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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十五章 倚伏

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1776.人助けの報酬

 父親が袖で目許を(ぬぐ)い、魔獣駆除業者に向き直った。

 「息子を助けて下さって有難うございます。報酬はお幾らでしょう? 足りなければ、すぐ銀行へ行って参ります」


 母親が(しき)りに幼い我が子に話し掛ける。

 幼稚園児か小学生か定かでない男の子は、母の声が耳に入らないのか、オリョールにしがみついて離れなかった。

 父親が申し訳なさそうに会釈する。

 「ウチの子が……すみません」

 「ちょっとだけなら大丈夫ですよ。さっきの現場、少し早く終わったんで」

 「それから、救助の報酬の件なのですが……」


 「ちょっと君、ズボンの右腿のポケットから、革袋出してくれる?」

 手招きされたロークは、無言でオリョールの作業ズボンのポケットを指差した。

 「そう。そこ」

 ポケットのファスナーを開け、小さな革袋を出してオリョールの目を見る。

 「中身一個ずつ、この人たちみんなに握ってもらって」

 「みんなって、星の(しるべ)の人たちもですか?」

 クラウストラが、ロークの疑問を代弁してくれた。

 「そう。……はいはい、もう大丈夫だから、降りて」

 オリョールは(かが)んで子供を歩道に降ろした。地に足が着いた子供は、泣きながら母親の足にしがみつく。


 ロークは言われるまま、父親と兄に一粒ずつ革袋の中身を手渡した。

 「これを……下さるんですか?」

 「あげないよ。一分くらい手に握り込んでから、返して欲しい」

 オリョールが立ち上がって苦笑すると、二人は怪訝(けげん)な顔をしながらも、指示に従う。母親と、まだ泣きやまない子供にも握らせた。


 彼の意図は読めたが、クラウストラに無言で通せと言われたロークには、何も言えない。


 梯子(はしご)を畳み終えるのを待って、星の(しるべ)三人にも、革袋を突き出した。

 「我々も?」

 「あなた方には不可能な救助を代行したんですから、そのくらいしてもいいと思いませんか?」

 魔法戦士オリョールが、声に侮蔑を含ませる。

 星の標は仲間内で顔を見合わせ、答えなかった。


 「それとも、どれだけ命を救っても、魔法使いなんかには礼の一言も言う必要はないと? 大勢の国民が俺たちに助けを求めて、会社とかは、わざわざマコデス共和国から駆除業者を呼んでくるくらいなのに?」

 「握ればいんだろ、握れば」

 「さっさと寄越せ」

 二人はオリョールの挑発に乗ったが、残る一人が仲間たちの手を掴んだ。

 「待て。何を握らせる気だ?」

 「別に害や呪いがあるモノじゃない。現に子供が握っても平気だろ」


 近隣の窓辺にこの現場を窺う顔が増える。


 「聖職者の衣にも【魔除け】の呪文や呪印が刺繍してあるし、大聖堂の建物にも同じのがあるし、別にそこまで魔法使いとの接触を避けなくてもよくない?」

 「なッ……?」

 「こっちは、わざわざ地元の子に頼んで間に入ってもらったのに」

 「ちょっと待て! 大聖堂が何だって?」

 仲間を止めた団員が詰め寄るが、オリョールは涼しい顔で応じる。

 「それ握ったら、教えてあげよう」

 「ふざけるなッ!」

 「次の現場に遅れたら、依頼人が死ぬかもよ?」

 魔法戦士オリョールは、力なき民に怒鳴られても全く動じない。


 「……わかった」

 仲間を止めた者が、ロークに手を差し出して項垂(うなだ)れ、他の二人も(なら)った。

 ロークは革袋から一粒ずつ、小振りの【魔力の水晶】を落とす。片手で梯子を持つ星の標の(てのひら)に落ちた【水晶】が、淡い光を放ったが、三人は気付かず握った。


 「そっちはそろそろいいかな? 手、開いて」

 一家四人がオリョールに掌を向けた。

 父と弟の【水晶】が淡い輝きを宿す。

 「あの……これは……?」

 「時間ないから、星の(しるべ)の人もこっち来て、手、開いて」

 三人とも大人しく従う。【水晶】が光るのは、梯子を持つ者だけだ。


 「それ返して。光ってる三人は俺と一緒に来て」

 ロークが七人の手から回収し、オリョールに返す。

 魔法戦士は唇を歪め、アーテル人七人を見回した。


 「これは【魔力の水晶】。力ある民が空っぽのこれに触れれば、魔力が充填されて光を宿すんだ」


 夫婦が息を呑み、星の標二人が後退(あとずさ)る。

 梯子が手から滑り落ち、大きな音を立てた。

 「ち、違う! そんなのデタラメだ! 俺は違う!」

 星の標の一人は譫言(うわごと)のように否定の言葉を繰り返す。


 「本土で魔力があるってバレたら、火炙りにされるんじゃなかったけ?」

 オリョールがニヤリと笑う。

 夫婦は言葉もなく顔を見合わせ、子供二人が声もなく両親を見上げた。


 「あの、えっと、南ヴィエートフィ大橋のバスターミナルから、光の導き教会行きのバス、出てましたよ」


 アーテル人七人が、黒髪の少女クラウストラに注目する。

 「あ、でも、私が行ったの、戦争前の夏休みなんで、今どうなってるかわかりませんけど」

 「ひっひかりのきょうかい?」

 兄が涙を拭って聞く。

 「カクタケアに出て来たランテルナ島の教会。ホントにあるの」

 「その教会の近所には、島産まれの力なき民だけが暮らす村も、軍の基地もあるけど……近所中知れ渡ったし、ここんち放火されるかもよ?」

 ヘラヘラ笑うオリョールを妻が睨みつける。


 夫はウエストポーチから通帳とキーケースを出し、長男の手に握らせた。

 「元気でな」

 「お父さん、どこ行くの?」

 「もう……みんなと一緒には、暮らせないんだよ。母さんの言いつけをよく守って、立派な人になるんだぞ」

 長男は何か言いかけたが言葉にならず、顔をくしゃりと歪めて泣き出した。

 妻が焦点の定まらない目を夫に向ける。


 「取敢えず、光の導き教会へ行って、司祭様に相談してみるよ」

 夫が薬指から指環を抜き取り、妻の中指に()めた。



 「じゃ、次の現場、案内よろしく」

 ロークたちが歩きだすと、魔力が発覚した星の(しるべ)団員も遅れてついてきた。

☆聖職者の衣にも(中略)大聖堂の建物にも同じのがある……「432.人集めの仕組」「433.知れ渡る矛盾」参照

☆本土で魔力があるってバレたら、火炙り……「795.謎の覆面作家」「809.変質した信仰」「810.魔女を焼く炎」参照

☆光の導き教会……「841.あの島に渡る」~「843.優等生の家出」「846.その道を探す」参照

☆カクタケアに出て来たランテルナ島の教会……「794.異端の冒険者」「795.謎の覆面作家」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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