1781.成立した契約
「魔力があっても魔法を使えないなどと言うコトが、現実に起こり得るのか?」
アーテル陸軍対魔獣特殊作戦群の現場指揮官が、マコデス共和国から来た魔獣駆除業者のフリをする魔装兵ルベルに聞いた。
部下たちの疑問を代弁した指揮官自身、疑わしげだ。
「ありますよ。マコデス共和国もそうですけど、魔法文明国や両輪の国では、社会福祉の対象にします」
「福祉だと?」
「身を守る魔法も使えないから、【魔除け】の呪符や護符、護りの呪文や呪印を縫い込んだ服などの補助具を無償提供する国が多いんですよ」
状況を想像するのか、数秒の間を置き、今度はルフス神学校の理事長から質問が飛んだ。
「その作業服の刺繍も、そうなのですか?」
「これが【魔除け】でこっちは【耐衝撃】……全部説明した方がいいですか?」
「我々の作業服は、魔獣との戦闘に耐え得る強度の高いものですが、一般の人向けや、福祉で支給されるものは、着用者の魔力の強さなどに合わせて作ってありますよ」
ルベルが呪文の刺繍を指でなぞって説明すると、同じく駆除業者に扮したラズートチク少尉が言い添え、この話題を終わらせた。
「俺が使える【飛翔する蜂角鷹】学派の術でも、【真水の壁】とか、魔法で壁を建てて守る術は色々ありますけど、範囲が狭くて土の中までは効力が及びません」
「学校の敷地全体を囲み、土中に潜む土魚まで全て駆除するには【歌う鷦鷯】学派の術者が必要です」
「わかりました。少しでも被害を減らす為、地上に現れたモノだけでも、駆除して下さい」
それなら、アーテル軍でもできそうなものだが、ルフス神学校の理事長は、涙目で魔法使いの魔獣駆除業者に依頼する。現場指揮官は口を挟まず、陸軍の一般兵は明らかにホッとした顔で肩の力を抜いた。
ラズートチク少尉は、作業服のポケットから契約書を出して広げた。
「では、土魚に関しては時給制で、キリのいいところ、今日の午前十時から午後四時まで、昼休みは一時間で時給に含めず……」
軍用車に紙を押し当て、空欄に契約条件を書込んでゆく。
条件を書き終え、少尉はゆっくり音読してみせた。
魔装兵ルベルは、ルフス神学校の理事長が署名した契約書をタブレット端末で撮影する。
「紙の契約書はこれ一枚ですから、理事長様も控えを撮って下さい」
少尉が促すと、理事長は通信途絶でどこにも繋がらないタブレット端末を背広の懐から出し、素直に撮影した。
「土魚は日中、地下に潜みますが、生肉などを餌にすれば、誘き出せます。ご用意いただけませんか?」
ラズートチク少尉が言うと、現場指揮官が部下に命じ、理事長が兵士に財布から出した紙幣を握らせた。兵士二人は敬礼し、軍用車に乗り込む。
「鶏の胸肉が扱いやすくて助かります」
「なるべくお釣りが出ないようにたくさん買って下さい」
少尉と理事長の言葉を受け、おつかいの軍用車が出発した。
「昨日、双頭狼を一頭仕留めたとのことですが、他にも居ますか?」
「校舎内に複数の鱗蜘蛛が巣を張り、庭園で毛谷蛇と補色蜥蜴が確認された」
指揮官は、軍服のポケットから手書きの略図を取り出して説明した。
「毛谷蛇と補色蜥蜴は、一頭ずつですか?」
「毛谷蛇は一頭、補色蜥蜴は多数……いずれも、昨日十七時時点の報告だ。夜間に敷地外へ漏洩した可能性も否定できん」
外国の魔獣駆除業者相手に随分、正直な申告だ。
「新聞には、対魔獣特殊作戦群の兵隊さんと、星の標の有志が戦ったって書いてありましたけど、みなさん、どちらへ?」
ルベルは改めて見回したが、ルフス神学校の正門前に居るのは、現場指揮官と理事長を除いて、アーテル陸軍の一般兵ばかりだ。
「一昨日までの戦闘で、正規兵と義勇兵に複数の死者、負傷者を出した。昨日の作戦では、死者こそ出なかったものの、無傷で戻れたのは私一人だ」
「ご遺体は回収できましたか?」
新聞には、アーテル軍と星の標の損害は一行も情報がなかった。
ラズートチク少尉が聞くと、指揮官は沈痛な面持ちで首を横に振る。ルフス神学校の理事長が天を仰いで祈りの詞を唱え、兵士たちが唱和した。
おつかいに出した兵が戻った。
二人は、パンパンに膨らんだ大型のレジ袋を両手に提げ、軍用車を降りる。袋の把手が食い込んだ指が白い。
「えッ? こんなに?」
「足りませんか?」
ルベルが驚くと、代金を出した理事長が怯えた目で聞いた。
「いえ、誘き寄せるだけで、食べる前に倒しますから、こんなには」
「買い占めたんですか?」
ラズートチク少尉に聞かれ、兵士二人は理事長を窺いながら答えた。
「なるべくお釣りが出ないようにとのことでしたので、三軒回りました」
「鶏肉は足が速いですからね。余りはさっさと焼いて食べた方がいいですよ」
「副官を呼べ」
現場指揮官が眉間に皺を寄せて命じ、伝令はすぐ作戦指揮車から二人の男を連れて来た。一人は一般の陸軍部隊だが、もう一人は指揮官と同じ対魔獣特殊作戦群の所属だ。
一般部隊の副官は、指揮官から珍妙な命令を受けて怪訝な顔をしたが、特殊部隊の副官は鼻で笑った。
「最初に数量を伝えなかったお前たちが悪い」
「そうですね。理事長様、鶏肉三袋分は、駆除代から引いて下さい。……で、そこの三袋分は、兵隊さんたちへの奢りと言うことで、どうぞ」
ラズートチク少尉の申し出に理事長と指揮官が頷く。
「調理してくれた家に手間賃として何枚か置いてゆくように」
「了解!」
おつかいに行った兵士二人組は、軍用車に大量の鶏肉を積んで、住民が残る地区へ去った。
☆契約条件/昨日、双頭狼を一頭仕留めた……「1779.神学校の被害」参照
☆魔力があっても魔法を使えない→社会福祉の対象→補助具……「0166.寄る辺ない身」「0169.得られる知識」「0175.呪符屋の二人」「292.術を教える者」「296.力を得る努力」「348.詩の募集開始」参照




