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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十五章 倚伏

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1775.星の標の活動

 オリョールは家屋内を確認し、依頼人に実家の合鍵を返した。中年男性が半ば放心状態で残金を支払う。


 「もう大丈夫だけど、【簡易結界】で新手の侵入を防げるのは一日だけだから、今日中によろしく」

 「了解!」

 作業員が口々に礼を言い、チェーンソーのエンジンを起動する。



 オリョールは、ロークの肩を気さくに叩いた。

 「顔色悪いけど、残り、行けそう?」

 鎮花茶の効果で震えは止まったが、演技ではなく声が出ない。

 だが、ネモラリス憂撃隊の動向を探るまたとない好機だ。オリョールが何のつもりでアーテル本土の住宅街で魔獣狩りするのか、せめて彼個人の所属だけでも確認したかった。


 ロークは顔を上げ、ひとつ深呼吸して首を縦に振る。

 「このコ、ホントに大丈夫?」

 「大丈夫? 行ける?」

 オリョールがクラウストラに聞き、クラウストラがロークの手を握って気遣う。そのぬくもりで、やや落ち着きを取り戻せた。

 クラウストラに頷き、オリョールの目を見る。


 「残り三件だ。無理そうだったら、途中で帰ってくれていい」

 オリョールがタブレット端末に次の行き先を表示する。

 ふたつ離れた街区だ。

 ロークはもう一度頷いて方角を指差し、先導を始めた。



 庭付き一戸建てと、やや大きい集合住宅が混在する。

 集合住宅にも、歩道に面した前庭はあるが、玄関から続くタイル張り通路の両脇は工事用パネルで守られる。花壇や植栽との距離が、元々充分な物件も多かった。

 住民が両手に買物袋を提げ、足早に玄関へ向かう。


 その隣の民家では、歩道から二階の窓に梯子(はしご)を架ける者たちが居た。

 「梯子のフック、ちゃんと窓枠に固定できましたかー?」

 「は、はい。多分、大丈夫です」

 「じゃあ、一人ずつ、ゆっくり、ゆっくりどうぞー」

 歩道側の男性三人は、星の(しるべ)の腕章を巻く。


 挿絵(By みてみん)


 クラウストラが足を止めた。

 「手伝わなくていいんですか?」

 「ここんちには雇われてないし、救助の人、もう来てるじゃないか」


 「ホラ、お兄ちゃん、先に行きなさい」

 母親に促され、小学校高学年くらいの男の子が窓辺に立つ。椅子か踏み台経由で窓枠に足を掛け、梯子に移るとするする降りた。歩道に足が着いた瞬間、大人たちから拍手が起きる。

 少年はパンパンに膨らんだリュックを背負い直し、二階の窓に手を振った。

 「逆上がりより簡単だったよー!」

 「みんなもすぐ降りるから、一人でうろうろしないでね」

 「わかってるって」


 父親に抱えられ、弟が窓枠に腰掛けた。

 「たっ……高いよ」

 「鉄棒より楽勝だって」

 「梯子の手許だけ見て、足でゆっくり次の段を探りながら降りておいで」

 「今はお昼だから魔物は出ないし、魔獣も弱ってるよ」

 「今の内に降りておいで」

 兄と、梯子を支える星の(しるべ)団員が、窓枠で身を(すく)ませた男の子にやさしく声を掛ける。小学校一年生か、幼稚園児か不明だが、親が背負って降りるにはやや大きい子だ。


 ……梯子の耐荷重の都合で一人ずつなのかな。


 「何してんだ。次、行くぞー」

 オリョールが、いつの間にか街区の端で信号を待つ。クラウストラは二人の中間地点に居た。

 ロークは鞄を肩に掛け直し、無言で頷いて小走りになる。



 クラウストラに追いついたところで、悲鳴が上がった。

 先程の子供が足を踏み外し、中途半端な姿勢で梯子にしがみつく。

 「落ち着いて、坊や、落ち着いて」

 「ゆっくり足を上げて、梯子の段に乗せて」

 「だ、誰か……誰かーッ! 誰か助けて下さい!」

 母親は金切声を上げるが、星の(しるべ)団員は冷静に応じた。

 「奥さん、落ち着いて。お子さんを信じて待って下さい」

 「フックはダクトテープで巻いただけなんで、あんまり荷重を掛けると外れて、梯子がズレるかもしれないんです」


 踏み外した衝撃でズレたズック靴が落ちた。

 梯子の下で激しく土煙が上がり、両親が我が子の名を叫ぶ。

 跳ねた土魚(どぎょ)が子供の足を掠めて落ちる。

 子供は泣きながら足を上げるが、靴下が滑って再び段を踏み外した。

 隣近所の窓が開き、向かいの集合住宅もベランダに人が出て来る。


 「一旦、戻れ! お父さんがおんぶするから、なッ!」

 父が窓から身を乗り出して手を伸ばすが、全く届かず、子供は泣きじゃくって動かない。獲物をみつけた土魚(どぎょ)の群が何度も跳ね、土埃が次々舞い上がった。


 「誰か、誰かぁーッ! 助けてぇー!」

 母親が泣き叫ぶ声が辺りに響き渡る。


 オリョールは信号を渡らず、戻って来た。ロークたちの横を過ぎ、梯子騒動の手前の家で立ち止まる。

 「あッ! 駆除屋さん、弟を助けて!」

 先に降りた兄が駆け寄り、オリョールの手を引く。ロークたちもオリョールに駆け寄った。

 星の(しるべ)の二人は梯子を支えて動かず、一人は子供を落ち着かせようと、やさしく声を掛け続ける。


 両親も魔獣駆除業者に気付き、窓から身を乗り出して手招きした。

 「駆除屋さん、ウチの子を助けて下さい!」

 「代償を払うんなら、助けてもいいけど?」

 「言い値で結構です!」

 オリョールは頷き、梯子に近付いた。

 星の(しるべ)は魔法戦士を無視し、梯子の上で動けなくなった子供を励まし続ける。


 跳ね上がった土魚(どぎょ)を【光の矢】が射抜いた。肉片が飛び散り、共食い狙いの土魚が次々と土中から姿を現す。

 オリョールは梯子の下を死骸で埋め尽くすと、別の呪文を唱えて地面を軽く蹴った。魔法戦士の身がふわりと舞い上がる。【飛翔】の術だ。梯子にしがみついた子供の手をそっと離して抱き上げる。


 「この子の靴って他にもある?」

 「は、はい! 玄関に」

 「取ってきます!」

 母親が引っ込み、息を切らして戻った。

 宙に浮いたオリョールは、窓越しに受取って歩道にふわりと着地する。大荷物を背負った両親も、凄い勢いで梯子を降りた。


 星の(しるべ)は何も言わない。


 泣きじゃくる子供は、魔法戦士にしっかりしがみついて離れなかった。母親が、脱げたズック靴を紐靴に履き替えさせる。


 前庭に散乱する死骸から漂う血の臭いが、鼻の奥に粘り付いた。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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