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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十五章 倚伏

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1780.共通する旋律

 「それから、水道を使ってもよければ、死骸の後始末も可能です」

 「どうぞ、ご随意に」

 魔装兵ルベルが魔獣駆除の作業内容を説明すると、ルフス神学校の理事長は神妙な顔で同意した。


 「血痕を扉に新手が出現する可能性がありますので、術で回収して焼却します」

 「土魚(どぎょ)以外の魔獣が出現した場合、魔獣由来の素材も報酬としてお譲り下さい」

 学長が、魔獣駆除業者に扮したルベルの説明で、薄気味悪そうに石畳の道を見遣る。指揮官は、同じく業者のフリをするラズートチク少尉に顔を(しか)めた。

 「そんな穢らわしい物をどうする気だ?」

 「呪符などを作る材料ですよ」

 「我々は、新手の出現を防いで安全に運べる袋を持っているので、大丈夫です」

 少尉が作業服のポケットを叩くと、兵士たちが一歩退がった。


 「遠路遙々、マコデス共和国からお越し下さいまして恐れ入りますが、お二人は土中に潜む魔獣の駆除も可能でしょうか?」

 理事長は一歩前に出て、魔獣駆除業者二人の顔色を窺う。

 ルベルは打合せ通り、首から()げた徽章(きしょう)を示して答えた。

 「俺は【飛翔する蜂角鷹(ハチクマ)】学派で、防禦や魔獣を発見する術が得意です。この場所は新聞で知って、たくさん居るのが術で確認できたので来ました」

 「私は色々なことができますが、特定の系統を専門に修めてはおりません」


 理事長の愛想笑いに疑問と苛立ちが混じる。


 「えっと、土中に潜む魔獣を発見して、位置や種類、数、大きさなどを他の術者に伝えるのは可能です。【歌う鷦鷯(ミソサザイ)】学派の補助もできますけど、俺たち二人だけでは土の中まで一匹残らず駆除するのは無理です」

 「こちらには、【歌う鷦鷯】学派の術者が営業に来ませんでしたか?」

 「それは、どのような?」

 「徽章(きしょう)の形は胸を張って歌う小鳥です」

 ルベルが答えると、理事長は困惑した顔を少尉に向けた。

 「歌手です。魔法の歌を(うた)いながら、守りたい土地の周囲を一周し、その中に居る魔物や雑妖を一掃できます」

 「そんなコトが本当に可能なのか?」

 現場指揮官が色めき立つ。


 「膨大な魔力が必要なので、対象地域の面積に応じた大人数で、同じ呪歌を(うた)いながら、術者の後について歩きます」

 「その歌をご存知でしたら、お二人にも、可能なのではありませんか?」

 「我々では、術式を起ち上げられないので、補助しかできないのですよ」

 「何なら、試しに謳ってみましょうか?」

 ルベルは返事を待たず、その場に留まって【道守り】を謳ってみせた。


 ほんの数小節で理事長の顔色が変わった。だが、何も言わないので、気付かないフリで呪歌を続行する。

 歌詞は力ある言葉で、彼らにはわからない筈だが、次第に顔色を失う兵士が増えてゆく。呪歌が進むに従って、隣の者と囁き交わす者が出始めた。


 「その方面の専門家でない彼が一人で(うた)っても、この通り、何も起きません」

 「この(たと)えで伝わるかわかりませんけど、目に見えない煉瓦の塀を建てるみたいな呪歌なんです」

 「煉瓦塀……?」

 「それより、先程の歌はキルクルス教の聖歌なのですが、あなた方は聖者様の信徒なのですか?」

 指揮官は、ルベルの説明に首を傾げたが、理事長は狙い通り食いついた。

 彼らの背後に控える警備担当の一般兵たちが、緊張した面持ちで見守る。


 ラズートチク少尉は、軽く笑い飛ばした。

 「はっははは、そんなまさか。我々は魔法使いですよ」

 「しかし、先程の歌、旋律は聖歌と全く同じなのです」

 理事長の困惑に一般兵が頷く。


 ……門前払いされると思ったのに。


 ルフス神学校の理事長は、魔法使いの魔獣駆除業者相手でも、普通に話をして、正当な報酬を支払う意思表示をした。

 アーテル軍の兵士たちは、魔法使いの魔獣駆除業者を排除せず、理事長の行動を咎めない。


 形振(なりふ)り構えない状況だと認識するからか、星の(しるべ)の目がないからか。


 「でも、この呪歌【道守り】は、三界の魔物と戦っていた時代に【歌う鷦鷯(ミソサザイ)】学派の導師が作ったもので、キルクルス教の成立よりずっと前からありますよ」

 「そんな馬鹿な……」

 理事長は言葉を失った。

 指揮官がルベルに問う。

 「歌詞は、どんな意味だ?」


 「力ある言葉で、湖南語に訳すと……

  星巡り 道を示す 行く手照らす 光見よ

  迷う者 皆 見上げよ (とお)らう風の慫慂(しょうよう)受け

  翰鳥(かんちょう)(まなこ) 鵬程(ほうてい)見晴らす 大逵(たいき)際涯(さいがい)目指す旅を(ほが)う……」


 兵士たちからどよめきが起こり、指揮官が手振りで黙らせる。

 ルベルは会釈して続けた。


 「……この道に魔の影なし 行く手清める 光受け

  弱き者 皆 守れよ (あわい)に魔は消え 草枕

  迫る獣を(かわ)して道行く 大逵(たいき)際涯(さいがい)目指す旅を(ほが)

  日輪(ひのわ)追い 影を計り 四方(よも)の示す (かた)を見よ

  弱き者 皆 (いだ)けよ (くが)行く足に祈誓(うけ)う旅

  樹雨(きさめ)避けて道に(したが)う 大逵(たいき)際涯(さいがい)目指す旅を(ほが)

  (こと)に乗せ 道を清め 行く手守る 光仰げよ

  ……ですけど、もしかして、これも?」


 知った上で自然にとぼけるのは難しいと思ったが、キルクルス教徒たちはそれどころではないらしい。場がこれまで以上にざわつく。

 指揮官が再び黙らせ、質問した。

 「その、煉瓦がどうのと言うのは一体?」

 「(たと)えですけどね。【歌う鷦鷯(ミソサザイ)】学派の術者が(うた)い歩くことで、魔力で作った煉瓦で塀を建てるような結界術なんです」

 「何故、謳えるのにできないのだ?」

 「俺たちは、魔力で煉瓦みたいなのものを作るところまではできるんですけど、それに漆喰を塗って積み上げるような操作ができないんですよ」

 「何故だ?」

 「術によって魔力の扱い方が違うんです。魔法は、魔力のある人が単に呪文を唱えるだけでは発動しません」


 指揮官が興味深々に質問を繰り出し、ルベルが丁寧に答える。誰一人として、魔術の知識を授けられることを咎めない。


 「何故だ?」

 「魔力はあっても、作用力のない人には魔法が使えないんです」

 魔装兵ルベルは、兵学校で受けた魔術概論の講義を思い出しながら答える。

 キルクルス教徒たちは、意外そうな目で続きを促した。

☆煉瓦の塀を建てるみたいな呪歌……「1227.無知を知る時」参照


※ 術によって魔力の扱い方が違う

 細かい操作をする製薬術……例「337.使用者の適性」参照

 瞬発力が必要な戦闘の術……例「712.引き離される」参照

 他人の魔力と生命力に手を加える治癒術……例「872.流れを感じる」参照


☆魔力はあっても、作用力のない人には魔法が使えない……「0060.水晶に注ぐ力」「0070.宵闇に一悶着」「0131.知らぬも同然」「0139.魔法の使い方」「0147.霊性の鳩の本」「846.その道を探す」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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