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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十五章 倚伏

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1822/3517

1777.魔獣との戦争

 魔装兵ルベルとラズートチク少尉は、魔獣駆除業者に扮し、アーテル本土での情報収集に(いそ)しむ。


 魔獣由来の素材は、少尉が出現場所などのメモを付け、ネモラリス軍司令本部へ届けた。

 主目的は素材の活用ではなく、召喚者の特定だ。【(ただ)しき燭台】に掛けた素材の大半が、自然に境界を越えて来たモノではなく、呪具や術による召喚と判明した。


 四眼狼など狼型の魔獣は、ネモラリス憂撃隊で連絡係を務め、ゲリラを勧誘する老婦人シルヴァが魔法陣で召喚したモノだった。土魚(どぎょ)の多くは、呪具【召喚布】による召喚で、使用者は様々。鮮紅の飛蛇や補色蜥蜴など小型の魔獣は、呪符による召喚で、これも使用者の顔触れはまちまちだ。しかも、【召喚布】の使用者とは重ならなかった。


 「ネモラリス憂撃隊ともう一度接触するんですか?」

 「ランテルナ島の別荘とやらが、未だに発見できん」



 連絡係の老婦人は、寝たきりの独居老人宅を情報収集拠点に使用。だが、その老人が(つい)に息を引き取った。

 彼の親族は、かねてからの約束だと、日を置かず土地家屋を第三者に売却。ネモラリス憂撃隊は、ランテルナ島の地上都市カルダフストヴォーの足場を失った。

 老婦人シルヴァは、鉢合わせした老人の親族から「愛人の分際で図々しい」と罵られ、老人宅の近隣に近付けない。


 別の拠点を用意できたか、現時点では不明だ。



 「アーテル軍には、召喚か偶発的にこの世へ迷い出たか、識別する手段がない」

 「しかし、土魚(どぎょ)の召喚は、校庭で車中泊した住民や、警察官が目撃しました」

 「魔法使いであることまではわかっても、それ以外の情報はない。我が軍か憂撃隊か、それとも、ランテルナ島民のマッチポンプか。奴らにはわからんのだ」

 「あッ……」

 「それより、今日も稼ぎに行くぞ」



 ルベルと少尉はここしばらく、魔獣駆除業者に扮してアーテル本土で魔獣狩りを行いつつ、情報収集の任務をこなす。

 得た報酬が食料や現金の場合は、現地の滞在費として二人が使い、物品と魔獣由来の素材は、ネモラリス島の司令本部へ送る。

 素材は召喚者の調査後に活用。物品は国外で換金し、食料や医薬品などの購入に充てると言われた。


 開戦以来、アーテル共和国の経済状況は悪化の一途を辿(たど)る。

 ルベルたちが、魔獣駆除費用としてアーテル人から金品を得れば、それだけネモラリス共和国が潤う。同時にアーテルの一般人を更なる経済的苦境へ追い遣った。



 星光新聞アーテル版には連日、経済苦や病苦による一家無理心中の記事が載る。

 平時ならば、入院、手術できた筈が、魔獣による人身被害が多発し、病床と手術室に空きがない。また、過労で倒れる外科医も増えた。

 鮮紅の飛蛇や双頭狼の尾などから毒を受け、即死を免れた者は、毒が抜けるまで対症療法で凌ぎ、危機を脱してから壊死した組織を手術で取り除く為、入院が長期化した。


 土魚(どぎょ)の出現で自宅から出られなくなり、食料だけでなく、常用する持病の治療薬も尽き、悪化する者が増えた。だが、負傷者で病床が埋まり、入院先がみつからない。

 救助されても、持病の悪化で就労困難になる者や、失業する者が相次ぎ、生活困窮世帯が急増。通信途絶による情報不足と孤独で、精神的に追い詰められるなど、複数の要因が重なり、自ら生命を絶つ者が後を絶たなかった。



 アーテル陸軍は土魚(どぎょ)の駆除と住民救助に追われ、ネモラリスとの戦争どころではない。

 空軍は、ネモラリス側の迎撃と魔哮砲による基地の破壊で、多くの爆撃機や無人機を失ったが、補充が進まなかった。


 財政難に陥る中、戦費、教育費、魔獣被害への補償、生活困窮世帯への福祉、いずれを優先すべきか、アーテル国会は予算配分を巡って大荒れに荒れる。


 ……今のアーテルって、魔獣と戦争してるようなもんなんだよな。


 戦費を確保できたとしても、軍内での割り当ては、表立って積極的な攻撃を行わないネモラリス共和国に対する防衛費より、アーテル共和国内で大量発生した魔獣の駆除へ向けざるを得ない。


 魔装兵ルベルは【化粧】の首飾りで、魔獣駆除業者エポプスの顔になり、ランテルナ島の地下街チェルノクニージニクの通路を歩く。ラズートチク少尉も、今は同じく魔獣駆除業者ヴォルクの顔だ。

 アーテル領でありながら、この島は平和そのものに見えた。


 すっかり行きつけになった定食屋の扉を開け、ルベルは心臓が止まりそうになった。朝食で賑う獅子屋の店内、四人掛けの卓にネモラリス憂撃隊の穏健派指導者が居る。

 同席するのは、中年男性と幼稚園児か小学生くらいの男の子だ。


 少尉はさりげなく斜め後ろの席に座り、給仕の娘を呼び止めてさっさと二人分の注文を済ませた。

 オリョールも、同じ給仕に注文を伝える。

 「あ、それとお会計、別で」

 「はーい。こちらのお二人もご注文お決まりですか?」

 「お父さん、半分こしよう」

 「いや、朝はちゃんと食べなさい」

 「でも、おカネあんまりないし、節約しないと」

 父親は泣きそうな顔で、一番安い朝定食を一人前だけ頼んだ。


 ……子連れでゲリラに?


 「おカネなら、限度額いっぱいカードで出してきたから、朝くらいは」

 「でも、泊まるのも、おカネかかるよね?」

 「また銀行の窓口へ行って、カードで出せばいい」


 「奥さん、カード止めてるかもよ?」

 作業服姿のオリョールがニヤリと笑うと、父親は石を呑んだように黙った。

☆ゲリラを勧誘する老婦人シルヴァ……「840.本拠地の移転」「1111.報復の手助け」「1112.曖昧な口約束」参照

☆呪具【召喚布】による召喚……「1692.空費した時間」「1698.真夜中の混乱」~「1700.学校が終わる」参照


※ ネモラリス憂撃隊との接触……一回目「837.憂撃隊と交渉」「838.ゲリラの離反」参照


☆寝たきりの独居老人宅を情報収集拠点に使用……「0269.失われた拠点」「324.助けを求める」「331.返事を待つ間」参照

土魚(どぎょ)の召喚……「1698.真夜中の混乱」~「1700.学校が終わる」参照


※ 鮮紅の飛蛇や双頭狼の尾などから毒(中略)危機を脱してから壊死した組織を手術で取り除く

 魔法による治療の例……「1061.下す重い宣告」「1062.取り返せる事」参照


☆ネモラリス側の迎撃……「0136.守備隊の兵士」「0162.アーテルの子」「0204.難民キャンプ」「0259.古新聞の情報」「0274.失われた兵器」「309.生贄と無人機」「756.軍内の不協和」~「759.外からの報道」参照

☆魔哮砲による基地の破壊

 イグニカーンス基地「814.憂撃隊の略奪」~「816.魔哮砲の威力」

 ベラーンス基地/テールム基地「838.ゲリラの離反」~「840.本拠地の移転」

 フリグス基地「0956.フリグス基地」

 基地破壊まとめ「864.隠された勝利」参照


☆魔獣駆除業者エポプス/魔獣駆除業者ヴォルク……「1726.作戦前の共有」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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