1800.七王国の通信
ネモラリス島北部の都市オバーボクには、魔法の道具を作る【編む葦切】学派の工房が犇めく。
オバーボク港からは、ネモラリス島の遙か北に浮かぶミクランテラ島への定期船が出る。湖北七王国と直接の接点を持つ唯一の都市だ。
湖北七王国は、基本的に鎖国政策を採るが、ミクランテラ島でのみ、外国人の訪問を受付ける。
ルブラ王国領ミクランテラ島には、魔道士の国際機関「霊性の翼団」の本部がある為だ。
魔術の研究や、導師の認定試験などで赴く者は大抵、大学などの研究機関に所属する。かつて訪れた先輩の【跳躍】で移動する為、オバーボク市を経由する者は少ない。
オバーボク港からの定期便は、主に湖南地方と湖北地方の物流に使われる。
旧ラキュス・ラクリマリス王国時代からの信頼関係に基づき、共和制移行後も、半世紀の内乱を経た独立後も、ネモラリス共和国との取引が続く。
湖北七王国から集まった魔獣由来の素材などが輸入され、ネモラリス側からは、紙などの工業製品、ヴィナグラート産の干し葡萄など特産品、そして、新聞や雑誌などで情報を輸出する。
良質な素材が手に入りやすい為、オバーボク市には多くの職人が集まるのだ。
……前にチラッと聞いた件、進んだんだな。
湖北七王国はこれまで、島を訪れる研究員や、ネモラリスの報道などを通じて世界を垣間見たが、これからは、インターネットで自ら世界と繋がるのだ。
数千年前から存続する七つの魔法文明国が、インターネットのニュースで魔哮砲戦争の詳細を知った時、どう動くか。
気懸かりではあるが、一般庶民に過ぎないクルィーロたちには、どうすることもできなかった。
クルィーロとアナウンサーのジョールチは、一カ所で大量購入せず、複数の店を回って見習い作の安く容量が小さい【無尽袋】を三個ずつ買い歩く。
どの店も値段は、見習いの品は似たり寄ったりだが、本職の作は、店によってまちまちだ。
クルィーロは勉強不足の素人でわからないが、見る目のある者には、魔力の流れなどの違いがわかるのだろう。安い買い物ではなく、客が品定めする目は真剣そのものだ。
業務用の【無尽袋】専門店では、値札に書かれた容量が、最低でも十立方メートル、展示品の最大は一立方キロメートルもある。
それ以上の巨大容量については「応相談、受注生産承ります」の貼紙があった。
……何を運ぶ用だよ?
展示品で最大容量の品は、一枚で家一軒建てられる値段だが、袋自体の大きさは二十センチ四方くらいだ。
布はどれも同じ生地で、呪文と呪印を縫い取る収集糸の色と品質、呪印の数と配置が異なる。
見習いが作った【無尽袋】も、トラックが何台も入れられる容量で、他の店とは一線を画す。
「どうします?」
この店は会社員風の客ばかりで、クルィーロは酷く場違いに思えた。
ジョールチが首を横に振り、二人は店を出た。
七軒目は、工房兼雑貨屋だ。
先客と入れ違いに入ると、見知った顔と目が合った。
「あッ! ジョー……」
「シーッ!」
国営放送アナウンサーのジョールチが、人差し指を唇に当てて黙らせる。店員は口を押えて店内を見回した。
クルィーロとジョールチの他に客は居ないが、奥の工房からは、数人が別々の呪文を唱える声が漏れる。
「今日は買物だけだから」
クルィーロが代弁すると、店員は無言で何度も頷いた。
呼称は思い出せないが、アーテル領での活動をやめて帰国した元武闘派ゲリラの一人だ。この中年男性は、ヤーブラカ市の仮設住宅に居たが、自治会長の紹介でオバーボク市に働き口をみつけた。
ジョールチが手招きし、店員に耳打ちする。
「ガローフさん、お久し振りです。今日は【無尽袋】を買いに来ました。容量は小さくていいのですが、なるべく安いものでおススメはありますか?」
「こ、これ! 俺が作ったんです!」
見習い作のワゴンから、一番安いのを取って広げる。
「まだ呪文の刺繍はさせてもらえないんですけど、袋の形に仕上げたの、俺なんです。あ、呪文と呪印は先輩がやったんで、効果はちゃんとしてますよ。大丈夫。保証します」
「では、それと、これとこれを下さい」
「は、はい! 有難うございますッ!」
ガローフは背中に定規でも入れられたかのように背筋を伸ばし、直角にお辞儀すると、カウンターにすっ飛んで行った。
クルィーロは、ジョールチが会計する間、端末の録音機能を起動する。魔法薬で会計を済ますのを待って聞いた。
「扉に貼ってある講習会って何?」
「俺もよくわかんないけど、科学文明国で最新式の通信技術らしいんだ」
「へぇー……なんだか凄いなぁ。でも、何で急に?」
「ミクランテラ島の人から注文受けて、ここの商工会議所が、それ用の機械一式揃えて納品して、ついでにここ用のもまとめ買いしたんだ」
「それの使い方、ここの店長さんがみんなに教えんの? 凄いなぁ」
違うと思いつつ、敢えて感心してみせる。
ガローフは苦笑して、顔の前でひらひら手を振った。
「いやいや、そんなまさか。店長の従弟の息子さんが、来週からしばらく泊まり込みで教えに来るんだ」
「店長さんの従弟の息子さんって、どんな人? 」
「グロム市で、何だっけな? ぱ? パなんとか教室の先生してる人だってさ」
「学校の先生だったら、教えるの上手そうだけど、その人が北の島にも教えに行くの?」
クルィーロが聞くと、ガローフは苦笑した。
「あっちはあっちで別のアテがあるらしいよ。ウチの店長や商店街のお偉いさんが張り切ってて、こっちで使い方覚えたら、アカーント市にも納入したいって言ってるんだ」
「アカーント? オバーボク全体じゃなくて?」
「写真も遣り取りできるから、電話より話が早くて、素材の仕入れが今より楽になるからだってさ」
ガローフは、最近知ったばかりの知識を得意げに披露する。
「それに、なんとかページってのを作ったら、外国からでも注文を受けられるって言ってた」
「それも何だかよくわかんないけど、凄いなぁ」
……湖上封鎖があるのに支払と発送どうするんだ?
他の客が来て、二人は疑問を口に出せないまま工房兼雑貨屋を後にした。




