1776.人助けの報酬
父親が袖で目許を拭い、魔獣駆除業者に向き直った。
「息子を助けて下さって有難うございます。報酬はお幾らでしょう? 足りなければ、すぐ銀行へ行って参ります」
母親が頻りに幼い我が子に話し掛ける。
幼稚園児か小学生か定かでない男の子は、母の声が耳に入らないのか、オリョールにしがみついて離れなかった。
父親が申し訳なさそうに会釈する。
「ウチの子が……すみません」
「ちょっとだけなら大丈夫ですよ。さっきの現場、少し早く終わったんで」
「それから、救助の報酬の件なのですが……」
「ちょっと君、ズボンの右腿のポケットから、革袋出してくれる?」
手招きされたロークは、無言でオリョールの作業ズボンのポケットを指差した。
「そう。そこ」
ポケットのファスナーを開け、小さな革袋を出してオリョールの目を見る。
「中身一個ずつ、この人たちみんなに握ってもらって」
「みんなって、星の標の人たちもですか?」
クラウストラが、ロークの疑問を代弁してくれた。
「そう。……はいはい、もう大丈夫だから、降りて」
オリョールは屈んで子供を歩道に降ろした。地に足が着いた子供は、泣きながら母親の足にしがみつく。
ロークは言われるまま、父親と兄に一粒ずつ革袋の中身を手渡した。
「これを……下さるんですか?」
「あげないよ。一分くらい手に握り込んでから、返して欲しい」
オリョールが立ち上がって苦笑すると、二人は怪訝な顔をしながらも、指示に従う。母親と、まだ泣きやまない子供にも握らせた。
彼の意図は読めたが、クラウストラに無言で通せと言われたロークには、何も言えない。
梯子を畳み終えるのを待って、星の標三人にも、革袋を突き出した。
「我々も?」
「あなた方には不可能な救助を代行したんですから、そのくらいしてもいいと思いませんか?」
魔法戦士オリョールが、声に侮蔑を含ませる。
星の標は仲間内で顔を見合わせ、答えなかった。
「それとも、どれだけ命を救っても、魔法使いなんかには礼の一言も言う必要はないと? 大勢の国民が俺たちに助けを求めて、会社とかは、わざわざマコデス共和国から駆除業者を呼んでくるくらいなのに?」
「握ればいんだろ、握れば」
「さっさと寄越せ」
二人はオリョールの挑発に乗ったが、残る一人が仲間たちの手を掴んだ。
「待て。何を握らせる気だ?」
「別に害や呪いがあるモノじゃない。現に子供が握っても平気だろ」
近隣の窓辺にこの現場を窺う顔が増える。
「聖職者の衣にも【魔除け】の呪文や呪印が刺繍してあるし、大聖堂の建物にも同じのがあるし、別にそこまで魔法使いとの接触を避けなくてもよくない?」
「なッ……?」
「こっちは、わざわざ地元の子に頼んで間に入ってもらったのに」
「ちょっと待て! 大聖堂が何だって?」
仲間を止めた団員が詰め寄るが、オリョールは涼しい顔で応じる。
「それ握ったら、教えてあげよう」
「ふざけるなッ!」
「次の現場に遅れたら、依頼人が死ぬかもよ?」
魔法戦士オリョールは、力なき民に怒鳴られても全く動じない。
「……わかった」
仲間を止めた者が、ロークに手を差し出して項垂れ、他の二人も倣った。
ロークは革袋から一粒ずつ、小振りの【魔力の水晶】を落とす。片手で梯子を持つ星の標の掌に落ちた【水晶】が、淡い光を放ったが、三人は気付かず握った。
「そっちはそろそろいいかな? 手、開いて」
一家四人がオリョールに掌を向けた。
父と弟の【水晶】が淡い輝きを宿す。
「あの……これは……?」
「時間ないから、星の標の人もこっち来て、手、開いて」
三人とも大人しく従う。【水晶】が光るのは、梯子を持つ者だけだ。
「それ返して。光ってる三人は俺と一緒に来て」
ロークが七人の手から回収し、オリョールに返す。
魔法戦士は唇を歪め、アーテル人七人を見回した。
「これは【魔力の水晶】。力ある民が空っぽのこれに触れれば、魔力が充填されて光を宿すんだ」
夫婦が息を呑み、星の標二人が後退る。
梯子が手から滑り落ち、大きな音を立てた。
「ち、違う! そんなのデタラメだ! 俺は違う!」
星の標の一人は譫言のように否定の言葉を繰り返す。
「本土で魔力があるってバレたら、火炙りにされるんじゃなかったけ?」
オリョールがニヤリと笑う。
夫婦は言葉もなく顔を見合わせ、子供二人が声もなく両親を見上げた。
「あの、えっと、南ヴィエートフィ大橋のバスターミナルから、光の導き教会行きのバス、出てましたよ」
アーテル人七人が、黒髪の少女クラウストラに注目する。
「あ、でも、私が行ったの、戦争前の夏休みなんで、今どうなってるかわかりませんけど」
「ひっひかりのきょうかい?」
兄が涙を拭って聞く。
「カクタケアに出て来たランテルナ島の教会。ホントにあるの」
「その教会の近所には、島産まれの力なき民だけが暮らす村も、軍の基地もあるけど……近所中知れ渡ったし、ここんち放火されるかもよ?」
ヘラヘラ笑うオリョールを妻が睨みつける。
夫はウエストポーチから通帳とキーケースを出し、長男の手に握らせた。
「元気でな」
「お父さん、どこ行くの?」
「もう……みんなと一緒には、暮らせないんだよ。母さんの言いつけをよく守って、立派な人になるんだぞ」
長男は何か言いかけたが言葉にならず、顔をくしゃりと歪めて泣き出した。
妻が焦点の定まらない目を夫に向ける。
「取敢えず、光の導き教会へ行って、司祭様に相談してみるよ」
夫が薬指から指環を抜き取り、妻の中指に嵌めた。
「じゃ、次の現場、案内よろしく」
ロークたちが歩きだすと、魔力が発覚した星の標団員も遅れてついてきた。
☆聖職者の衣にも(中略)大聖堂の建物にも同じのがある……「432.人集めの仕組」「433.知れ渡る矛盾」参照
☆本土で魔力があるってバレたら、火炙り……「795.謎の覆面作家」「809.変質した信仰」「810.魔女を焼く炎」参照
☆光の導き教会……「841.あの島に渡る」~「843.優等生の家出」「846.その道を探す」参照
☆カクタケアに出て来たランテルナ島の教会……「794.異端の冒険者」「795.謎の覆面作家」参照




