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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十五章 倚伏

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1794.あちらの不幸

 いつもの呪符は、移動放送局プラエテルミッサ用として、既にまとめてあった。ロークは念の為にと、アウェッラーナたちの目の前で数えて渡す。


 「この後、郭公(カッコウ)の巣に行って、お昼は獅子屋さんで食べるの」

 「うん。時間が合えばいいんだけど」

 エランティスに答えたロークは、表情を(かげ)らせた。

 「最近は、時間をずらして一人ずつ食べに行くから」

 「メシ時も閉めらんねぇってのか。大変だな」

 メドヴェージが気の毒そうな声を出す。


 「会えなかったら、帰りもちょっと顔出しますね」

 「お願いします」

 三人が呪符屋を出ると、通路は大行列だ。

 更に混雑が増した煉瓦敷きの通路で人波を縫い、魔法の道具屋「郭公(カッコウ)の巣」へ向かう。

 先程より()えた臭いが濃くなった気がする。薬師(くすし)アウェッラーナはエランティスと手を繋ぎ、時々息を止めて歩いた。



 丁度入れ違いに一組出ただけで、郭公(カッコウ)の巣は静かなものだ。

 「あらぁ、いらっしゃい」

 「よぉ、久し振り」

 メドヴェージが蔓草(つるくさ)細工の帽子をカウンターに置くと、クロエーニィエ店長は瞳を輝かせた。

 「(つば)の編み方、変えたのね」

 「女の子向けにと思ってな。ちっとばかし飾り入れてみたんだ」

 「カワイイわねぇ。何と交換しようかしら?」


 エランティスがメドヴェージの隣へ進み出て、マチャジーナ市の虫除けの件を説明した。

 クロエーニィエ店長は、逞しい腕を組んで耳を傾ける。相変わらず、可愛いエプロンドレス姿だが、見慣れた今は違和感が仕事をしなくなった。


 「難しいわねぇ」

 最後まで聞いた店長は、野太い声に溜め息を混ぜた。

 「解決できそうな道具ってなさそうですか?」

 「あの虫除けは、香りの成分が虫を遠ざけるの。だから、まず臭い消しの(たぐい)は使えないでしょ?」

 「あー……じゃあ【護りのリボン】みたいなので、魔力がなくなったら一目でわかるものってありますか?」

 「うーん……【魔力の水晶】自体、中の魔力を使い切ったら輝きがなくなるものだけど、そればっかり見てたんじゃ、他のコトできなくなっちゃうわよね」

 クロエーニィエ店長に困った顔をされ、エランティスが肩を落とす。


 メドヴェージがカウンターに肘をついて聞いた。

 「あんたがくれた古い剣。あれもそうなのか?」

 「旧王国軍では、主に力ある民の兵が使ったの。自前の魔力の予備として」

 「力なき民には持たせなかったってのか?」


 クロエーニィエ店長からもらったのは、旧王国時代の軍が制式装備と定めた魔法の剣だ。


 「力なき民は、魔力の残量がなくなったら(なまく)らになる剣で別に訓練して、実戦ではちゃんとしたのを持たせて、空になったら交代してたわ」

 「要するに、気ィ付けるしかねぇってのか」

 「そう言うコト。剣なら、ずっと手元にあるから見やすいけど」

 「あのー……ごめん下さい」

 「はい、いらっしゃいませ」

 クロエーニィエ店長は、男性の弱々しい声に愛想よく応じた。

 おっかなびっくり入って来たのは、中年男性と幼稚園児か小学生か定かでない男の子だ。店内に何とも言えない臭いが満ちる。


 「お忙しいところ失礼します。何でも致しますので、私を雇っていただけませんか?」

 男性は店長の恰好が目に入らないのか、一息に言って頭を下げた。隣で男の子もペコリとお辞儀する。


 「ウチは今、人手が足りてるのよ。ここと上の街は、店頭や商工会議所の掲示板に求人広告を出す決まりだから、貼紙を見て応募した方がいいわよ」

 男性は背を丸め、床に言葉を落とした。

 「はい。ここに来た次の日、駆除屋さんが教えて下さって、光の導き教会でも、司祭様に同じことを言われました。その通りにしたのですが、どこにも雇ってもらえなくて」

 「力なき民なの?」

 店長の声は、違うのを確認するものだ。だが、男性は顔を上げたものの、唇を引き結んで一言も発さない。



 「何があったか、詳しい事情を教えてくれたら、別の稼ぎ方、教えてやんよ」

 メドヴェージが言うと、男性は目を見開いた。唇が震え、(かす)かに声を絞り出す。

 「ほ……本当に……そんなコトで?」

 「俺は力なき民だが、それなりにやってるぞ」

 「お、教えて下さい! あ、こちらの事情でしたね」


 男性は、理路整然と身の上を語る。


 アーテル本土で生まれ育った。大学卒業後は会社員になり、結婚して家庭を持った平凡な人物だ。

 今般の魔獣大発生で、親から相続した一戸建ての庭にも土魚(どぎょ)が侵入。家から出られなくなった。

 星の(しるべ)の自警団が梯子で救出を試み、長男は無事に脱出。だが、土魚が跳び上がり、次男は梯子の途中で動けなくなった。

 丁度通り掛かった魔獣駆除業者が助けてくれたが、対価として【水晶】を握れと言われた。



 「成程(なるほど)。それが【魔力の水晶】だったのね」

 クロエーニィエ店長が先回りすると、男性は涙がこぼれそうな目で頷いた。

 「家族全員と自警団のみなさんも握らされて、この子と私、自警団はお一人だけが地元に居られなくなりました」

 「魔力を持ってるだけで、自力で身を守れない人が本土に居たら、危ないから助けてくれたんじゃないかしら?」

 「助けてくれた? とてもそうは見えませんでしたが?」

 男性は困惑に嫌悪感を混ぜ、店内の面々を見回す。


 「魔物や魔獣は、魔力を持つこの世の生き物を食べると、際限なく、大きく強くなるの」

 「えッ?」

 「お兄ちゃんは無事に降りられたけど、この子は跳びつかれたんでしょ?」

 「は、はい」

 父が頷くと、息子は父の足にしがみついた。

 「この子には魔力があるから、土魚(どぎょ)にとってはご馳走なのよ」

 「そんな……」

 父子が改めて青褪(あおざ)める。


 「こっちの街には防壁があるし、街中に防護の術が仕込んであるから、土魚なんて一匹も入れないわ」

 「そ……そうだったんですか」

 男性は、魂が抜けそうな声と同時に項垂(うなだ)れた。

☆あんたがくれた古い剣/旧王国時代の軍が制式装備と定めた魔法の剣……「443.正答なき問い」「444.森に舞う魔獣」参照

☆星の標の自警団が梯子で救出を試み(中略)魔獣駆除業者が助けてくれた……「1775.星の標の活動」「1776.人助けの報酬」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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