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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十五章 倚伏

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1845/3515

1800.七王国の通信

 ネモラリス島北部の都市オバーボクには、魔法の道具を作る【編む葦切(ヨシキリ)】学派の工房が(ひし)めく。

 オバーボク港からは、ネモラリス島の遙か北に浮かぶミクランテラ島への定期船が出る。湖北七王国と直接の接点を持つ唯一の都市だ。


 湖北七王国は、基本的に鎖国政策を採るが、ミクランテラ島でのみ、外国人の訪問を受付ける。

 ルブラ王国領ミクランテラ島には、魔道士の国際機関「霊性の翼団」の本部がある為だ。

 魔術の研究や、導師の認定試験などで(おもむ)く者は大抵、大学などの研究機関に所属する。かつて訪れた先輩の【跳躍】で移動する為、オバーボク市を経由する者は少ない。


 オバーボク港からの定期便は、主に湖南地方と湖北地方の物流に使われる。

 旧ラキュス・ラクリマリス王国時代からの信頼関係に基づき、共和制移行後も、半世紀の内乱を経た独立後も、ネモラリス共和国との取引が続く。


 湖北七王国から集まった魔獣由来の素材などが輸入され、ネモラリス側からは、紙などの工業製品、ヴィナグラート産の干し葡萄など特産品、そして、新聞や雑誌などで情報を輸出する。


 良質な素材が手に入りやすい為、オバーボク市には多くの職人が集まるのだ。


 ……前にチラッと聞いた件、進んだんだな。


 湖北七王国はこれまで、島を訪れる研究員や、ネモラリスの報道などを通じて世界を垣間見たが、これからは、インターネットで自ら世界と繋がるのだ。


 数千年前から存続する七つの魔法文明国が、インターネットのニュースで魔哮砲戦争の詳細を知った時、どう動くか。

 気懸かりではあるが、一般庶民に過ぎないクルィーロたちには、どうすることもできなかった。



 クルィーロとアナウンサーのジョールチは、一カ所で大量購入せず、複数の店を回って見習い作の安く容量が小さい【無尽袋】を三個ずつ買い歩く。

 どの店も値段は、見習いの品は似たり寄ったりだが、本職の作は、店によってまちまちだ。


 クルィーロは勉強不足の素人でわからないが、見る目のある者には、魔力の流れなどの違いがわかるのだろう。安い買い物ではなく、客が品定めする目は真剣そのものだ。


 業務用の【無尽袋】専門店では、値札に書かれた容量が、最低でも十立方メートル、展示品の最大は一立方キロメートルもある。

 それ以上の巨大容量については「応相談、受注生産承ります」の貼紙があった。


 ……何を運ぶ用だよ?


 展示品で最大容量の品は、一枚で家一軒建てられる値段だが、袋自体の大きさは二十センチ四方くらいだ。

 布はどれも同じ生地で、呪文と呪印を縫い取る収集糸の色と品質、呪印の数と配置が異なる。

 見習いが作った【無尽袋】も、トラックが何台も入れられる容量で、他の店とは一線を画す。


 「どうします?」

 この店は会社員風の客ばかりで、クルィーロは酷く場違いに思えた。

 ジョールチが首を横に振り、二人は店を出た。



 七軒目は、工房兼雑貨屋だ。

 先客と入れ違いに入ると、見知った顔と目が合った。

 「あッ! ジョー……」

 「シーッ!」

 国営放送アナウンサーのジョールチが、人差し指を唇に当てて黙らせる。店員は口を押えて店内を見回した。

 クルィーロとジョールチの他に客は居ないが、奥の工房からは、数人が別々の呪文を唱える声が漏れる。


 「今日は買物だけだから」

 クルィーロが代弁すると、店員は無言で何度も頷いた。

 呼称は思い出せないが、アーテル領での活動をやめて帰国した元武闘派ゲリラの一人だ。この中年男性は、ヤーブラカ市の仮設住宅に居たが、自治会長の紹介でオバーボク市に働き口をみつけた。


 ジョールチが手招きし、店員に耳打ちする。

 「ガローフさん、お久し振りです。今日は【無尽袋】を買いに来ました。容量は小さくていいのですが、なるべく安いものでおススメはありますか?」

 「こ、これ! 俺が作ったんです!」

 見習い作のワゴンから、一番安いのを取って広げる。

 「まだ呪文の刺繍はさせてもらえないんですけど、袋の形に仕上げたの、俺なんです。あ、呪文と呪印は先輩がやったんで、効果はちゃんとしてますよ。大丈夫。保証します」

 「では、それと、これとこれを下さい」

 「は、はい! 有難うございますッ!」

 ガローフは背中に定規でも入れられたかのように背筋を伸ばし、直角にお辞儀すると、カウンターにすっ飛んで行った。


 クルィーロは、ジョールチが会計する間、端末の録音機能を起動する。魔法薬で会計を済ますのを待って聞いた。


 「扉に貼ってある講習会って何?」

 「俺もよくわかんないけど、科学文明国で最新式の通信技術らしいんだ」

 「へぇー……なんだか凄いなぁ。でも、何で急に?」

 「ミクランテラ島の人から注文受けて、ここの商工会議所が、それ用の機械一式揃えて納品して、ついでにここ用のもまとめ買いしたんだ」

 「それの使い方、ここの店長さんがみんなに教えんの? 凄いなぁ」

 違うと思いつつ、敢えて感心してみせる。


 ガローフは苦笑して、顔の前でひらひら手を振った。

 「いやいや、そんなまさか。店長の従弟(いとこ)の息子さんが、来週からしばらく泊まり込みで教えに来るんだ」

 「店長さんの従弟の息子さんって、どんな人? 」

 「グロム市で、何だっけな? ぱ? パなんとか教室の先生してる人だってさ」

 「学校の先生だったら、教えるの上手そうだけど、その人が北の島にも教えに行くの?」

 クルィーロが聞くと、ガローフは苦笑した。


 「あっちはあっちで別のアテがあるらしいよ。ウチの店長や商店街のお偉いさんが張り切ってて、こっちで使い方覚えたら、アカーント市にも納入したいって言ってるんだ」

 「アカーント? オバーボク全体じゃなくて?」

 「写真も遣り取りできるから、電話より話が早くて、素材の仕入れが今より楽になるからだってさ」

 ガローフは、最近知ったばかりの知識を得意げに披露する。


 「それに、なんとかページってのを作ったら、外国からでも注文を受けられるって言ってた」

 「それも何だかよくわかんないけど、凄いなぁ」


 ……湖上封鎖があるのに支払と発送どうするんだ?


 他の客が来て、二人は疑問を口に出せないまま工房兼雑貨屋を後にした。

☆湖北七王国……「1208.崖下の撮影会」参照

☆ヴィナグラート産の干し葡萄……「825.たった一人で」参照

☆前にチラッと聞いた件……「1386.ルブラの要望」「1387.導入する理由」参照

☆アーテル領での活動をやめて帰国した元武闘派ゲリラ/ガローフ……「853.戻ったゲリラ」「0946.新しい生活へ」「0947.呪符泥棒再び」「0951.魔法の必要性」参照

☆アカーント/素材の仕入れ……「1353.染料の原材料」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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