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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十五章 倚伏

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1796.生存の選択肢

 「ごめんなさいね。ちょっとお茶淹れさせてね」

 クロエーニィエ店長が、溜め息混じりに言って店の奥へ引っ込んだ。


 何日も入浴できないのは、ランテルナ島には、魔法を使えない者用の「風呂」がないからだ。それに加え、多くの者は着替えすら持ち出せず、着の身着のままで島へ追い出されたのだろう。

 どことなく、空襲で焼け出されたネモラリス人と重なる。


 失業者が急増すれば、見込みのありそうな若者や、身軽な者から順に採用が決まるのが世の常だ。先程はあぁ言ったが、仮に先程の男性が幾許(いくばく)かの術を使えるようになったところで、幼い息子の預け先がみつからない限り、就労は難しいだろう。


 ……一人や二人の臭いじゃなかった。あんな人が他にも大勢居るの?


 あの()えた臭いの原因がわかり、薬師(くすし)アウェッラーナは、暗い予感と疑問が同時に首をもたげた。何故、アーテル本土で生まれ育った無自覚な力なき民が、ランテルナ島の街に急増したのか。

 独立後のアーテル共和国本土領でみつかる力ある民は、内乱のどさくさで魔力の有無を調べられなかった者、我が子の魔力を知りつつ親が本人にも隠して手元で育てた者、内乱後に産まれた隔世遺伝の者だ。



 香草茶の清涼な芳香で、父子の残り香が紛れた。

 今はまだ初夏だが、この先も入浴できなければ、もっと大変な状態になる。

 「さ、どうぞ」

 クロエーニィエ店長に勧められ、薬師(くすし)アウェッラーナは湯気の立つ茶器を鼻先に近付けた。清々しい香りを胸いっぱいに吸い込んで、気持ちを鎮める。


 「最近、あんな感じの人、急に増えたのよ」

 「さっきの奴、星の(しるべ)にもアタリが出たっつってたな」

 「星の標も、ランテルナ島に来たの?」

 店長が言うと、メドヴェージとエランティスが薄気味悪そうに店内を見回した。

 郭公(カッコウ)の巣に居る客は、アウェッラーナ、エランティス、メドヴェージだけだ。魔力があるとわかっても、星の標が魔法の道具屋へ来るとは思えない。


 「島へ放り出された連中、財布が空ンなったら」

 「食料品店は万引きが増えたって言ってるわね」


 何らかの伝手(つて)があるか、余程の幸運に恵まれない限り、ロークと元神学生スキーヌムのようにはゆかないのだ。


 「不潔な状態が続くと、病気になるだけじゃなくて、その人から雑妖が涌いたりするのよね」

 「えぇッ? 洗ってあげないんですか?」

 エランティスが店長を見上げる。


 移動放送局では、魔法使いたちが交替で、力なき民の洗濯と入浴を引受ける。空襲の焼跡に居た頃からずっとそうだ。


 「宿屋はずっと前から、力なき民のお客さん向けにやってるわよ」

 「えっ?」

 「ちゃんとした料金表もあるし」

 「あったっけ?」

 店長に言われ、力なき民の二人が顔を見合わせる。

 「必要なければ、視界に入っても見落とすわよ」

 「じゃあ、風呂代ケチったか、そのカネもねぇのか」


 エランティスが、地元民のクロエーニィエ店長を不安げに見上げる。

 「ここって、警察ないんですよね?」

 「本土にあるようなのは、ないわね」

 「万引きの犯人が捕まったら、どうなるんですか?」

 「捕まえた人によるわね」


 一言で、エランティスの顔から血の気が引く。


 「魔物を呼び寄せる扉になられても困るから、命までは取られないわ」

 店長はにっこり微笑むが、安心できる要素は少ない。


 「アーテルが独立してからずっと、魔力があるのがわかっても、火炙りにならなかった人たちが、この島へ来てるんですよね?」

 薬師(くすし)アウェッラーナは、ふと気になって聞いてみた。クロエーニィエ店長が目顔で促す。

 「小さい子も捨てられたって、ロークさんの報告書で読んだんですけど、今までどうしてたんですか?」

 「小さいコの方が大事にされるわ」

 「子のない夫婦が養子にすんのか」

 メドヴェージが頬を緩める。


 「病院や薬局で引取って呪医として育てるのよ」

 「えッ?」

 「悪い虫が付かないように気を付けるし、じっくりお勉強できるように環境も整えられてるわ。街のみんなで育てる感じね」

 「あッ……あぁ、そう言う……需要」


 結婚して自分の家庭を持つ道は閉ざされるが、劣悪な環境で罪を犯しながらその日暮らしの命を引き延ばすより、マシかもしれない。


 「じゃあ、あの子……」

 「お父さんが一緒だし、彼は息子を手放したくなさそうよ?」

 「今、無理に引き離したら、両方から一生、恨まれそうだな」

 メドヴェージが苦い顔で頷いた。


 喩え貧しくとも、自力で口に(のり)する道があるならば、まずは家族二人で助け合って何とかしたいと思うのが人情だろう。


 「その内、誰かが教えるでしょうけど、それは今じゃないわね」


 三人は、蔓草(つるくさ)細工の帽子三個を【耐衝撃】の【護りのリボン】一本と交換してもらい、郭公(カッコウ)の巣を出た。



 獅子屋へ行く道々、何日も入浴できなかった体臭が鼻先を掠め、その度に息を止めた。

 定食屋に姿を見せた昼休みの一番手は、元神学生のスキーヌムだ。

 「よかったら、兄ちゃんも一緒に食わねぇか?」

 「あ、はい! 有難うございます。よろしくお願いします」


 四人掛けの卓で、スキーヌムはエランティスの正面に座り、彼女の顔を穴が開きそうなくらい見詰める。


 「おいおい、いくら別嬪さんだからって、そんなジロジロ見るもんじゃねぇぞ」

 「え? あ、あぁあッ! すみません! つい……ピナティフィダさんの背が低くなったのかと思いまして」

 「ンなわきゃねぇだろ」

 「私、妹のエランティスです」

 アウェッラーナはいたたまれなくなり、横を向いて溜め息を()いた。



 なるべくゆっくり食べたが、あまり長居はできない。スキーヌムと連れ立って呪符屋へ行き、軽く挨拶だけしてマチャジーナ市へ戻った。

☆ロークと元神学生スキーヌム……「841.あの島に渡る」~「847.引受けた依頼」参照

☆空襲の焼跡に居た頃……「0112.みんなで掃除」参照

☆宿屋はずっと前から、力なき民のお客さん向けにやってる……「845.思い出の手袋」参照

☆小さい子も捨てられたって、ロークさんの報告書……「753.生贄か英雄か」「795.謎の覆面作家」参照

☆呪医として育てる/悪い虫が付かないように気を付ける/結婚して自分の家庭を持つ道は閉ざされる……「0108.癒し手の資格」「264.理由を語る者」「631.刺さった小骨」「632.ベッドは一台」参照

☆ピナティフィダさんの背が低くなったのかと……ピナとは面識がある「1381.支援者に支援」~「1384.言えない仲間」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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