1819.偶然の出会い
「旦那、お久し振りです」
呪符屋のゲンティウス店長が先客に会釈し、黒髪の客プートニクに笑顔を返す。
「後は揃ってンな。店長、これ、いつもの」
先客がカウンターに大きな革袋を置く。
店長は袋の口を少し開けて覗き、すぐ括り直した。
「はい、確かに。いつも有難うございます」
「そいつぁお互い様だ。それと、眼鏡の躾、もうちょい頼む」
「はい。いつもすみません。よく言って聞かせますんで、ご容赦を」
先客はそれ以上言わず、足下に置いた荷物を拾って呪符屋を出た。
「スキーヌム。後はやっとくから、お遣い行ってくれ」
ゲンティウス店長が、膨らんだ鞄とメモを手渡し、店番をカウンターから出す。スキーヌムは、袖で目許を拭って眼鏡を掛け直し、とぼとぼ出て行った。
「薬師の姐ちゃんたち、先にしてやってくんな」
「はい、恐れ入ります。……今、ロークからちらっと聞いたんだが、マチャジーナの養殖場、まだやってんだって?」
「えぇ。主要産業みたいですよ」
店長が卓の三人に向き直り、アウェッラーナが答えると、ロークが呪符を持ってカウンターから出て来た。
「上物の多刺蟹、ありがとよ。魔力が濃くていい糸になりそうだ」
店長が上機嫌で言い、ロークが卓上に【真水の壁】の呪符を二枚並べる。
「え? こんなに? いいんですか?」
「あぁ。昔はネーニア島のサカリーハと、ネモラリス島のマチャジーナが二大産地だったんだが、内乱時代にサカリーハの沼が埋まって値上がりしたんだよ」
半世紀の内乱後、ラクリマリス王国領とアーテル共和国領になった土地には、沼沢地がなくなった。
「今回の戦争とクーデターで、産地がどうなったか気になってたんだ」
「じゃあ、情報料も込みで【真水の壁】二枚?」
ラゾールニクの確認に店長が頷く。
「甲羅だけなら、一枚半ってとこだな。半は何か他ので渡すけど、いつもの一揃いなら甲羅二個だ」
「有難うございます」
ソルニャーク隊長が手帳に控え、アウェッラーナが呪符を預かった。
ロークがカウンターに戻り、革袋を下ろしてお茶の支度を始める。
「大物の駆除が大体終わって、後は土魚や何や、呪符使うまでもねぇのばっからしくて、やっと一段落ってとこです」
店長が自分の肩を揉んで言うと、素材屋プートニクは、呪印入りの巾着袋をカウンターに置いて、ニヤリと笑った。
「俺も大物の素材、採って来たぞ。どこだと思う?」
「その口振り、いつものとこじゃねぇんですな?」
「おう。聞いて驚け。アーテル共和国の首都! ルフス神学校だ」
「えぇッ?」
「お? 薬師の姐ちゃんたちも知ってんのか?」
王都ラクリマリスに店を構える素材屋プートニクが、何故わざわざ、土地勘がなさそうなアーテル共和国の首都ルフスまで行ったのか、気になった。
「実際に行ったことはありませんけど、ロークさんから、どんな学校かは聞きました」
「兄ちゃん、そんなコトまで詳しいのか」
素材屋プートニクが、驚いた顔を店番に向ける。
ロークは、紅茶を満たした茶器を渡して答えた。
「ここに来る前、一時期在籍してたんですよ」
「潜入調査って奴か? 凄ぇな。ホンモノの諜報員じゃねぇか」
どこまで本気か読めないが、元騎士の素材屋が感嘆する。
ロークは軽く流した。
「プートニクさんも、ルフスに土地勘あったんですね?」
「いや、ツケ溜まってる奴が、狩るの手伝うから現物で勘弁してくれって、跳んだ先がそこだったんだ」
「えぇ……」
「まぁ、そいつぁ【編む葦切】で戦いの心得なんざねぇから、偶々現地に居たマコデス人の駆除屋とアーテル軍の奴と一緒に狩ったんだけどよ」
「ふぁッ?」
五人同時に変な声が出た。
気を取り直したロークが、茶器を乗せたお盆を三人の卓へ置きに来た。
ソルニャーク隊長が居住いを正して聞く。
「アーテル軍と共闘したのですか?」
「特殊部隊の隊長さんは、割と話せる人でしたよ。ところで、どちら様で?」
「移動放送局の人たちです」
ロークが簡単に紹介し、ソルニャーク隊長とラゾールニクは会釈で済ませた。
「薬師の姐ちゃんだけじゃなかったのか。パン屋の兄ちゃんたちは?」
「蛙料理を研究するって、マチャジーナに居ます」
「ははは。勉強熱心だな」
アウェッラーナは思い出してげんなりしたが、プートニクは笑い飛ばした。
「旦那。何持って来てくれたんです?」
「鱗蜘蛛の糸と鱗だ。場所、広い方がいいぞ」
「何頭分なんです?」
「四頭分だ。呪符は今からこれン書くから、多刺蟹の甲羅も付けてくれ」
「右から左ですかい」
ゲンティウス店長は参ったなと苦笑して、対価が詰まった【無尽袋】を手に奥へ引っ込んだ。
「アーテル軍に魔獣と戦える部隊があるのですか?」
「部隊と申しましょうか、隊長と名乗った人物一人だけで、武器は旧王国軍と似た剣でしたよ」
ソルニャーク隊長に改まった口調で問われ、素材屋プートニクも丁重に応じる。
ツケを滞納した客は、別の魔獣駆除業者から、ルフス神学校の魔獣素材でツケを払うと言われたが、その者は鱗蜘蛛を見るなり逃げてしまった。仕方なく【跳躍】で逃げて出直す。
ツケの客はプートニクと出直し、ルフス神学校の校舎一階で、その妙な組合せの三人組と出会った。
マコデス共和国から来た魔獣駆除業者は二人。アーテル軍の隊長によると、その二人は午前中だけで、多数の土魚と補色蜥蜴、平敷三頭と巨大な毛谷蛇一頭を倒したと言う。
マコデス人の魔獣駆除業者は、ルフス神学校の理事長にその日の朝、臨時で雇われたばかりだ。
「俺はコイツの借金回収するだけだ。勝手に採るかんな」
「この校舎、鱗蜘蛛が七頭居ますけど、大丈夫ですか?」
赤毛の駆除屋に心配された。
「何でわかるんだ?」
「俺、【飛翔する蜂角鷹】なんで、さっき【索敵】で見たんです」
「軍は素材を採らないそうですから、一緒に戦って山分けしませんか?」
「あんたらが足手纏いになんなきゃ別にいいぞ」
年配の魔獣駆除業者に提案され、プートニクは魔法の大剣を抜いて応じた。




