1787.大使館の工作
ラクエウス議員は、インタネットのニュースを読んで首を傾げた。
星光新聞アーテル支社が隣のラニスタ支社を経由し、数日遅れでバルバツム連邦のポータルサイトに配信した記事だ。
今朝、ファーキル少年に印刷してもらった。
内容は、土魚の大量発生とその他の強い魔獣の出現に関する続報だ。アーテル本土で大量発生した魔獣による被害を詳細に並べ立て、世界のキルクルス教社会に支援を求める。
バルバツム連邦のポータルサイトが、小さな特集を組んで掲載するのは、仕事や留学で在留するアーテル人の為だけでなく、キルクルス教団の意向もあるらしい。
記事下のリンク集には、駐バルバツム連邦アーテル共和国大使館と並び、大聖堂公式サイトに設けられた「アーテル支援基金」の窓口ページもあった。
……大聖堂にカネが集まったところで、アーテルに届くのは全額ではなかろう。
事務手数料などの名目で何割かは、大聖堂……キルクルス教団本部の懐に入る。少なくとも、バルバツム連邦の業者は、救援物資の購入などで潤うだろう。
ネモラリス難民宛には、国連の救援物資さえロクに届かなかったが、彼らは教団の威信に掛け、何としてでも、戦争の最中にある辺境の小国に届けるだろう。
クリップで束ねられた別の記事にも目を通す。
一枚目は記事本文。二枚目は、記事の下にあるコメント欄から一部の投稿を抜粋したもの。三枚目以降は、その記事に言及したSNSの投稿だ。
印暦二一九三年五月現在、アーテル共和国のルフス神学校では、敷地内に多数の魔獣が出現し、非常に危険な状態が続く。
校庭や植栽の根元など、土が露出した場所には無数の土魚が犇めき、武器を持たない一般人が立ち入れば、ほぼ確実に命を貪られる。そればかりか、遺体の回収さえ不可能だった。
ルフス神学校は、初等部から高等部まで十二学年あり、三学科に分かれる男子のみの全寮制学校だ。
陸軍は、土魚大発生の初期段階で、学生寮に取り残された神学生を全員、無事に救出した。
だが、その後、周辺住民が他の魔獣を目撃。アーテル陸軍対魔獣特殊作戦群が調査隊を派遣し、双頭狼、鮮紅の飛蛇、毛谷蛇、鱗蜘蛛を確認した。
これを受け、首都ルフス危機管理対策室が、ルフス神学校から半径二キロ圏内の全住民に避難命令を発令。自警団以外の立入が禁止され、市民生活に大きな影響が出た。
魔獣の不自然な大発生は、様々な憶測を呼んだ。
現在交戦中のネモラリス軍による攻撃説、ネモラリス人ゲリラによるテロリズム説、戦争の影響で死亡したアーテル人の怨念、神学校の入試で落ちた受験生の怨念説、礼拝堂爆破事件の死者の無念が呼び寄せたなどと言う荒唐無稽な珍説まで、実しやかに噂される有様だ。
教会も、敷地内に土魚が出現し、近付けない所が多い。通信途絶と相俟って、聖職者に相談することも困難で、アーテル人の不安を一層深めた。
神学生の内、星道クラスの一部は、聖典に記された「聖別された武器」の制作を学ぶ。
聖別武器制作コースの神学生は救出後、現役で働く星道の職人の許で、魔物や魔獣に対抗し得る武器作りに励む。
伝統的な武器の鍛造は、非常に過酷な作業だ。狭き門を突破して卒業まで漕ぎつけても、正式な職人となる道を諦める者も多い。
だが、多数の魔獣が、ルフス神学校をはじめとするアーテル全土の学校園に我が物顔で居座る現在、若き武器職人たちの双肩に懸かる期待は大きい。
ラクエウス議員は、いつもと違う論調が気に掛かり、配信元を確認した。
星光新聞アーテル版ではなく、バルバツム連邦の週刊誌が、ラニスタ共和国へ臨時に出した特派員による記事だった。
コメント投稿者の呼称は、いずれも見知ったものばかりだ。
ひとつは、ネモラリス政府が国連対応の為、バルバツム連邦に設置した事務局の職員。一人ではなく、複数の駐在武官と事務官が、共同で情報工作を行うと、駐アミトスチグマ王国大使イーニーから情報提供を受けた。
イーニー大使の指示ではなく、アル・ジャディ将軍の意向を受けた駐在武官が、独自に動く情報工作だ。
アミトスチグマ王国に駐在する武官が、バルバツム連邦の駐在武官にアーテル共和国の情報を提供。バルバツム駐在の武官と事務官は現地の写真を撮り、他の情報と共にアミトスチグマ駐在の武官へ送る。アミトスチグマの駐在武官が文案を作成し、バルバツムの駐在武官が事務官に投稿の指示を出す。
何ともまどろっこしい指示を受け、国連事務局の事務官は、別人のフリでふたつのSNSアカウントを操った。
ひとつは野良猫の写真、もうひとつは季節の花々の写真を主に公開し、それぞれが趣味嗜好の異なる数万人のフォロワーを擁する。
時折ニュースについて言及するが、意見や感想を付さず、単に記事URLを紹介しただけの投稿も、毎回、三桁の人々が拡散に協力した。
猫写真のアカウントで取り上げるニュースは、猫やその他の動物、そして、キルクルス教の行事関連の記事。花写真は開花情報など、季節の軟派記事と、キルクルス教関連の教育や国際関連の記事を取り上げる。
どちらも、それらに紛れて、アーテル共和国や魔哮砲戦争の記事に触れた。
今回は、どちらもルフス神学校の惨状を伝える記事だ。
いつもは、アーテル関連では、別の記事を取り上げる。
……余程、この記事を強調したいのだろうが。
〈こんなのもう、魔法でも使わない限り、ムリな気がしてきた〉
猫写真のアカウントがSNSに投稿した記事の感想は、バルバツム人のフリで書いたにしては、あまりにも率直で、危険な気さえした。
花写真のアカウントも同様だ。
〈軍隊とか詳しいフォロワーさんに教えてもらったんだけど……
バルバツム軍は時々、外国から魔法使いの傭兵を呼んでるんだって。
アーテル軍もそうすればいいのにって思うの、ヘンかな?〉
どちらの投稿にも多数の賛意が寄せられ、同意のコメントが幾つもぶら下がる。
少数の反対意見は、賛同者に叩き潰された。




