1780.共通する旋律
「それから、水道を使ってもよければ、死骸の後始末も可能です」
「どうぞ、ご随意に」
魔装兵ルベルが魔獣駆除の作業内容を説明すると、ルフス神学校の理事長は神妙な顔で同意した。
「血痕を扉に新手が出現する可能性がありますので、術で回収して焼却します」
「土魚以外の魔獣が出現した場合、魔獣由来の素材も報酬としてお譲り下さい」
学長が、魔獣駆除業者に扮したルベルの説明で、薄気味悪そうに石畳の道を見遣る。指揮官は、同じく業者のフリをするラズートチク少尉に顔を顰めた。
「そんな穢らわしい物をどうする気だ?」
「呪符などを作る材料ですよ」
「我々は、新手の出現を防いで安全に運べる袋を持っているので、大丈夫です」
少尉が作業服のポケットを叩くと、兵士たちが一歩退がった。
「遠路遙々、マコデス共和国からお越し下さいまして恐れ入りますが、お二人は土中に潜む魔獣の駆除も可能でしょうか?」
理事長は一歩前に出て、魔獣駆除業者二人の顔色を窺う。
ルベルは打合せ通り、首から提げた徽章を示して答えた。
「俺は【飛翔する蜂角鷹】学派で、防禦や魔獣を発見する術が得意です。この場所は新聞で知って、たくさん居るのが術で確認できたので来ました」
「私は色々なことができますが、特定の系統を専門に修めてはおりません」
理事長の愛想笑いに疑問と苛立ちが混じる。
「えっと、土中に潜む魔獣を発見して、位置や種類、数、大きさなどを他の術者に伝えるのは可能です。【歌う鷦鷯】学派の補助もできますけど、俺たち二人だけでは土の中まで一匹残らず駆除するのは無理です」
「こちらには、【歌う鷦鷯】学派の術者が営業に来ませんでしたか?」
「それは、どのような?」
「徽章の形は胸を張って歌う小鳥です」
ルベルが答えると、理事長は困惑した顔を少尉に向けた。
「歌手です。魔法の歌を謳いながら、守りたい土地の周囲を一周し、その中に居る魔物や雑妖を一掃できます」
「そんなコトが本当に可能なのか?」
現場指揮官が色めき立つ。
「膨大な魔力が必要なので、対象地域の面積に応じた大人数で、同じ呪歌を謳いながら、術者の後について歩きます」
「その歌をご存知でしたら、お二人にも、可能なのではありませんか?」
「我々では、術式を起ち上げられないので、補助しかできないのですよ」
「何なら、試しに謳ってみましょうか?」
ルベルは返事を待たず、その場に留まって【道守り】を謳ってみせた。
ほんの数小節で理事長の顔色が変わった。だが、何も言わないので、気付かないフリで呪歌を続行する。
歌詞は力ある言葉で、彼らにはわからない筈だが、次第に顔色を失う兵士が増えてゆく。呪歌が進むに従って、隣の者と囁き交わす者が出始めた。
「その方面の専門家でない彼が一人で謳っても、この通り、何も起きません」
「この喩えで伝わるかわかりませんけど、目に見えない煉瓦の塀を建てるみたいな呪歌なんです」
「煉瓦塀……?」
「それより、先程の歌はキルクルス教の聖歌なのですが、あなた方は聖者様の信徒なのですか?」
指揮官は、ルベルの説明に首を傾げたが、理事長は狙い通り食いついた。
彼らの背後に控える警備担当の一般兵たちが、緊張した面持ちで見守る。
ラズートチク少尉は、軽く笑い飛ばした。
「はっははは、そんなまさか。我々は魔法使いですよ」
「しかし、先程の歌、旋律は聖歌と全く同じなのです」
理事長の困惑に一般兵が頷く。
……門前払いされると思ったのに。
ルフス神学校の理事長は、魔法使いの魔獣駆除業者相手でも、普通に話をして、正当な報酬を支払う意思表示をした。
アーテル軍の兵士たちは、魔法使いの魔獣駆除業者を排除せず、理事長の行動を咎めない。
形振り構えない状況だと認識するからか、星の標の目がないからか。
「でも、この呪歌【道守り】は、三界の魔物と戦っていた時代に【歌う鷦鷯】学派の導師が作ったもので、キルクルス教の成立よりずっと前からありますよ」
「そんな馬鹿な……」
理事長は言葉を失った。
指揮官がルベルに問う。
「歌詞は、どんな意味だ?」
「力ある言葉で、湖南語に訳すと……
星巡り 道を示す 行く手照らす 光見よ
迷う者 皆 見上げよ 撓らう風の慫慂受け
翰鳥の眼 鵬程見晴らす 大逵の際涯目指す旅を祝う……」
兵士たちからどよめきが起こり、指揮官が手振りで黙らせる。
ルベルは会釈して続けた。
「……この道に魔の影なし 行く手清める 光受け
弱き者 皆 守れよ 境に魔は消え 草枕
迫る獣を躱して道行く 大逵の際涯目指す旅を祝う
日輪追い 影を計り 四方の示す 方を見よ
弱き者 皆 抱けよ 陸行く足に祈誓う旅
樹雨避けて道に順う 大逵の際涯目指す旅を祝う
言に乗せ 道を清め 行く手守る 光仰げよ
……ですけど、もしかして、これも?」
知った上で自然にとぼけるのは難しいと思ったが、キルクルス教徒たちはそれどころではないらしい。場がこれまで以上にざわつく。
指揮官が再び黙らせ、質問した。
「その、煉瓦がどうのと言うのは一体?」
「喩えですけどね。【歌う鷦鷯】学派の術者が謳い歩くことで、魔力で作った煉瓦で塀を建てるような結界術なんです」
「何故、謳えるのにできないのだ?」
「俺たちは、魔力で煉瓦みたいなのものを作るところまではできるんですけど、それに漆喰を塗って積み上げるような操作ができないんですよ」
「何故だ?」
「術によって魔力の扱い方が違うんです。魔法は、魔力のある人が単に呪文を唱えるだけでは発動しません」
指揮官が興味深々に質問を繰り出し、ルベルが丁寧に答える。誰一人として、魔術の知識を授けられることを咎めない。
「何故だ?」
「魔力はあっても、作用力のない人には魔法が使えないんです」
魔装兵ルベルは、兵学校で受けた魔術概論の講義を思い出しながら答える。
キルクルス教徒たちは、意外そうな目で続きを促した。
☆煉瓦の塀を建てるみたいな呪歌……「1227.無知を知る時」参照
※ 術によって魔力の扱い方が違う
細かい操作をする製薬術……例「337.使用者の適性」参照
瞬発力が必要な戦闘の術……例「712.引き離される」参照
他人の魔力と生命力に手を加える治癒術……例「872.流れを感じる」参照
☆魔力はあっても、作用力のない人には魔法が使えない……「0060.水晶に注ぐ力」「0070.宵闇に一悶着」「0131.知らぬも同然」「0139.魔法の使い方」「0147.霊性の鳩の本」「846.その道を探す」参照




