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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十章 人々

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185/3504

0185.立塞がるモノ

 少年兵モーフの叫びで、我に返った。

 メドヴェージがエンジンを掛け直す。全力でハンドルを操作し、車体を急旋回させた。荷台で悲鳴が上がる。

 破片を噛んだタイヤを(きし)ませ、トラックはUターンした。



 アウェッラーナは、助手席の窓を流れる光景に目を疑った。

 魔獣の身が街区ひとつを丸ごと埋める。陽の光を浴びて動きこそ鈍いが、受肉した存在は、揺るぎなくこの世に留まる。


 目も鼻もない。ミラー越しに、巨大なホースを縦裂きにしたような口がこちらへ伸びるのが見えた。

 長大な口が横薙(よこな)ぎに振られる。崩れかけたビルの上部が吹き飛んだ。

 激しい衝撃と音に思わず身を(すく)ませる。


 メドヴェージが額に脂汗を浮かべ、前のめりにアクセルを踏む。

 スピード超過の警告音が鳴り響く。

 国営放送のイベントトラックが法定速度を遙かに超え、廃墟の間を駆け抜けた。


 吹き飛ばされた破片がタイヤの下で潰れ、車体が揺れる。カーブを曲がる度に荷台から物が倒れる音と悲鳴が上がった。

 それでも速度は緩めない。

 車体が恐怖で震えるように揺れ、元来た道を引き返す。



 命からがら、先程の分岐まで戻った。



 他に選択肢はなく、西のクルブニーカ市へ向かう道に進入する。

 周囲は荒れ地だが、空襲を受けなかった国道は、走り易かった。


 荷台では、ソルニャーク隊長が少年兵モーフに状況を確認する。

 「なんか、スゲーでかい化け物が居るんスッ!」

 「化け物……突破できそうにないのか?」

 「建物よりもっと、ずーっと、でかい奴で、そいつが道塞いでんスよ」

 「そうか……」


 ソルニャーク隊長が、係員用の小部屋の窓から前方を確認する。

 「振り切れそうか?」

 「そう願いたいモンですがね」

 「今日は天気いいから、あれも少し弱ってる筈ですよ」

 クルィーロが震える声で、一般的な魔物の弱点を言う。

 塩や日光で清めれば、気休め程度には、弱体化できる。



 メドヴェージがミラーで後方を確認し、やや速度を緩めた。警告音は止んだが、まだ法定限度近い速度だ。


 ……あッ……図書館で魔物図鑑、読むの忘れてた。


 あの闇の塊ではないが、魔獣を見るまですっかり忘れていた。【重力遮断】などの術と地図を書き写すのに夢中になってしまったからだ。

 薬師(くすし)アウェッラーナは助手席で声もなく青褪めた。【魔除け】や【退魔】があったところで、あんな化け物が相手ではどうにもならない。【簡易結界】ごと押し潰されるだろう。


 警察の対魔物処理班や民間の駆除業者でも、対処できないかもしれない。

 軍の魔装兵なら何とかなりそうだが、今はアーテルと戦争中だ。放棄された土地の魔獣など、わざわざ駆除しに来るとは思えなかった。


 ……あ……そうか。あれのせいで、ここは放棄されたのよ。


 あんなモノが白昼堂々と居座る。

 空襲の生存者は既に北へ避難した筈だ。さもなくば、喰らい尽くされただろう。

 マスリーナ港で身内を捜す望みを断たれ、アウェッラーナは歯を食いしばった。



 前方には地平線が広がる。

 助手席から左手に目を向けると、クブルム山脈が壁のように(そび)える。

 この辺りの道でも、思い出したように電柱と距離表示の標識が現れた。


 道が南に折れ、山脈に向かって進む。

 左手にニェフリート河。その向こうにはゾーラタ区の麦畑が広がる。まだ穂のない麦草が、薄青い冬空の下で場違いな程、青々と輝く。


 メドヴェージが更に速度を落とす。右手側は相変わらず荒野だが、クルブニーカ市の街並がずっと遠くで淡い影絵のように見えた。

 国道は天然の河からやや離れた所を走る。


 「あッ!」


 アウェッラーナは思わず声を上げた。

 左手の畑に人影のような物が見えたのだ。

 メドヴェージの目に緊張が(みなぎ)り、ミラーで後方を確認する。

 アウェッラーナはシートに身を預け、胸に溜まった息を抜いた。


 ……どうせ、案山子(かかし)でしょ。


 いや、動いている。

 「あ、あの、あの、あっち、人……人、居ます」

 アウェッラーナはメドヴェージの肩を叩き、畑を指差した。甦った緊張で思考と舌が回らない。

 また暴漢の(たぐい)だったらとの不安と、村人かもしれないとの期待で心が揺れた。

☆先程の分岐……「0184.地図にない街」参照

☆あの闇の塊……「0089.夜に動く暗闇」「0092.情報のない街」「0126.動く無明の闇」参照

☆術と地図を書き写すのに夢中……「0167.拓けた道の先」~「0171.発電機の点検」参照

☆また暴漢の類……「0083.敵となるもの」~「0086.名前も知らぬ」参照

※ 天然の河……同名の運河もある。

 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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