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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十五章 倚伏

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1805.食用蛙と大鯰

 「今日は天気がいいから静かですが、雨の日や夜には、一斉に鳴いてとても賑やかですよ」

 養殖場の所長は、食用蛙の区画に案内してくれたが、ここも沼が濁って何も見えない。


 「あ、居た!」

 「どこ?」

 「あそこ」

 小学生の一人が目敏くみつけ、指を差す。

 泥色の何かが通路にある。この世のモノか疑わしい外見だが、【結界】と【魔除け】の敷石に乗れるなら、魔物ではないのだろう。

 モーフはふと、強い魔獣なら【結界】を強行突破できると聞いたのを思い出し、身震いした。


 「びっくりすると沼へ逃げるから、静かに見てね」

 ヌートの母ちゃんに言われ、みんな足音を殺してコソ泥のように歩く。ラゾールニクは時々立ち止まり、タブレット端末で写真を撮った。

 泥色のぬめっとした奴が沼へ向き直り、みんなの足が止まる。


 そいつは、メドヴェージのおっさんのゲンコツより一回り大きかった。口はやたら大きいが手は小さく、バッタの後ろ足のように発達した足は腕の何倍も太い。


 「あれを……食べるの?」

 アマナが聞こえるか聞こえないかギリギリの声で、ピナの妹に囁いた。パン屋の娘は、引き攣った顔で泥色の奴を見詰めて固まる。

 モーフは、漁師の爺さんと目が合った。

 「鶏肉に似て、揚げ物にすると美味しいって聞いたことがあるけどね」

 「アレが鳥の味?」

 思わず声が大きくなり、モーフは慌てて自分の口を押える。

 泥色の食用蛙は、腹をヒクつかせるだけで動かなかった。


 ……あれっ? 俺、ニワトリって見たコトねぇんじゃねぇか?


 チキンフリッターやローストチキンの味は覚えたが、鶏が生前どんな姿でどこで何をするか、知らないのに気付いた。

 これまでに訪れた農村には、色々な鳥が居たが、どれが鶏かわからない。

 鳥の一種だそうだが、そこら辺でよく見る鳩と雀だけでも、色や大きさ、形が全然違う。

 薬師(くすし)のねーちゃんと漁師の爺さんの首飾りは、フクロウとペリカンで、鳥は鳥でも全然別の生き物のように違う。


 ……ニワトリも見た目こんな? いや、羽くらいあンだろうけどよ。


 地元の小学生たちは、大きさに感心するだけで、特に気味悪がる様子はない。

 「食用蛙の餌も虫です。ここでは矢武蚊(ヤブカ)を与えますが、食用蛙には魔力を蓄える性質がありません」

 モーフは所長の説明を聞きながら、そっと食用蛙に近付いた。

 三歩目で沼へ飛び込み、あっという間に手が届かないところまで泳ぎ去る。外見からは想像もつかない素早さだ。


 沼には水面すれすれに顔を出した岩があり、たくさんの蛙が乗ってみんなこっちを見る。さっきの蛙が岩によじ登ると、他のが二、三匹水に入った。


 「鯰や蛙はどこにでも居ますから、珍しいものではありませんが、ウチではなるべくツボカビ対策をしっかりしておりまして、抗生物質や薬品の使用を控え……」

 所長の難しい説明が右から左へ抜けてゆく。



 「今まで食った料理の中に蛙もあったかもしんねぇな」

 「はははッ。流石に違うの入ってたら、わかるでしょ」

 メドヴェージのおっさんの与太を工員の兄貴が笑い飛ばす。

 アマナが恐る恐る聞いた。

 「お兄ちゃん、蛙の味、知ってるの?」

 「いや? 学食にも社員食堂にもなかったし」

 ピナの妹とアマナが露骨にホッとする。


 ラゾールニクがニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべた。

 「味を知らなきゃ、食べててもわかんないよね?」

 「今日は日曜で定休日ですが、後で美味しいお店をご紹介しますよ」

 「お、それイイですね。鶏肉と蛙の食べ比べ、お願いします」

 所長が話に混ざり、ラゾールニクが調子よく応じる。女の子二人は顔を引き攣らせたが、地元の子供らは羨ましそうだ。



 鯰の区画に移動すると、作業服姿のおっさん二人組が台車を押してきた。青いプラスチックのコンテナに手を突っ込んで、何か作業を始める。

 「ご苦労さん」

 「あ、所長」

 「お疲れ様です」

 二人は愛想よく応じ、すぐ作業を再開した。

 所長がみんなに向き直る。

 「生き物の世話は三百六十五日休みなしだからね。日曜祝日関係なく、シフトを組んで交替で世話をするんだよ」


 モーフも、生き物相手ではない工場で、似た条件の仕事をしたコトがある。内容は忘れたが、日曜に教会へ行けず、飴玉が手に入らなくなったのがイヤで辞めた。


 「鯰もウチで調合した配合飼料で育てています」

 作業員が、台車に積んだ青いプラスチックコンテナに(てのひら)くらいある大きな匙を突っ込んで、中身を沼へ撒いた。水面が激しく波立ち、無数の小さな口が先を争って、大豆の半分くらいの丸い餌を呑み込む。


 「この大きさでは、出荷はまだまだ先です。注文に応じて出荷時期を変え、共食いしないように鯰の大きさ毎で、沼を分けてあります」


 モーフは餌箱を覗いた。

 四角いステンレスの容器が並び、粒の大きさが分けてある。


 「小さい鯰に大きい餌をあげたら、食べきれなくて水が濁って病気になるし、大きいのに小さい餌をあげると、食べ(にく)くて取りこぼしが出るからね」

 「鯰たちの体格や季節、体調とかに合わせて、毎日、丁度良くなるように餌の量を変えてるんだよ」

 「ふーん」

 餌係が教えてくれたが、モーフにはピンと来なかった。


 ……魚の顔色とか、どうやって見分けるんだ?


 コンテナは二段重ねだ。

 「下のもエサ?」

 「そうだよ」

 二人掛かりで、まだたっぷり入った餌箱を下ろして見せてくれた。

 「うわ! でかッ!」

 下段の餌は、一個ずつが赤ん坊の頭くらいあった。コンテナ一個分丸ごとでかい餌入れだ。二人はさっさとコンテナを積み直し、小さい鯰への餌やりを再開した。



 「当養殖場で最大の個体はこちらです」

 所長が嬉しそうに奥の沼へ案内する。高い塀に囲まれた区画のすぐ手前だ。

 その沼は移動放送局のトラックより一回り小さく、他の沼よりかなり広かった。塀には呪文と呪印がびっしり刻まれ、背景がものものしい。


 所長が呪文を唱え、水を起ち上げる。巻き上がった泥が沼へ戻されると、澄んだ水柱の中にメドヴェージのおっさんくらいの魚が現れた。

 頭でっかちで、しっぽに近い方は細いが、横幅がある分、おっさんよりでかい。黒光りする身体には鱗がなさそうだ。

 子供らは声もなく、魔獣のように大きな魚を見上げる。

 大鯰は沼へ戻ろうと、(しき)りに身をくねらせた。


 「見事な大鯰ですね」

 「どんな用途で、何年飼育しておられるのですか?」

 漁師の爺さんが感心して褒め、ラジオのおっちゃんが質問すると、所長は大喜びで説明した。

☆日曜に教会/飴玉……「0979.聖職者用聖典」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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