1795.稼ぐ為の知識
「でも、駆除屋さん、そんなの教えてくれなかったのに」
幼稚園児か小学生か微妙な年頃の男の子が、項垂れた父に代わって批難めいた声を上げる。
クロエーニィエ店長は、カウンターに肘をついて男の子を見下ろした。
「そんなの常識だもの。まさか知らないなんて思わなかったんじゃない?」
「本土の学校って、そう言うの、教えてくれないの?」
エランティスが膝を曲げ、目の高さを合わせて聞いたが、男の子は父の後ろに隠れてしまった。
「雇ってもらえない理由は、何となくわかりました」
「な、何ですか?」
薬師アウェッラーナが言うと、中年男性は顔を上げ、怯えた目で緑髪の発言者を見た。
「魔力があるだけで、魔法を使えないからですよ」
「そ……そんなの、教わったコトないんですから」
「人手不足で忙しいお店は、教える暇がないから雇えないんです」
「でも、駆除屋さんには、この島には学校がなくて、家族や雇い主から教えてもらうと言われましたよ?」
男性の声に今は居ない駆除屋への批難が籠もる。
「別に嘘は教えてないわね。本屋さんで魔道書も売ってるけど、魔力の練り方くらい身につけてるのが前提だし、専門家の身分証がないと買えない本もあるし、全然わかんない人向けって言うのは……ないわね」
地元のクロエーニィエ店長が丁寧に説明すると、男性は更に落胆した。
メドヴェージが、ひとつ咳払いして切り出す。
「あんたの事情はよくわかった。力なき民の俺の稼ぎ方、教えてやんよ」
「何のお仕事をなさってるんですか?」
男性がやや顔色をよくして食いつく。
「俺らはこの島のモンじゃねぇ。お遣いで来ただけだ」
途端に男性の顔が不安に曇る。
「そこら辺に生えてる薬草を採って素材屋に卸したり、こうやって蔓草採って細工物拵えて買取ってもらったりしてんだ」
「さっきも西門の近くで摘んできたの」
エランティスが、鞄から薬草を詰めたビニール袋を出した。
「えっ? そんな雑草がおカネになるんですか?」
「目利きできねぇ奴にとっちゃ、雑草かもしんねぇけどよ。薬師や素材屋ンとっちゃ便利な薬の材料だぞ?」
メドヴェージが呆れてみせる。
「えーっと、何だっけ? 魔法を使わずに知恵と知識で何とかするのがキルクルス教の教義じゃないの?」
「は、はい。その通りです。あなたも聖者様の信徒なんですか?」
男性が、長い黒髪をふたつに分けてリボンを結んだ筋骨隆々の店長に恐る恐る聞く。
「あら、これも知らない?」
「何ですか?」
クロエーニィエ店長が、首から提げた銀の徽章を示したが、父子は揃って首を傾げた。
「これは【編む葦切】学派の徽章。魔法の服や道具を作る職人の証。この服とリボンは、私が作った魔法の服飾品の見本よ」
店長はエプロンドレスの裾を軽くつまみ、カウンターの中でくるりと回った。
「刺繍は呪文と呪印で、色々な魔法の効果を仕込んであるの。私は呪符とか消耗品はあんまり作らなくて、使い減りしない商品が多いから、今はそんなに忙しくないの」
「ま、まほーつかい?」
幼い息子が背伸びしてカウンターを覗く。
「そうよ。【編む葦切】は、魔法の道具を作る系統の術。他にも色々な学派があるわ」
「家事とかの魔法は【霊性の鳩】学派で、力ある民なら子供でも使える常識だから、徽章をつけないんです」
徽章を服の中に隠した薬師アウェッラーナが言うと、アーテル本土から追放同然でランテルナ島へ渡った父子は、呆然と頷いた。
「その【霊性の鳩】学派の【操水】って言う術で、服や身体を洗うんですけど、今のあなたは使えないのが一目でわかるから、採用を断られ続けるんですよ」
「そんなの酷いよ! 誰も教えてくれないのに!」
薄汚れた男の子が叫ぶ。
「情報も教育もタダじゃないのよ。塾や家庭教師に月謝を払うでしょ?」
クロエーニィエ店長が窘めると、男の子は床を見詰めて黙り込んだ。
「店長さんは、俺が作った蔓草細工に魔法のリボンやらなんやら足して、色んな機能を付けて売ってんだ」
「薬草はその辺に生えてるんですよね? 目利きを教えていただけませんか?」
「身の上話で教えるっつったのは、稼ぎ方までだぞ」
メドヴェージは断ったが、男の子が泣き出し、エランティスが助け船を出した。
「今から採る薬草、全部くれたら……教えてあげてもいい?」
アウェッラーナは、先々の危険を見越してやんわり断る。
「でも、この人たち、護符をひとつも持ってないし、【魔除け】も使えないのに防壁の外へ出たら危ないわよ」
「そうよ。防壁の外は、普通に魔物や魔獣が居るんだから」
店長も同意した。
……今日は、この人たちに薬草の同定を教えに出る暇なんてないのよね。
気の毒だとは思うが、こちらにも都合がある。
矢武蚊の活動時間までに戻らなければ、エランティスとメドヴェージを危険に晒してしまう。
「宿屋さんにおカネ払って【操水】の呪文と術の使い方を教わるの、どう?」
「教えていただけるものなんですか?」
男性が、クロエーニィエ店長に半信半疑の目を向ける。
「頼み方次第じゃない? 【操水】ができるようになれば、食堂の洗い場とか、あちこちで掃除の下働きとか、仕事の幅が広がるわよ」
「あっ、あり、有難うございます!」
「初心者向けの魔法の本買って【操水】の呪文を覚えてから、コツを教わった方がいいと思うよ」
エランティスが、郭公の巣を出て行く父子の背に助言を投げる。
二人は振り向いて何度も礼を言いながら、魔法の道具屋を後にした。
☆駆除屋さんには(中略)家族や雇い主から教えてもらうと言われました……「1778.棄民の住む島」参照
☆さっきも西門の近くで摘んできました……「1793.こちらの求人」参照




