1799.講習会の告知
クルィーロは今回、アナウンサーのジョールチに【跳躍】してもらった。
軽い目眩に続いて風景が一変し、オバーボク市の北門に出る。
久し振りに訪れたが、相変わらず、活気に満ちて賑やかだ。戦争や疫病の影響などなさそうに見えた。
クルィーロはジョールチと肩を並べて歩き、指示されたものをタブレット端末で撮る。
人をなるべく多く入れる構図で商店街全体、八百屋や魚屋などの店頭の様子、パン屋や乾物屋の値札、精肉店に並ぶ肉の種類。スーパーマーケットの店頭に貼り出された特売品の一覧――
湖の民・陸の民の凡その人口比や、物価、物流などを確認、記録したいらしい。
ざっと見たところ、緑髪とその他の髪色は半々くらいだ。魔力の有無は、服装の細かい部分までは見えない為、わからない。
魚以外の食料品は潤沢とは言えず、値段もリャビーナ市やマチャジーナ市より高いが、クーデター直後の首都クレーヴェルやギアツィント市のような殺伐とした空気はない。
オバーボク市にも多数の空襲罹災者が流入し、校庭などに仮設住宅を建てられるだけ建てて受容れた。開戦から二年以上経ち、彼らの存在はすっかりこの地に馴染んだらしい。
罹災者の何割が、アーテル軍に焼き払われたネーニア島の故郷へ帰還を果たせるのか。
……それはまぁ、俺たちもだけど。
ネーニア島の情報は全て断片的な間接情報だ。
リストヴァー自治区に関しては、共に平和を目指す仲間たちが直接見聞きしたものも含まれるが、一番知りたいゼルノー市の情報は、滅多に入って来ない。
かなり前、呪医セプテントリオーが、グリャージ港が仮復旧して自治区と他地域の物流経路が確保されたのを見ただけだ。
各都市の復旧・復興状況は、新聞や国営放送の報道でしかわからない。報道機関は、レーチカ臨時政府の公式発表を流すだけだ。
移動放送局プラエテルミッサは行く先々で歓迎された。検閲の枷に縛られない報道がいかに貴重か、今ならよくわかる。
肩をつつかれ、物思いから引き戻された。
二人が居るのは、【編む葦切】学派や【飛翔する鷹】学派の職人が工房を構える通りだ。魔法の服屋や日用雑貨など総合的な品揃えの店もあるが、【魔除け】の護符や【護りのリボン】などの専門店、仕立屋なども軒を連ねる。
ジョールチが、無言で商店街の掲示板を指差す。
「えッ? これって……?」
もう一度指差され、急いで写真を撮った。
インターネット講習会の告知ポスターだ。
主催はオバーボク市商工会議所。
講座内容は、タブレット端末の基本操作、インターネット接続の注意点、連絡方法総合の三項目だ。
一項目五回ずつで、来週から毎週火曜と金曜に開講。
休憩を挟んで一項目九十分、三項目をがっつり座学で教える。同じ日に実技時間もあって、かなり密度が高い。
講師は、呼称と「ラクリマリス王国グロム市在住」とだけ記され、職業などの詳細は不明だ。
「結構、本格的な講座みたいですね」
ジョールチは無言で頷く。
「あれっ? 君が持ってるそれ、タブレット端末だよな?」
急に声を掛けられ、クルィーロは心臓が跳ねた。
雑貨屋の店員は、外のワゴンに安売り商品を補充しながら、人懐こい笑顔で話し続ける。
「いいなぁ。それ、どこで買った? 安かった?」
「えっと、アミトスチグマで、知り合いが全部やってくれたから値段とかわかんないんだ」
「アミトスチグマかぁ。遠いなぁ」
「こんな講座ができたってコトは、端末持ってる人、ここも割と増えたんだ?」
クルィーロが、街路樹の前に設置された掲示板を指差すと、アルバイトの名札を付けた青年は、微妙な顔になった。
「ミクランテラ島の人に頼まれて、こっちの商工会議所が仕入れたんだけど、ついでにここで使う分もまとめ買いしたんだよ」
ラクリマリス王国の店で一括購入し、少し負けてもらえたらしいが、それでも一台あたりの値段はかなり高価だ。それに加え、月々の利用料が掛かるのも厳しい。
オバーボク商工会議所の中で、資金に余裕のある店しか手に入れられなかった。
この講座は、それらの店の店主と従業員、将来の端末購入に備えて予習したい者向けだと言う。
「ウチはそんな余裕、全然ないし、講習に通う暇なんかないし」
魔法の雑貨屋は、愚痴をこぼしながらもせっせと手を動かし、見習い作のお買得品を手際良くワゴンに並べる。【保温の鍋敷き】【軽量の袋】【雨除けの帽子】など、元から比較的安価な品だ。
「アンテナの機械、商工会議所の年会費で買ったのにウチは使えないって、店長が怒っててさ」
「えぇ……? それはちょっと酷いよな」
「だろ? 一台だけ、商工会議所の共有端末はあるけど、一店舗一日交替で、ウチの順番回ってくんの何カ月も先だし」
「それまでに共有の端末、増えるといいな」
「お兄さん、アミトスチグマの人? 買うとしたらどんな端末がオススメ?」
作業を終えた店員が、笑顔で話を続ける。
……忙しいって言ってたのにいいのかな?
「俺は、あっちこっち旅暮らしなんだ。今日はオバーボク製の【無尽袋】が欲しいって人にお遣い頼まれて来たんだ」
「ウチもいいの揃ってるよ。容量も色々」
自然な動作で店内に案内された。
作りつけの商品棚には、用途別、性能別で魔法の道具がキッチリ並ぶ。
業務用ではなく、一般家庭用だ。力なき民向けの特設棚には、【魔力の水晶】と簡単な合言葉で作動する【炉盤】など、台所用品が置かれ、値札の商品説明は他の棚より詳しかった。
店内にも安売りのワゴンがある。外より高価な品だが、それでも安い。
クルィーロは見習い作の【無尽袋】を三個買って魔法の雑貨屋を出た。




