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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十五章 倚伏

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1774.駆除屋の領分

 ……いや、これもう、ネモラリス軍が来なくても、オワリだよな?


 野党は国民の不安と不満を代弁し、与党であるアーテル党を責めはするが、出した対案は、ラニスタ共和国やバルバツム連邦など、友好国への援助要請だけだ。


 実効性のある対策を打ち出せる政治家は、与党にも野党にも居なかった。



 スピナ市民の不満は爆発寸前だ。

 爆破予告と商店街での魔獣駆除で、多数の市民がスピナ市立第二小学校と第三中学校に避難。その避難所で、多数の土魚(どぎょ)が出現したのだ。

 車中泊を中心に捕食され、多くの避難者が校舎から出られなくなった。


 スピナ市などは、負傷者への医療費返還と、遺族への弔慰金を決定したが、財源不足で、まだ一件も支払いが実現しない。

 実際に魔獣が出現した商店街周辺住民はともかく、爆破予告で念の為に避難させられた住民は、結局、爆発物が発見されなかったこともあり、怒り心頭だ。


 無数の土魚(どぎょ)が、一夜にしてアーテル各地の校庭で召喚された。

 アスファルトの下を伝い、街路樹の根元や歩道脇の植栽、公園、民家の庭など、土が剥き出しの場所に出現する。

 力なき民のキルクルス教徒が安全に移動するには、乗用車が不可欠だが、自家用車が回収不能になった住民には、何の補償もない。バイクやスクーターでは、植込みから飛び付かれる(おそ)れがあった。

 手続きで役所に足を運ぶことさえ躊躇われる状況が続く。


 ……魔法の治療だったら、怪我はすぐ治るし、手足を食い千切られても再生できるのに。


 そもそも、【魔除け】があれば、土魚(どぎょ)のような弱い魔獣は近付けず、被害に遭わない。

 オラトリックスやカリンドゥラのような【歌う鷦鷯(ミソサザイ)】学派の術者が居れば、呪歌【道守り】で土魚の拡散を防ぎ、被害を最小限に留められた。


 魔法使いを締め出したアーテル本土では、被害の拡大を止められない。

 ロークは新聞を鞄に片付け、駆除現場の民家を見た。


 ……何でこの家だけ、こんないっぱい土魚(どぎょ)が集まってるんだ?


 これまでに見た民家は、成人の腕くらいの大きさの個体が、多くてもせいぜい十数匹だった。だが、ここは成人の片足くらいにまで育った個体ばかりだ。前庭だけでも、死骸が山積みになり、裏庭にはまだ居る。


 ……裏庭が広いのか?



 作業服姿のオリョールが、家屋の周囲を一回りして玄関に戻って来た。

 「裏庭、首輪がいっぱい落ちてたけど、何か飼ってた?」

 「父が……大型犬のブリーダーでした」

 依頼人が沈痛な面持ちで答え、作業員たちが顔を(しか)める。


 オリョールは聞いてみただけで、玄関付近に【簡易結界】を敷いた。

 「合鍵ある? なかったら、術で()じ開けるけど……あー、いいから、そこから投げて」

 手渡そうとした依頼人が立ち止り、キーホルダーから一本外して投げる。



 開けた瞬間、双頭狼が飛び出した。【光の槍】が魔獣の胸を貫き、上半身と下半身が別々に落ちる。

 クラウストラは悲鳴を上げてみせたが、ロークは本物の恐怖で声も出なかった。

 作業員が何人も腰を抜かし、野太い悲鳴を上げる。近隣の民家からも悲鳴が上がり、窓を勢いよく締める音がそこかしこから聞こえた。


 動かなくなった双頭狼の右頭部は狼だが、左は人間の老人だ。

 オリョールは、作業服のポケットから巾着袋と【無尽の瓶】を取り出した。【操水】の術で水が生き物のように動き、袋から何かを掴み出す。

 宙を漂う水の中で、幾つもの花が開いたかと思うと、激しく沸き立った。甘い芳香が立ち昇り、血の臭いが紛れる。

 鎮花茶が依頼人の前へ移動した。ロークとクラウストラの顔すれすれを飛び、作業員たちの鼻先をかすめて漂う。

 最後に出涸らしを植込みに捨て、透明感を取り戻した水が【無尽の瓶】に収まった。


 「鎮花茶代は負けとくよ」

 依頼人は無言で首を縦に振ったが、目は双頭狼の左頭部から離れない。オリョールは、小型のペンチで狼の牙を折り取り、眉を引き抜いて小袋に入れた。

 「これ、お父さん?」

 「……はい」

 「これで葬式出すのは、お勧めできないな」

 「何故です?」

 「俺、葬儀屋じゃないから、死骸から別のが涌くの、止めらんないんだ」

 「今から島の葬儀屋に」

 「手紙で連絡? 住所わかってても間に合わないよ」


 葬儀の最中に新手が涌けば、効率よくアーテル人を始末でき、ネモラリス憂撃隊としては好都合だろう。


 オリョールは老人の口を抉じ開け、ペンチで歯を引き抜いた。

 「なッ! 何をするんです! やめて下さい!」

 「何って、魔獣から呪具の素材を回収してるんだよ。現金あれっぽっちじゃ足ンないから。ホラ」


 オリョールの手にあるのは、人間の歯とは似ても似つかない大きな牙だ。


 「時々、食われた人の無念が貼りつくコトがあるけど、実際の肉体は魔獣のままだ。右と同じ」

 「そ……そんな……」

 「そう視えるだけで、魔獣は魔獣だ」

 オリョールは双頭狼の牙と眉毛を小袋に仕舞い、【操水】で死骸と血痕を前庭の芝生に移動した。



 「駆除屋……魔法戦士の俺にできるのは、ここまでだ」


 力ある言葉を唱え、【炉】の炎が人の頭部を貼り付けた双頭狼を灰にする。

 鎮花茶の香気を上回る慟哭が、住宅街に響いた。

☆爆破予告と商店街での魔獣駆除……「1694.足りない業者」~「1697.避難所で捜索」参照

☆車中泊の避難者を中心に捕食……「1698.真夜中の混乱」「1699.土魚(どぎょ)群を召喚」参照

☆食われた人の無念が貼りつく……「906.魔獣の犠牲者」「1074.侵入した怨念」~「1077.涸れ果てた涙」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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