表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十六章 誅求

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1867/3515

1821.魔法の破壊力

 案内板でトイレのピクトグラムを確認し、慎重に歩みを進める。


 先頭は、大剣を担いだ【飛翔する(タカ)】学派のプートニクが行く。

 二番は【飛翔する蜂角鷹(ハチクマ)】学派の使い手、三番はアーテル陸軍対魔獣特殊作戦群の部隊長、その後ろに【編む葦切(ヨシキリ)】学派の道具屋、殿(しんがり)を守るのは、学派不明の魔獣駆除業者だ。


 ルフス神学校の本校舎には他に人の気配がなく、男五人の足音だけが響く。

 教室の出入口上部に細い札が突き出る。札で教室名を確認しながら歩いた。



 トイレのピクトグラムが見えたところで、プートニクは片手を肩と水平に上げ、四人を止める。


 「想い磨ぎ 光鋭き……」


 力ある言葉を途中まで唱え、廊下の壁に沿って擦り足でトイレの入口へ近付く。

 ある程度まで接近すると、ピクトグラムの札にまで、白い糸が絡むのが見えた。

 右手に魔力を収斂し、入口の正面に立つ。赤色の鱗蜘蛛(ウロコグモ)が反応するより早く、結びの言葉を唱えた。


 「……槍と成せ!」


 圧縮された魔力の塊が、輝く槍と化す。上体を起こし、前二本の足を上へ伸ばした魔獣の頭胸部と腹部の境に命中した。

 一撃で魔獣を両断し、筒状に張り巡らされた巣の底を貫く。コンクリートの壁が轟音と共に吹き飛び、一瞬遅れて、離れた場所から何かが壊れる音が聞こえた。


 「旦那! 出力!」

 「俺、【飛翔する(タカ)】だから【急降下する(ワシ)】の手加減なんざ、できねぇよ」

 緑髪の道具屋が青くなり、赤毛の駆除屋が落ち着いた声で【索敵】を唱える。

 「生垣を吹き飛ばして、道路を挟んで北側の……お店かな? えっと、店舗のような建物と、その奥の民家三棟が全壊、更に奥の一棟も一部が損壊しました」


 隊長が鋭く問う。

 「人的被害は? 北門にも監視部隊が」

 「兵隊さんは大丈夫です。びっくりしただけです。民家は、今から瓦礫の下を確認します」

 「いや、それはいい。周辺住民は全員退避済みだ」

 隊長がやや緊張を緩め、プートニクに近付いた。



 「魔獣やっつけても、周囲にそんだけ被害出したら、スッゲー怒られたんじゃないんスか?」

 そこまで聞いて、ラゾールニクが呆れた声で口を挟んだ。

 ロークも同感だ。

 「損害賠償を請求されたりとか」

 「いや? 別に何も言われなかったぞ」


 ……「怖くて何も言えなかった」の間違いじゃないかな?


 爆撃機を一撃で墜とす威力の術だ。


 薬師(くすし)アウェッラーナが首を傾げた。

 「あれ? でも、ヤーブラカ市の時は、ジャーニトルさんが【光の槍】を何回も撃ち込んで、お巡りさんたちの矢と狩人さんの銃も合わせて、魔法の剣でいっぱい斬ってやっとやっつけられたのに?」

 「それってお巡りさんを食べて、その人の魔力の分、強化されたからだよ」

 「神学校の個体は、この世に来たばかりで、まだ弱かったからでしょうね」

 ヤーブラカ市の鱗蜘蛛(ウロコグモ)退治を報告書で読んだラゾールニクとロークが言うと、現場に居た薬師(くすし)アウェッラーナは、自分の両肩を抱いてプートニクを見た。


 「あぁ。魔法防禦も薄かったし、とんだ誤算だ。建物にも魔法防護が一個もねぇとか」

 「そりゃそうでしょう。アーテルはキルクルス教国になったんですから」

 ロークは、一時在籍したルフス神学校の様子を思い返した。


 礼拝堂は、聖典に記された教会建築の様式に(のっと)り、ロークには読めない力ある言葉が刻んであったが、敷地内の他の建物には、全くなかった。

 火の不始末を怖れ、食堂などはわざわざ別棟にしてあるくらいだ。


 「まぁ、そりゃともかく、人死は出なかったし、素材もたっぷり採れた」

 プートニクは、紅茶を一口啜って話を続けた。



 緑髪の道具屋が【無尽の瓶】から水を引き出して沸かし、トイレ内に張り巡らされた鱗蜘蛛(ウロコグモ)の巣を壁や天井から剥がす。筒状の巣に覆い尽くされ、真っ白だったトイレは、すぐに元の姿を取り戻した。

 水塊が糸を丸めて回収する。


 「それをどうするのだ?」

 「使用済みの糸は、素材にならないので焼くしかないんです」

 隊長に聞かれた道具屋が水を宙で板状に広げ、【点火】の呪文を唱えた。鱗蜘蛛の糸が青白い炎を上げ、綿菓子が溶けるように消える。


 年配の魔獣駆除業者が、魔獣の腹部を覆う鉄の鱗をナイフで剥がした。一枚一枚が、(てのひら)くらいある。

 もげた脚から爪を切取り、腹を()いて出糸突起を採ると、道具屋が残りを【炉】で灰にした。


 「本当に一人で倒せるんですね」

 マコデス人の魔獣駆除業者二人が、プートニクに素材を渡しながら、すっかり感心した顔で言う。

 「次は、あんたたちのお手並み、拝見させてもらっていいか?」

 「そうしていただけると助かります」

 プートニクと年配の駆除屋が順番を代わり、廊下の東奥を目指す。


 「建物がヤワなのがわかりましたし、別の術でやりましょう」

 「何使う気だ?」

 「私はこれです」

 プートニクが聞くと、学派不明の駆除屋は、振り向かずにナイフをひらひら振った。隊長が驚きの声を上げる。

 「ナイフ一本であれと戦う気か?」

 「まさか。刃物を触媒にする術があるんですよ」


 校舎の南廊下を東の突き当たりまで進んだが、巣はない。角を曲がると、北東の端で巣に収まる赤い鱗蜘蛛が見えた。


 「霹靂(かむとけ)の (あめ)()りたる (いかづち)は 魔縁(まえん)絡めて 魔魅(まみ)捕る網ぞ」


 業者は早口に呪文を唱え、ナイフを横に薙いだ。

 飛び掛かった魔獣が宙で【紫電の網】に絡め取られ、激しい音を立てて焼け焦げる。駆除屋はナイフを自分の身に引き寄せ、網の中で暴れる魔獣に対抗する。


 髪の毛を燃やしたようなイヤな臭いが廊下に充満し、鱗蜘蛛は動かなくなった。

☆赤色の鱗蜘蛛……「850.鱗蜘蛛の餌場」、魔獣図鑑「864.隠された勝利」参照

☆ヤーブラカ市の時……「0932.魔獣駆除作戦」~「0936.報酬の穴埋め」参照

☆お巡りさんを食べて、その人の魔力の分、強化された……「0936.報酬の穴埋め」参照

☆礼拝堂は、聖典に記された教会建築の様式に則り……「763.出掛ける前に」参照

☆火の不始末を怖れ、食堂などはわざわざ別棟……「742.ルフス神学校」「743.真面目な学友」参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ