷く。


 代表して、プートニクが答えた。

 「巨翼の(あぎと)は、猛禽類っぽい大型の魔獣だ。小さい奴でも五人乗りの軽飛行機くらい。羽毛と爪、運がよけりゃ、内臓にできた石も素材ンなる」

 「飛ぶのか……厄介だな」

 「肉もそこそこ美味かったぞ」

 「食べたのかッ?」

 案の定、隊長が肝を潰した。

 「巨翼の(あぎと)は、この辺だと湖西地方に居て、基本、魔物や魔獣を食うけど、(たま)に集団でこっち来て家畜を襲うコトがある。俺は湖西地方で食料がなくなった時に焼いて食った」

 「全然見たコトないんですか? アーテル領の西側って、湖西地方が目と鼻の先ですよね?」

 赤毛の駆除屋が(いぶか)る。


 「間にスクートゥム王国があるからな。国境付近は比較的安全だ。ラングースト半島……アクイロー基地では、それらしい大型魔獣の目撃証言があるが、十年以上前で、特に被害はなかった」

 「戦った経験はねぇんだな?」

 「私は陸軍だからな」

 「魔法だったら、地上からでも攻めれンだけどな」

 隊長を除く四人が、小さく吐息を漏らす。



 魔法の道具屋が、ひとつ咳払いをして話を戻した。

 「その駆除屋が次の日、呪符と他の装備整えて行ったらまだ居て、場所が空軍基地だったから、あの魔獣狩るけど雇わないかって話を持ちかけたら、偉い人と契約するコトになったそうです」

 「敷地へ立入る許可を取り付けたのか。賢明だな」

 陸軍特殊部隊の隊長が頷く。

 プートニクは、先を促した。

 「空軍は、その時点では無事だったのか?」

 「いえ、戦闘機とかひっくり返って、滑走路は穴ぼこだらけで、兵隊さんがどうなったか聞かなかったそうですけど、死人が出てても不思議じゃない状態だったそうですよ」

 「そんな……」

 陸軍の軍人が絶句する。


 「それで、魔獣の死骸とは別にカネももらえるって契約書に署名して、空軍と協力して倒したそうなんです」

 隊長は頷きかけたが、中途半端な角度で止まって質問する。

 「業者に任せず、空軍も戦ったのか。先程の話に出た呪符はどんなものだ?」

 「影を通じて動きを止める【影留(かげと)め】と、揚力を奪う【地の(かせ)】……どっちも飛ぶ奴に対抗する基本ですけど、本人が【飛翔】で飛べれば、要らない呪符ですよ」


 どうやら、その駆除業者はあまり強くはないらしい。


 「そうか。話の腰を折ってすまん」

 「いえいえ。空軍は、その戦闘で何人か負傷者が出たそうですが、駆除屋は無事で、地に落とした巨翼の(あぎと)にトドメを刺そうとしたら、火力の強い爆弾で吹っ飛ばされたそうなんです」

 「何ッ?」

 「勿体(もったい)ねぇ!」

 隊長とプートニクが同時に驚く。

 「駆除屋は作業服の防禦の術で無事でしたけど、羽毛が丸焼けになって、爪しか回収できなくて、トドメ刺したのは空軍だから、料金払わないって言われたそうなんです」

 「えぇッ?」

 「契約書があるのに?」

 今度は駆除屋二人が顔を(しか)めた。


 「署名が本名じゃないから無効だって、突っぱねられた上に不法侵入で逮捕するとか言われて、泣き寝入りだそうですよ」

 「我々も、呼称で署名しましたが」

 年配の駆除屋が、悲愴(ひそう)な顔で隊長を見る。

 「すまん。我々軍は、民間の契約に口出しできんのだ」

 「そんな……」

 赤毛の駆除屋が情けない声を出す。


 「あんたたちは、魔獣の素材を回収できただけでもまだマシだ。俺が見た限り、使い減りする魔法の道具も使ってねぇ」

 「えぇ。まぁ、そうですけど」

 「昨日まで、一般家庭の土魚(どぎょ)を駆除して住民を救助したら、みなさん快く払ってくれましたし、お店の方々も食事を奢って下さるなど、とても親切にしていただきました。まさか、国の機関がそんな酷いコトをするなんて」

 年配の駆除屋は不安に駆られたからか、やけに饒舌だ。


 赤毛の業者が、隊長を頭のてっぺんから爪先まで見て言う。

 「でも、自国の兵隊さんもこんな扱いですし、もしかしたら、ホントに」

 「ルフス神学校は国立ではなく、キルクルス教団アーテル支部が設立した」

 隊長が言うと、赤毛の業者は太い眉を寄せた。

 「じゃあ、踏み倒されたら民事で裁判……」

 「外国人の我々が、アーテルで訴訟手続きをするのは大変そうですし、面倒なので泣き寝入り……それを見越して踏み倒すのだとしたら」

 「まぁまぁ、まだ踏み倒されるって決まったワケじゃねぇんだ。さっ、狩ろう」

 プートニクは、どんどん暗くなるマコデス人の駆除屋二人の背中を押した。

☆巨翼の顎……「395.魔獣側の事情」参照

☆一般家庭の土魚を駆除(中略)みなさん快く払って……「1727.民家での駆除」~「1730.満員のホテル」「1733.業者に出会う」~「1735.窓口で払戻し」参照

☆お店の方々も食事を奢って……「1736.三頭の四眼狼」「1737.感謝を捧げる」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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