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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十章 人々

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182/3501

0182.ザカート隧道

 ファーキルは、トンネルの手前で足を止めた。

 トンネル前の標識には錆が浮くが、辛うじて「ザカート隧道(ずいどう)」の文字が読み取れる。ここまでの道中、一台の車ともすれ違わなかった。


 旧ラキュス・ラクリマリス共和国時代には、クブルム山脈を挟みザカート隧道で繋がる街があった。

 北ザカート市と南ザカート市だ。

 あの湖の民の運び屋には、内乱で破壊される前の街や、周辺の農村と漁村の思い出がある。その記憶を頼りに【跳躍】し、この地へ人を運ぶのだ。


 ……あのお姉さん、歳、幾つなんだ?


 内乱を経て国が分かれた現在、南ザカート市は無人の野に戻った。


 荒れ地にアスファルトで舗装された国道が通り、トンネルの名だけが僅かに往時の面影を留める。

 この戦争が始まるまで、北のネモラリス共和国と南のラクリマリス王国は貿易が盛んだった。ラクリマリスは現在も友好関係を保ち、救援物資を送る、とネットのニュースで読んだ。


 トンネル内部は、僅かな灯がポツポツあるだけで薄暗い。だが、視える範囲には雑妖も魔物も居なかった。

 車道と壁、天井に【魔除け】が組込んであるのだ。


 コートに後付けした隠しポケットから手帳と【魔力の水晶】を取り出した。



 呪符屋の店長がくれた手袋は【編む葦切(ヨシキリ)】か【飛翔する(タカ)】学派の術を修めた職人の手による魔法の品だ。

 その系統の職人は、呪文や呪印、魔力を籠めた宝石類などを組入れ、道具に魔法の効力を与える技術者だ。

 生活を便利にする【炉盤(ろばん)】などの道具や、魔物や魔獣に対抗する武器、防具など様々な物を作り出す。


 右が【退魔(たいま)】、左は【不可視(みえず)(たて)】の術を使う為の補助具。力なき民のファーキルでも、これを着け【魔力の水晶】を握って呪文を唱えれば、それぞれの術を発動させられる。

 手袋は、(あつら)えたようにぴったりだ。


 手帳の【不可視(みえず)(たて)】のページを開いた。

 ネットで調べて写した呪文を何度も黙読し、左手に【魔力の水晶】を握る。動画で確認した発音を思い出して声に出した。


 「先具(さきそなえ) 不可視(みえず)(もり)を 此処(ここ)に置く 置盾(おきたて)其の名 “盾開け”」


 いざと言う時、一度だけ小さな盾が展開して術者を守る。

 発動の合言葉は、わかりやすく「盾開け」にした。


 右は、場の(けが)れを祓って雑妖などを弱らせ遠ざける【退魔】だ。

 魔力を節約する為、今は使わないと決めた。このトンネルなら不要だろう。

 手帳と【水晶】をポケットに仕舞って鞄を肩に掛け直し、トンネルに足を踏み入れた。



 古い時代に造られたトンネルは、内壁が石積みだ。

 情報通り、上部は【灯】、下部は【魔除け】や【耐震】などの呪印が刻んであるのが見えた。

 事前にネットで調べた情報では、この隧道(ずいどう)は【巣懸(すか)ける懸巣(カケス)】学派の術で堅固に守られるらしい。術を発効する魔力は、地脈の力を変換して供給されると言う。


 ザカート隧道だけでなく、クブルム山脈を横断する旧街道や、ネモラリス島を横切るウーガリ山脈の街道など、地脈の力を利用した魔法の交通インフラが各地に残る。これを自分の目で確認できただけでも、来た甲斐があった。


 ……魔術は、聖者キルクルスが言うような「完全悪」なんかじゃないんだ。


 ここに逃げ込んで、空襲から命を守れた人も居ただろう。

 内部に日は射さないが、雑妖は一匹も居ない。

 ここに穢れがないからだ。



 ファーキルが産まれたアーテル共和国イグニカーンス市では、大きな国道の下を通る地下道は雑妖の巣窟だった。

 教会とボランティアが聖別した塩で清め、定期的に清掃する。だが、すぐにゴミや落書き、嘔吐物や立小便で汚された。

 物理的な汚れと霊的な穢れに惹かれ、雑妖が絶えず湧き続ける。

 地下道は治安も悪く、痴漢やひったくり、恐喝、暴力沙汰など犯罪の温床だ。


 キルクルス教の教義は、魔力を持って生まれただけで「()しき存在」と看做(みな)す。

 力ある民は、原罪があり、悪事をなさずとも、存在自体を「穢れ」と定義する。

 力なき民は、原罪がない為、どんな悪事をなそうとも、魔力がなく魔法を使えないことで「清き民」とされる。



 ファーキルは毎週日曜、両親に連れられて教会に通った。

 聖典とアーテル共和国の現実との乖離(かいり)に気付いてからは、違和感を覚えた。

 キルクルス教国として独立したのだから、国民はほぼ力なき民だ。

 清き民だけの国なら、(いさか)いや犯罪など発生し得ないのではないか。


 日々のニュースや、身近で起きた事件、ファーキル自身が学校で受けるいじめ。果たして、そんな悪事を為す者を「無原罪の清き民」と呼べるのか。


 ファーキルは一度だけ、教会でいじめの件を相談した。

 司祭は苦しみを受け止めてくれたが、同じ口で、いじめっ子たちの(あやま)ちを許せと命じた。


 「復讐は何も生みません。それは先の内乱で充分わかったことです」

 「でも……」

 「未熟な彼らの過ちを許して、彼らより一足先に大人になりなさい」


 ファーキルは司祭の言葉に失望し、表面上は従うフリをして、二度と、誰にも相談しなくなった。

 同時に「無原罪の清き民」の悪行を(とが)めず、大人の対応とやらで許せと説くキルクルス教にも失望した。



 トンネルの壁は所々地下水が滲み出し、壁を伝って、両脇に掘られた溝に流れ込む。ちょろちょろ流れる水音と一人の靴音の他は、何も聞こえなかった。

☆北ザカート市と南ザカート市/ここに逃げ込んで、空襲から命を守れた人……半世紀の内乱時代の外伝「明けの明星」(https://ncode.syosetu.com/n2223fa/)参照

☆湖の民の運び屋は、内乱で破壊される前の街や、周辺の農村と漁村の思い出がある……「0176.運び屋の忠告」参照

☆ラクリマリスは現在も友好関係を保ち、救援物資を送る……「0144.非番の一兵卒」参照

☆呪符屋の店長がくれた手袋……「0175.呪符屋の二人」参照

☆クブルム山脈を横断する旧街道……「0099.山中の魔除け」~「0102.時を越える物」「0134.山道に降る雨」参照

☆ファーキル自身が学校で受けるいじめ……「0163.暇潰しの戯れ」~「0166.寄る辺ない身」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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