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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十六章 誅求

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1865/3515

1819.偶然の出会い

 「旦那、お久し振りです」

 呪符屋のゲンティウス店長が先客に会釈し、黒髪の客プートニクに笑顔を返す。


 「後は揃ってンな。店長、これ、いつもの」

 先客がカウンターに大きな革袋を置く。

 店長は袋の口を少し開けて覗き、すぐ(くく)り直した。

 「はい、確かに。いつも有難うございます」

 「そいつぁお互い様だ。それと、眼鏡の(しつけ)、もうちょい頼む」

 「はい。いつもすみません。よく言って聞かせますんで、ご容赦を」

 先客はそれ以上言わず、足下に置いた荷物を拾って呪符屋を出た。



 「スキーヌム。後はやっとくから、お遣い行ってくれ」

 ゲンティウス店長が、膨らんだ鞄とメモを手渡し、店番をカウンターから出す。スキーヌムは、袖で目許を拭って眼鏡を掛け直し、とぼとぼ出て行った。


 「薬師(くすし)の姐ちゃんたち、先にしてやってくんな」

 「はい、恐れ入ります。……今、ロークからちらっと聞いたんだが、マチャジーナの養殖場、まだやってんだって?」

 「えぇ。主要産業みたいですよ」

 店長が卓の三人に向き直り、アウェッラーナが答えると、ロークが呪符を持ってカウンターから出て来た。


 「上物の多刺蟹(タシカニ)、ありがとよ。魔力が濃くていい糸になりそうだ」

 店長が上機嫌で言い、ロークが卓上に【真水(さみず)の壁】の呪符を二枚並べる。

 「え? こんなに? いいんですか?」

 「あぁ。昔はネーニア島のサカリーハと、ネモラリス島のマチャジーナが二大産地だったんだが、内乱時代にサカリーハの沼が埋まって値上がりしたんだよ」


 半世紀の内乱後、ラクリマリス王国領とアーテル共和国領になった土地には、沼沢地がなくなった。


 「今回の戦争とクーデターで、産地がどうなったか気になってたんだ」

 「じゃあ、情報料も込みで【真水(さみず)の壁】二枚?」

 ラゾールニクの確認に店長が頷く。

 「甲羅だけなら、一枚半ってとこだな。半は何か他ので渡すけど、いつもの一揃いなら甲羅二個だ」

 「有難うございます」

 ソルニャーク隊長が手帳に控え、アウェッラーナが呪符を預かった。


 ロークがカウンターに戻り、革袋を下ろしてお茶の支度を始める。


 「大物の駆除が大体終わって、後は土魚(どぎょ)や何や、呪符使うまでもねぇのばっからしくて、やっと一段落ってとこです」

 店長が自分の肩を揉んで言うと、素材屋プートニクは、呪印入りの巾着袋をカウンターに置いて、ニヤリと笑った。

 「俺も大物の素材、採って来たぞ。どこだと思う?」

 「その口振り、いつものとこじゃねぇんですな?」

 「おう。聞いて驚け。アーテル共和国の首都! ルフス神学校だ」

 「えぇッ?」

 「お? 薬師(くすし)の姐ちゃんたちも知ってんのか?」


 王都ラクリマリスに店を構える素材屋プートニクが、何故わざわざ、土地勘がなさそうなアーテル共和国の首都ルフスまで行ったのか、気になった。


 「実際に行ったことはありませんけど、ロークさんから、どんな学校かは聞きました」

 「兄ちゃん、そんなコトまで詳しいのか」

 素材屋プートニクが、驚いた顔を店番に向ける。

 ロークは、紅茶を満たした茶器を渡して答えた。

 「ここに来る前、一時期在籍してたんですよ」

 「潜入調査って奴か? 凄ぇな。ホンモノの諜報員(スパイ)じゃねぇか」

 どこまで本気か読めないが、元騎士の素材屋が感嘆する。


 ロークは軽く流した。

 「プートニクさんも、ルフスに土地勘あったんですね?」

 「いや、ツケ溜まってる奴が、狩るの手伝うから現物で勘弁してくれって、跳んだ先がそこだったんだ」

 「えぇ……」

 「まぁ、そいつぁ【編む葦切(ヨシキリ)】で戦いの心得なんざねぇから、偶々(たまたま)現地に居たマコデス人の駆除屋とアーテル軍の奴と一緒に狩ったんだけどよ」

 「ふぁッ?」

 五人同時に変な声が出た。


 気を取り直したロークが、茶器を乗せたお盆を三人の卓へ置きに来た。


 ソルニャーク隊長が居住(いずま)いを正して聞く。

 「アーテル軍と共闘したのですか?」

 「特殊部隊の隊長さんは、割と話せる人でしたよ。ところで、どちら様で?」

 「移動放送局の人たちです」

 ロークが簡単に紹介し、ソルニャーク隊長とラゾールニクは会釈で済ませた。


 「薬師(くすし)の姐ちゃんだけじゃなかったのか。パン屋の兄ちゃんたちは?」

 「蛙料理を研究するって、マチャジーナに居ます」

 「ははは。勉強熱心だな」

 アウェッラーナは思い出してげんなりしたが、プートニクは笑い飛ばした。


 「旦那。何持って来てくれたんです?」

 「鱗蜘蛛(ウロコグモ)の糸と鱗だ。場所、広い方がいいぞ」

 「何頭分なんです?」

 「四頭分だ。呪符は今からこれン書くから、多刺蟹(タシカニ)の甲羅も付けてくれ」

 「右から左ですかい」

 ゲンティウス店長は参ったなと苦笑して、対価が詰まった【無尽袋】を手に奥へ引っ込んだ。


 「アーテル軍に魔獣と戦える部隊があるのですか?」

 「部隊と申しましょうか、隊長と名乗った人物一人だけで、武器は旧王国軍と似た剣でしたよ」

 ソルニャーク隊長に改まった口調で問われ、素材屋プートニクも丁重に応じる。



 ツケを滞納した客は、別の魔獣駆除業者から、ルフス神学校の魔獣素材でツケを払うと言われたが、その者は鱗蜘蛛(ウロコグモ)を見るなり逃げてしまった。仕方なく【跳躍】で逃げて出直す。


 ツケの客はプートニクと出直し、ルフス神学校の校舎一階で、その妙な組合せの三人組と出会った。

 マコデス共和国から来た魔獣駆除業者は二人。アーテル軍の隊長によると、その二人は午前中だけで、多数の土魚(どぎょ)補色蜥蜴(ほしょくトカゲ)平敷(ひらしき)三頭と巨大な毛谷蛇(モウヤダ)一頭を倒したと言う。

 マコデス人の魔獣駆除業者は、ルフス神学校の理事長にその日の朝、臨時で雇われたばかりだ。


 「俺はコイツの借金回収するだけだ。勝手に採るかんな」

 「この校舎、鱗蜘蛛が七頭居ますけど、大丈夫ですか?」

 赤毛の駆除屋に心配された。

 「何でわかるんだ?」

 「俺、【飛翔する蜂角鷹(ハチクマ)】なんで、さっき【索敵】で見たんです」

 「軍は素材を採らないそうですから、一緒に戦って山分けしませんか?」

 「あんたらが足手纏いになんなきゃ別にいいぞ」

 年配の魔獣駆除業者に提案され、プートニクは魔法の大剣を抜いて応じた。

薬師(くすし)の姐ちゃん……アウェッラーナはプートニクと面識がある「1675.逃亡犯の依頼」~「1677.分かれて行動」参照

☆いつもの一揃い……「1064.職場内の訓練」参照

☆いつものとこ……クロエーニィエと二人で湖西地方「1314.初めての来店」参照

☆ここに来る前、一時期在籍……「742.ルフス神学校」参照

☆パン屋の兄ちゃんたち……レノとクルィーロもプートニクと面識がある「1301.王都の素材屋」~「1304.もらえるもの」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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