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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十五章 倚伏

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1823/3517

1778.棄民の住む島

 一番安い朝定食はすぐ来たが、父子は譲り合って手をつけない。


 オリョールは、二番目に高い朝定食を悠々と頬張った。

 ネモラリス憂撃隊穏健派の指導者は、以前【索敵】で見た警備会社の制服ではなく、魔獣駆除業者が好んで着るポケットの多い作業服姿だ。勿論(もちろん)、これにも防禦の呪文や呪印がある。

 彼と相席する父子の服には、見える所に護りがない。


 ……力なき民でも、銃とかあったら戦えるけど。


 あの老婦人は、何と言ってこんな幼い子供までゲリラに入れたのか。年齢の割にしっかりした経済観念のある子だが、武器を取って戦うには幼過ぎる。


 ……まさか、爆弾(くく)り付けて避難所へ行かせるとか?


 ルベルは悪い想像で頭がいっぱいになり、朝食が手につかない。

 「どうした? エポプス。食べないのか?」

 「スープを冷ましてるんです。猫舌なので」

 「今日の現場はルフス神学校だ。昼を食べられる状況かわからん。今の内にしっかり食え」

 「は、はい」

 取敢えず、パンを口に入れた。


 「あ、あのー、この島に私でもできる仕事があるんでしょうか?」

 中年男性がオリョールに恐る恐る聞く。

 「地上にも地下にも店はたくさんあるし、力なき民だけのとこもある。人手が欲しい店は求人を貼り出してる」

 「あっ……有難うございます」

 「宿からここまで、何軒も壁やシャッターに貼ってたと思うけど、見なかったのか?」

 ゲリラの指導者に半笑いで言われ、男性が(うつむ)く。幼い息子は水を一口飲んで、父を気遣わしげに見た。


 魔装兵ルベルは、目玉焼きを口いっぱいに頬張り、ラズートチク少尉に視線で問う。魔獣駆除業者ヴォルクに扮した少尉は、こんがり焼けたパンを齧りながら三人の様子を窺うだけで、応えなかった。

 ルベルは目玉焼きを噛みしめつつ、横目で斜め前の卓を窺う。


 ……ゲリラじゃなくて、就職希望?


 ますますわからない。

 ゲリラ活動を行うなら、ランテルナ島の街ではなく、アーテル本土の事業所へ潜り込んだ方が何かとやりやすい筈だ。

 土魚(どぎょ)の大量発生で、休廃業に追い込まれた事業所は多いが、テロの機を窺うのも情報の横流しも、アーテル本土での活動は、力なき民の方が怪しまれず、身軽に動ける。

 隠して雇われても、何かの拍子に発覚すれば、そこで終わりだ。魔獣駆除業者の中には【魔除け】の護符を高値で売り付ける者も居る。うっかり護符に接触して魔力が発覚する危険性は、以前よりも上がっただろう。


 ……こんな素人丸出しの子連れに何をさせる気だ?


 「あのー、この島の学校は、どこにあるのでしょう?」

 「そんなの、仕事決まってから、雇い主に聞いた方がよくない?」

 さっさと食べ終えたオリョールは、自分の伝票を掴んで立ち上がる。

 男性が、置き去りにされた子犬のような目で見上げたが、魔法戦士は父子に構わずレジに向かった。


 父子の前には、手つかずのパンと茹で卵が一個ずつある。

 「育ち盛りはタンパク質が重要だ。父さんはパン半分で大丈夫」

 「僕、茹で卵みんな食べるから、お父さんはパン全部食べて」

 再び譲り合いが始まった。

 ルベルは、ぬるくなったスープをちびちび口に含み、成り行きを見守る。


 給仕の娘がナイフ片手にやって来て、パンと茹で卵を半分に切り、空いた皿を下げた。


 少尉が、手振りでルベルに待機を命じ、父子の席へ移る。

 「何やらお困りのようですね」

 「は、はい。あの、実は、魔力があるとわかって、昨日この島へ渡ったばかりなのです」

 父が蚊の鳴くような声で応えた。茹で卵で口いっぱいの子は、不安げに魔獣駆除業者を見詰める。


 「情報料をいただけるのでしたら、その範囲内でお答えしますよ」

 父親は迷いを見せたが、固く目を閉じ、細く息を吐いた。

 「あまり……たくさんはお支払いできませんが」

 「無理のない範囲で結構ですよ。今回は、食後のお茶でいかがです?」

 「あっ……有難うございます」


 少尉は鎮花茶を一杯だけ注文した。

 「先程の彼とは、どう言ったご関係です?」

 「家に発生した土魚(どぎょ)を退治して、この子を助けて下さった方です」



 星の(しるべ)のボランティアが、二階の窓に梯子を掛け、一家を助けようとした。

 長男は無事に脱出できたが、次男の時に土魚が跳び上がり、動けなくなったところへ偶然、先程の駆除屋が通り掛かった。

 彼は土魚を全て倒し、魔法で空を飛んで、泣きじゃくる次男を梯子から降ろしてくれた。



 「対価として、水晶を握るように言われました」

 「それが【魔力の水晶】だったと?」

 「はい。妻と長男は何事もなかったのですが、私と次男、それにボランティアの方も一人」

 父親は(うつむ)いたが、鎮花茶が来て顔を上げた。


 「ボランティアの方はどうされました?」

 「昨日、私たちは銀行へ寄ってから、バスでこの島へ渡りました。彼も同じ便に乗りましたが、地上の街で別れたので、わかりません」

 「あなた方は昨夜、どこで過ごしたんです?」

 「素泊まりの宿に泊まって、朝食でこの店に来たら、彼と再会できて……助かったと思ったんですけどね」

 父親が弱々しく言うと、魔獣駆除業者に扮したラズートチク少尉は苦笑した。

 「我々は今が書き入れ時ですからね。あなたのような境遇の人は、よくこの島に来ますよ」

 「ホントですか?」

 ランテルナ島へ逃げて来た男性が、顔をやや明るくした。


 「アーテル政府にとって、力ある民……ランテルナ島民は棄民(きみん)です。役所も学校も消防署も、保険などの社会保障も選挙権も何もありません。魔力が発覚すれば、書類上、死んだも同然です」

 「じゃ、じゃあ、この子の教育はどうなるんです?」

 「親から子へ、あるいは雇い主から奉公人へ。個別に教えます」

 「教材などは……」

 「書店は地上にも地下にもありますが、まずは生活費の確保をお勧めしますよ」

 「そ、そうですね」

 父親が冷や汗を拭う。

 「島の店は本土の現金が使えるところもありますが、多くは物々交換です」

 「職安は……」

 「勿論(もちろん)、そんなものはありませんし、労働基準法などとも無縁です」


 ラズートチク少尉は、鎮花茶を飲み干し、席を立った。

☆ネモラリス憂撃隊穏健派の指導者は、以前【索敵】で見た警備会社の制服……「837.憂撃隊と交渉」「838.ゲリラの離反」「840.本拠地の移転」参照

☆隠して雇われても、何かの拍子に発覚すれば、そこで終わり……「0285.諜報員の負傷」参照

☆家に発生した土魚(どぎょ)を退治して、この子を助けて下さった……「1775.星の(しるべ)の活動」「1776.人助けの報酬」参照

☆魔力が発覚すれば、書類上、死んだも同然……「1136.民主主義国家」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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