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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十五章 倚伏

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1848/3516

1803.沼地の生き物

 緑髪の所長が門の脇に立ち、低い漆喰の塀を示した。

 「まず、この防壁ですが、これは外部の魔物や魔獣を防ぐだけでなく、沼の扉から涌くモノを外へ出さない為の物でもあります」

 「えッ? 沼って魔獣出ンの?」

 モーフは肝を潰した。


 ……やっぱ、カニって奴は魔獣なんじゃねぇか?


 「蟹や従業員が襲われないように私たちが雇われてるの」

 ヌートの母ちゃんがにっこり笑う。

 「作業用の通路は【結界】と【魔除け】の敷石を設置しておりますので、くれぐれも順路を外れませんよう、ご注意下さい」

 「どうして異界の扉を閉じないんですか?」

 小学生の一人から質問が飛んだ。


 ……そんなコト、できンのか。


 モーフは、当然のコトを何故しないのか、と言いたげな口振りに驚いた。

 所長が半笑いで応える。

 「それは、これから実際に見て説明するからね」

 「えへへ」

 質問した小学生が照れ笑いを浮かべ、他の小学生が軽く小突く。



 一行は、所長を先頭に門を(くぐ)り、門の脇にある建物に案内された。

 レサルーブの森にある製薬会社の研究所に似た雰囲気だ。玄関を入ってすぐの広い部屋は会議室で、壁に養殖場の大きな地図が貼ってある。


 敷地内には、不規則な形の小さな水場が幾つも散らばり、細い通路がそれらを繋ぐ。水場にはそれぞれ何か書いてあるが、モーフの知らない単語ばかりだ。

 奥には更に塀で囲まれた区画があって、その門の前にも赤で何か書いてあるが、これも読めない。


 モーフが読み終えた小学校の教科書程度の知識では、養殖場にはまるで歯が立たないと思い知らされた。


 現役の小学生六人は、緑の瞳を好奇心で輝かせ、所長の説明を待つ。

 所長は、門に近い区画を順番に指差して言った。

 「このアガロート養殖場では、水棲生物を養殖しています。多刺蟹(タシカニ)(ナマズ)、食用蛙は丸ごと出荷し、濡首獣(ジュシュジュウ)はここで捌いて、血液だけ先に年間契約した工場へ出荷します。他に餌用の生き物も養殖しています」

 「濡首獣(ジュシュジュウ)は水に棲む魔獣で、頭と胴体、尻尾は狐に似ていますが、手足は(ひれ)で、背鰭もあります」

 ヌートの母ちゃんが、赤で何か書いてある囲われた沼を指差し、すらすら説明した。


 所長が続ける。

 「血液にアルコールが含まれ、ここで血抜きして町工場に出荷します。そこで成分を分離し、アルコールはカンフォラの処理工場へ送られます」

 「血液の他はどうするんですか?」

 魔法使いの工員クルィーロが聞くと、所長は緑髪の頭に作業帽を被って言った。

 「肉は食べやすい大きさに切って、ある程度成長した多刺蟹(タシカニ)に与えます。骨と毛皮は魔道具の素材として、卸売市場に出荷します」

 「多刺蟹って魔獣も食べるんですか。この世の生き物ですよね?」

 工員の兄貴がドン引きした顔で聞くと、所長は待ってましたとばかりの笑みを浮かべた。

 「そうです。この世の生き物ですが、甲羅に魔力を蓄積する性質があります」


 見学者たちから驚きの声が上がる。

 所長はみんなが静かになるのを待って続けた。


 「水揚げした多刺蟹(タシカニ)は、ここで冷凍して年間契約した町工場へ出荷します。工場で身と甲羅に分け、身はそこから食品加工場、甲羅は紡績工場へ送られます」

 「その工場って、多刺蟹をバラすの専門なんですね」

 「そうです。棘が鋭いですし、蓄えた魔力が多ければ多い程、甲羅が硬くなるので、捌くには特殊な技術が必要なんです」


 みんなから感心の溜め息が漏れる。


 「糸に関しては以前、私も少し耳にしました。確か、白衣用の刺繍糸ですよね」

 「流石ジョールチさん。よくご存知で」

 所長が顔を(ほころ)ばせて説明を続ける。



 多刺蟹(タシカニ)の甲羅は魔獣など、魔力を持つ肉を与えると、魔力を蓄積する。

 染料が染み込まず、白糸にしかならないが、魔力の循環効率がいい為、医療用や調理用の白衣、消防士用の耐熱服の刺繍に使われる。

 多刺蟹の糸では、同じ呪文と呪印を施しても、火の雄牛由来の染料で染めた糸を使った【鎧】並の防御力にはならないが、それらの職業の一般的な使用には充分耐えられる服ができる。


 モーフは、難民キャンプの支援に行った市民病院のセンセイを思い出した。

 あの緑髪の呪医がずっと白衣なのは、丁度いい服が手に入らないからだと思ったが、そこそこの防禦力があるからだと考え直した。


 このご時勢、何があるかわからない。

 身を守る力は大きい方がいいだろう。



 「多刺蟹(タシカニ)が小さい内は、矢武蚊(ヤブカ)のボウフラや縮蛙(シュクア)のオタマジャクシを乾燥させ、すり潰した配合飼料を与えます」

 「えッ? カニってあのヤベぇ蚊、食うの?」

 モーフはマチャジーナ市に来てから驚いてばかりだ。

 「危険な蚊を有効活用する昔の人の知恵だよ。何かにくっついて街の中へ入ってしまったモノは、殺虫剤でやっつけるから餌にはできないけどね」


 ラゾールニクが、タブレット端末で地図を撮り終え、質問する。

 「縮蛙(シュクア)って確か、毒のある魔獣ですよね? 食用の蟹に毒って、大丈夫なんですか?」

 「縮蛙は後ろ足が生える頃から、毒腺が発達して牙も生え始めますが、足が生える前は無毒なんですよ」

 「へぇー。オタマジャクシは毒ないんだ。知らなかった」

 いいながら(しき)りに端末をつつく。


 「縮蛙(シュクア)の餌も、矢武蚊(ヤブカ)とそのボウフラです。そうやって餌で魔力を濃縮してゆくんです」

 「矢武蚊の成虫は、血が餌ですよね?」

 「えぇ。それは濡首獣(ジュシュジュウ)の血を与えています。【結界】の中で他にあたたかい血が流れる生き物が居なければ、必然的にそちらを狙いますからね」

 「濡首獣は水に(もぐ)って防いだりしないんですか?」

 「アレも、眠る時は陸地に上がりますので」

 「上手く回るように組んであるんですねぇ」

 次々質問したラゾールニクが感心して何度も頷く。


 「先人の知恵に胡坐をかかず、日々改良を重ねております。では、実際に沼へご案内します」

 所長はすらすら答え、建物を出た。

☆レサルーブの森にある製薬会社の研究所……「0193.森の薬草採り」~「0195.研究所の二人」参照

☆火の雄牛由来の染料で染めた糸を使った【鎧】並の防御力……「479.千年茸の価値」参照

☆あの緑髪の呪医がずっと白衣……そこそこの防禦「550.山道の出会い」参照

矢武蚊(ヤブカ)/あのヤベぇ蚊……「1762.なり得るもの」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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