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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十六章 誅求

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1861/3516

1815.流入する棄民

 薬師(くすし)アウェッラーナは、久し振りに気持ちが明るくなった。


 アガロート養殖場で、他から隔離された濡首獣(じゅしゅじゅう)の区画を見学中、兄のアビエースが職員の一人と魚談義で意気投合。彼の休日、一緒に釣りをしようと誘われた。親戚がマチャジーナ漁協の漁師で、時々自然の沼で釣りをさせてくれるのだと言う。


 アウェッラーナの兄は漁師だが、沼での釣りは未経験だ。開戦前は、半世紀の内乱時代も含め、漁船でラキュス湖へ出て、投網と【(すなど)伽藍鳥(ペリカン)】学派の術を組合せて、一気に大量に獲る漁法だった。


 「竿は私の予備を貸します。魚と一対一の真剣勝負。なかなか乙なもんですよ」


 最初は遠慮した兄も、熱心に勧められて(つい)に乗り気になった。

 約束は明日だが、兄は今朝から機嫌がいい。血圧も僅かに下がった。



 アウェッラーナは少し安心して、ソルニャーク隊長、ラゾールニクと三人でランテルナ島へ跳んだ。

 見学の土産に多刺蟹(タシカニ)の甲羅を一人一個もらった。

 相場がわからないので、これで呪符を何枚売ってもらえるか、確認と買物。そして、前回ロークと話せなかったので、可能な限り情報交換もしたい。


 「まぁ。後で報告書のデータもらって、読めば済むハナシだけどな」

 「膨大な量を同僚に内緒で読むのは至難の(わざ)だな」

 ラゾールニクとソルニャーク隊長が、地上の街カルダフストヴォーを油断なく窺いながら言う。


 アウェッラーナは前回、郭公(カッコウ)の巣のクロエーニィエ店長から、本土の住民が身ひとつで流入し、治安に懸念が生じたと聞いた。

 実際、アウェッラーナたちも、それらしき者たちと何度もすれ違い、郭公の巣では職を求める父子にも遭遇した。

 アウェッラーナは思い出しただけで、入浴も洗濯もできない者たちの体臭が脳裡を(よぎ)り、吐き気を催した。


 ほんの数日で、カルダフストヴォー市にはそんな身形(みなり)の者が増えた。

 歩道の木陰に置かれたベンチに座るのは、皮脂でベタつく髪にフケを浮かせた者ばかりだ。ヨレた新聞を所在なげに広げるが、視線は動かない。



 アーテル本土で魔獣の大量発生後、魔獣駆除業者が報酬として、依頼人やその家族に【魔力の水晶】を握らせるようになったらしい。

 大抵は日中、隣近所の目がある路上などで行われ、その後、業者が彼らに何もしなくても、魔力が発覚したキルクルス教徒は本土に居られなくなる。


 迫害を恐れ、自らランテルナ島へ逃れる者も居れば、穢れた力を持つ者として追い出される者も居た。

 家族の一部が力ある民だと知れ渡った場合、家族も居辛くなり、転居を余儀なくされるのは、想像に(かた)くない。



 地下街チェルノクニージニクに降りると、今回もまた、入浴できない者の体臭が鼻を突いた。

 ラゾールニクが顔を(しか)めて見回す。階段を降りてすぐの場所だけでも、明らかに不潔な男性たちが六人見えた。

 「求人広告の横にでも、宿屋でカネ払ったら、洗濯とかしてもらえるよって書いときゃいいのにな」

 ラゾールニクは聞えよがしに声を張り上げたが、該当者たちは反応を示さなかった。


 店頭に貼り出される求人条件は、「年齢・性別・経験不問。【操水】が使えること」が圧倒的に多い。掃除など簡単な作業をさせる為だ。

 ネモラリス共和国では、魔法使いの居る家庭や事業所は、掃除用具がないところが多かった。力なき民の雇用創出で、敢えて手作業でするのでない限り、【操水】の術とバケツで事足りるからだ。

 ランテルナ島でも、恐らくそうだろう。



 気を取り直して呪符屋へ向かう。

 「前の会社では十八年間、経理を担当しました。簿記の資格もあります。レジ打ちでも何でも結構です。雇っていただけませんか?」

 「ウチはレジないし、現金の扱いもないよ」

 肉屋のおかみさんが、背広姿の男性に素っ気なく応じる。


 「えッ? クレジットカードのみと言うコトですか?」

 「この島じゃ、そんなの使えないよ。カネなんかあったって、こうやって戦争が起きればインフレで紙屑同然になるし、カネだけあってもモノがなきゃどうにもなんないでしょうに」

 肉を切り分けながら半笑いで言うが、年配の男性は真剣な顔で食い下がる。

 「しかし、宿屋さんは」

 「本土の人と取引がある店は、一応カネも使えるとこがあるけどね。ウチみたいに地元相手の商売でカネなんかもらったって、しょうがないじゃないのさ」


 おかみさんは口調こそ荒っぽいが、年配の男性を店先から追い払わず、ランテルナ島の決まり事をしっかり説明する。


 彼は島へ渡ったばかりなのか、宿で洗ってもらったのか、まだ小奇麗な身形(みなり)だ。

 「では、何か他の作業で雇っていただけませんか?」

 「ウチは肉屋。【(とむら)禿鷲(ハゲワシ)】学派の人でなきゃ、お肉触らせらんないの」

 おかみさんの胸元で、食肉処理業者の証【弔う禿鷲】学派の徽章(きしょう)が揺れる。


 男性は、保冷ケースの貼紙を指差した。

 「資格が必要なんですか? しかし、この求人にはそんなコト」

 「これは掃除やお遣いを頼む下働き。最低限【操水】と常識程度に物々交換の目利きができないとムリだよ」

 男性は更に食い下がろうとしたが、買物客がおかみさんに声を掛けると、一礼して場所を譲った。


 「宿に泊まっているなら、店員に【操水】の術を教えてもらえばいい」

 ソルニャーク隊長に話し掛けられ、年配の男性が怪訝(けげん)な顔で振り向く。


 前回はメドヴェージが同様のことを言った。彼らはキルクルス教徒として、棄民となった力ある民でも、同じ信仰を持つ者を見捨てられないらしい。


 肉屋のおかみさんは、隊長に視線を向けて会釈した。

☆隔離された濡首獣……「1803.沼地の生き物」「1805.食用蛙と大鯰」参照

☆アウェッラーナは前回(中略)治安に懸念/職を求める父子……「1794.あちらの不幸」~「1796.生存の選択肢」参照

☆こうやって戦争が起きればインフレで紙屑同然……「440.経済的な攻撃」参照

☆肉屋だからね。【弔う禿鷲】学派……「716.保存と保護は」「718.肉屋のお仕事」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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