1820.俄か編成の隊
「あ、あの、私はタダの職人で足手纏いになりますんで、これでお暇」
「お前はダメだ」
「ひぇッ!」
風采の上がらない緑髪のおっさんが、情けない悲鳴を上げる。
素材屋プートニクは、道具屋の上着の裾を掴んで離さなかった。
「お前の借金なのに何で俺一人で戦うんだよ。呪符くらい持って来てンだろ?」
「でも、元はと言えば、あの駆除屋がウチのツケ、払わないのがいけないんで」
「何でそいつから取り立てて俺に払わねぇんだ?」
「巨翼の顎を落とすのに【影留め】と【地の枷】の呪符をいっぱい使ったのに依頼人が対価を払ってくれないから、ウチのツケを払えないんだって、開き直ったんですよ」
緑髪の職人は、ここぞとばかりに捲し立てる。
「その駆除屋の依頼人ってなぁ、どこのどいつだ?」
「アーテル空軍だそ」
「何ッ?」
アーテル陸軍の部隊長だと名乗った男が、血相を変えて食いついた。
「どう言うことだ? 空軍基地に魔獣が出たのか? 損害は?」
「私が直接見たワケじゃなくて、駆除屋から聞いただけですけど、この情報に幾ら出します? アーテルの現金じゃなくて物納で」
道具屋が落ち着き払って応じた。
隊長は言葉に詰まって黙り込む。
年配の駆除屋が代わりに聞いた。
「何が欲しいんです?」
「この旦那にツケを払える物なら何でもいいですよ」
「俺は素材屋だからな。売り物になる魔獣由来の素材が欲しいが、あんたら、払うのかい?」
素材屋プートニクが聞くと、年配の駆除屋は頷いた。
「この神学校の理事長とは契約書を交わしましたが、【渡る白鳥】学派の術がひとつもないタダの紙切れですし、今のお話を伺って、もしかしたらと心配になりましてね」
「ですよね! 心配ですよね!」
道具屋が激しく頷いて同意する。
隊長は、何とも言えない顔で駆除屋を見たが、何も言わなかった。
年配の駆除屋が、パンと手を打って提案する。
「では、こうしましょう。この校舎で採れた素材はあなた方が。学生寮で採れた素材は我々が全部取る」
「寮? そっちは何が居るんだ?」
素材屋プートニクは、赤毛の駆除屋に聞いた。
彼はそこも今朝、【索敵】で見たとすらすら答える。
「鮮紅の飛蛇がうじゃうじゃ、三階の大きな水場に濃紺の大蛇が居ます」
「あんたら、ホントにたったそれだけでいいのか?」
そんな不確かな伝聞には、鮮紅の飛蛇一匹分の値打ちもあるとは思えない。
「正直なところ、鱗蜘蛛も半分くらいは分けていただきたいですよ。でも、あなたは、お一人でも鱗蜘蛛くらい倒せそうな雰囲気ですし」
「そりゃ、買いかぶりってモンだ。大きさによる」
「この廊下の幅いっぱいくらいで、一階はトイレと東側の廊下の突き当たりに一匹ずつ、巣を懸けてじっとしてます」
赤毛の駆除屋が【索敵】で見たモノを告げ、道具屋は青くなって震えあがった。
「巣に引っ掛からないように遠隔でやんなきゃいけない奴じゃないですか」
「動かねぇ標的に【光の槍】ブチ込むくらい、楽勝じゃねぇか」
プートニクは笑って道具屋の肩を叩いたが、緑髪のおっさんの顔は冴えない。
廊下は、大人が二人両腕を広げても、並んで立てる幅がある。
一人なら、大剣も余裕を持って扱えるだろうが、傍に人が居ると却って危険だ。
プートニクが、大剣を鞘に戻して歩きだすと、マントを引っ張られた。
「待て! 本当に一人で行く気か?」
アーテル人の隊長がマントを掴み、不安な目を向ける。
「あんたこそ、魔法の防具一個もなしで、よくこんなとこ居られるな?」
「魔獣駆除の実戦経験はある」
「え? そんなお粗末な装備で? よく今まで食われずに済んでたな?」
黒地に部隊名が白で書かれた制服は、あちこち補強はしてあるようだが、防禦系の術の呪文や呪印は、少なくとも見える部分にはない。
ポケットはたくさんあるが、アーテル軍が魔法の護符を入れるとは思えない。この現場には、火の雄牛など、火を吐く魔獣が居ないようだが、耐熱性など皆無に見えた。
「おっさん、【守りのリボン】か何か、こいつに貸してやってくんねぇか?」
「その分、ツケから引いて下さるんですか?」
「……だとよ。何か払う? それとも帰る?」
プートニクが振り向いて聞くと、隊長は頭を振った。
「ルフス神学校に於ける魔獣駆除作戦は、大統領令で、我々、陸軍対魔獣特殊作戦群が実施していたのだ」
「あんた一人でか?」
他にそれらしい兵士は居ない。
隊長は、俯いて床に重い声を吐いた。
「部下は……殉職、または負傷し、昨日までに全員、戦線を離脱した」
「そう言うの、フツー、全滅って言わねぇ?」
プートニクは呆れて聞いたが、隊長は貝のように口を閉ざして答えない。
「そりゃ、そんな丸腰同然で魔獣と戦ったら、そうなって当然だ。上の命令に逆らえねぇ軍人の辛いとこだわな」
「貴様に何がわかる!」
食いしばった歯の隙間から、喉の奥から絞り出された低い声が漏れた。
部下を全て喪っても、退却を許されない。
部隊を預かる者の顔には深い苦悩が滲む。
「俺も昔、王国軍の騎士だったんだ。今はこうして素材屋やってっけどよ。あんたまで死んじまっちゃ、部下が浮かばれねぇぞ」
プートニクが顎をしゃくると、道具屋が【魔力の水晶】に【魔除け】を掛けた。別のポケットから【耐衝撃】の【守りのリボン】を引っ張り出す。
「この【水晶】はポケットに入れて、リボンは、端に【水晶】を括ればイケるかな。魔力がない人が【水晶】だけで発動させるんじゃ、すぐ効果が切れますけど」
「大丈夫だ。問題ない」
「後で旦那に何か払って下さいよ」
道具屋はブツブツ言いながら、リボンを隊長の左肩に括りつけた。
「あんたは戦わなくていい。俺たちの戦い方を目に焼き付けて、生き残ることだけ考えろ。魔法なしで化け物どもとやり合うなんざ正気の沙汰じゃねぇって、現場を知らねぇお偉いさん方に現実ってモンを突きつけてやんな」
プートニクの歩みを止める者は居なかった。
☆巨翼の顎……こんなの→「395.魔獣側の事情」参照
☆この神学校の理事長とは契約書を交わしました……「1781.成立した契約」参照
☆【渡る白鳥】学派の術
契約の例……「412.運び屋と契約」参照
違反の例……「1037.盗まれた物資」→「1131.あり得ぬ接点」参照
☆そこも今朝、【索敵】で見た……「1782.居座った魔獣」参照




