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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十五章 倚伏

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1837/3515

1792.多角的な視点

 組立式の二段ベッドとハンモックは、思ったより小さい物があったと言う。

 ラゾールニクが、タブレット端末で撮った値札を見せる。現金参考価格の下に寸法が書いてあった。

 「これより大きいのもあったけど、係員室の出入口を塞いじゃうんで」


 「それと、急ブレーキ掛けても荷崩れしねぇように段が付いた大型の台車も欲しいんだけどよ、一応、先に聞いとこうと思ってな」

 メドヴェージがトラック運転手らしい提案をした。


 薬師(くすし)アウェッラーナは、マスリーナ市で大型の魔獣から逃げた時の惨状を思い出して頷く。


 「到着初日に雨天だった場合や、簡易テントを組む場所がない時など、荷台で調理や食事をする必要が出た際、困らない大きさですか?」

 アナウンサーのジョールチが問題点を指摘すると、兄アビエースが手帳を開いてメドヴェージに見せた。

 「ベッドとの隙間は人一人分。一台だけだったら、台車一台半くらい空きがあるけどよ」


 水樽や木箱を台車に積んだのでは、調理台や椅子の代わりに使えない。台車を置いた上で木箱を出せば、身の置き場がなくなるだろう。


 「あー……」

 状況を想像したみんなから、何とも言えない声が漏れる。

 「これまで通り、長机の下に重い物を置いて、上に軽い荷物を置くしかないな」

 「ベッドがあれば、布団は何枚か【無尽袋】に片付けられますし、台車はなくてもなんとかなるかもしれませんね」

 ソルニャーク隊長が決定事項として告げ、パドールリクが申し訳なさそうに付け足す。


 「一時(いっとき)みてぇに天井まで積み上げなくていいんなら、いいんだ。台車の扱いしくじったら指が飛ぶしな」

 「は? 何だよそれッ? 聞いてねぇぞ」

 少年兵モーフが、目を剥いてメドヴェージに詰め寄る。

 「安全装置掛け忘れて継ぎ目に手ぇ挟まれて指が飛んだり、中の棚板がいきなり倒れて頭打って死んだり、便利だけど労災多い奴なんだ」

 「おっさん、そんなヤベーもん買おうとしてたのかよ」

 モーフが呆れる。


 「さっきも言ったけどよ、安全装置をきっちり掛けて、手順を守って使やぁ荷崩れを防げて別の方向で安全な代物(しろもの)なんだ」

 「物事をひとつの側面だけ見て判断するなと言うことだ」

 ソルニャーク隊長が静かな声で言うと、モーフはハッとした顔で言葉を飲み込んだ。


 「何かを実行するにあたって、危険性や問題点、解決策の有無、利便性や利点などを様々な角度から見て洗い出し、何を最優先事項とし、どんな危険を絶対排除すべきか、立場や価値観の異なる者が集まって話し合い、総合的に判断すれば、不利益を最小限に留め、利益をなるべく多くの者に最大限分配できるようになる」


 「難しいっス」

 モーフは早々に降参し、申し訳なさそうに(うつむ)いた。

 「そうか。だが、もうひとつ言っておこう」

 「……何っスか?」

 ソルニャーク隊長が、緊張した少年兵に向ける眼差しはあたたかい。モーフはほんの少し表情を緩めて、隊長の湖水に似た目を見た。


 「その判断基準に私利私欲を混ぜれば、結果は逆になる」


 「逆……えーっと、一人だけ得して、みんなは損して困るッすか?」

 メドヴェージのゴツい手が、モーフの頭をわしゃわしゃ撫で回す。

 「なぁんだ坊主、わかってんじゃねぇか」

 「いちいち撫で回すなよ」

 モーフはゴツい手の下からするりと抜け出した。


 「でも、今はレーチカもクレーヴェルも、偉い人たちが大勢のネモラリス人を抜きにして、この国の大事なことをそれぞれ決めようとしてるのよね」

 ピナティフィダが、荷台の外へ目を遣って呟く。

 ジョールチとパドールリクが無言で顎を引いた。



 レーチカ臨時政府のクリペウス政権と、ネミュス解放軍のクーデター政権。

 ネモラリス共和国民は、どちらにつくべきかで揺れる。

 国民の考えは様々だ。どちらもなくすべきだと考える者や、両者が統合された統一政権を望む者、旧王国時代の神政に戻して欲しいと願う者――


 その多くは、元々政治に無関心だ。

 誰でもいいから、とにかく早く戦争を終わらせて欲しいと願う者が大半だろう。


 アウェッラーナ自身、魔哮砲の使用を推進し、星の(しるべ)が密かに食い込んだクリペウス政権も、神政復古を望む人々に祭り上げられ、キルクルス教徒の排除を宣言したクーデター政権も、選べなかった。


 ネモラリス共和国の首都クレーヴェルを実効支配するのは、ネミュス解放軍によるクーデター政権だが、国際社会が正統と看做すのはレーチカ臨時政府だ。

 そんな中、ラクリマリス王国は、大使館をクレーヴェルから移さず、大使の召還もしなかった。


 かつて神政の一翼を担った湖の民のラキュス・ネーニア家、現当主のシェラタンは行方不明だ。ラキュス・ネーニア家の一部は解放軍に参加し、隠れキルクルス教徒狩りと称して堂々と民族浄化を行った。

 だが、彼らに代わる統治者に誰を据えるべきか、対案を求められても、答えられない。


 移動放送局の活動を通じ、ロークやファーキルたちから、交戦中のアーテル共和国、アミトスチグマ王国が設けた難民キャンプ、ラキュス湖周辺地域の国々、遠くアルトン・ガザ大陸の国々まで、判断材料になりそうな情報をたくさんもらった。

 それでも、この国がどうなれば平和を取り戻せるか、わからない。


 ……政治って、こんなに難しいものだったのね。


 アウェッラーナと兄アビエースは、半世紀の内乱時代に産まれ、政治や民主主義について腰を据えて学べなかった。

 大人になってからは一応、選挙に行ける状態の時には、なるべく投票所に足を運んだが、誰に票を入れればいいかわからず、その日の天気などでテキトーに決めてしまった。



 今なら、わかることがある。

 キルクルス教徒の完全排除は不可能で、排除と分断こそが(いさか)いの源なのだ。


 具体的にどうすればいいか、まだわからない。

 今は、答えを探す道筋をつけられただけでもよしとするしかなかった。

【余談】段が付いた大型の台車

 「ロールパレット」や「ロールボックスパレット」で検索したら他のキーワードに「事故」って出てきて震える。別名「カゴ台車」「カゴ車」。

【参考】ロールボックスパレット使用時の労働災害防止マニュアル(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000098500.html)


☆マスリーナ市で大型の魔獣から逃げた時の惨状……「0184.地図にない街」~「0186.河越しの応答」参照

☆魔哮砲の使用を推進し、星の(しるべ)が密かに食い込んだクリペウス政権……「0241.未明の議場で」「0247.紛糾する議論」「0248.継続か廃止か」「624.隠れ教徒一覧」「880.得られた消息」参照

☆神政復古を望む人々に祭り上げられ、キルクルス教徒の排除を宣言したクーデター政権……「599.政権奪取勃発」~「602.国外に届く声」「919.区長との対面」~「921.一致する利害」「0937.帰れない理由」~「0939.諜報員の報告」「0941.双方向の風を」~「0943.これから大変」参照

☆現当主のシェラタンは行方不明……「684.ラキュスの核」「685.分家の端くれ」「1741.当主の養い子」参照

☆ラキュス・ネーニア家の一部は解放軍に参加(中略)堂々と民族浄化……「687.都の疑心暗鬼」「746.古道の尋ね人」「793.信仰を明かす」「806.惑わせる情報」「0969.破壊後の基地」「1622.高校生の報告」~「1629.支配者の命令」参照

☆政治って、こんなに難しいもの……「0983.この国の現状」「1177.散らかる意見」「1742.継承権者たち」~「1746.制度の例外地」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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