1774.駆除屋の領分
……いや、これもう、ネモラリス軍が来なくても、オワリだよな?
野党は国民の不安と不満を代弁し、与党であるアーテル党を責めはするが、出した対案は、ラニスタ共和国やバルバツム連邦など、友好国への援助要請だけだ。
実効性のある対策を打ち出せる政治家は、与党にも野党にも居なかった。
スピナ市民の不満は爆発寸前だ。
爆破予告と商店街での魔獣駆除で、多数の市民がスピナ市立第二小学校と第三中学校に避難。その避難所で、多数の土魚が出現したのだ。
車中泊を中心に捕食され、多くの避難者が校舎から出られなくなった。
スピナ市などは、負傷者への医療費返還と、遺族への弔慰金を決定したが、財源不足で、まだ一件も支払いが実現しない。
実際に魔獣が出現した商店街周辺住民はともかく、爆破予告で念の為に避難させられた住民は、結局、爆発物が発見されなかったこともあり、怒り心頭だ。
無数の土魚が、一夜にしてアーテル各地の校庭で召喚された。
アスファルトの下を伝い、街路樹の根元や歩道脇の植栽、公園、民家の庭など、土が剥き出しの場所に出現する。
力なき民のキルクルス教徒が安全に移動するには、乗用車が不可欠だが、自家用車が回収不能になった住民には、何の補償もない。バイクやスクーターでは、植込みから飛び付かれる惧れがあった。
手続きで役所に足を運ぶことさえ躊躇われる状況が続く。
……魔法の治療だったら、怪我はすぐ治るし、手足を食い千切られても再生できるのに。
そもそも、【魔除け】があれば、土魚のような弱い魔獣は近付けず、被害に遭わない。
オラトリックスやカリンドゥラのような【歌う鷦鷯】学派の術者が居れば、呪歌【道守り】で土魚の拡散を防ぎ、被害を最小限に留められた。
魔法使いを締め出したアーテル本土では、被害の拡大を止められない。
ロークは新聞を鞄に片付け、駆除現場の民家を見た。
……何でこの家だけ、こんないっぱい土魚が集まってるんだ?
これまでに見た民家は、成人の腕くらいの大きさの個体が、多くてもせいぜい十数匹だった。だが、ここは成人の片足くらいにまで育った個体ばかりだ。前庭だけでも、死骸が山積みになり、裏庭にはまだ居る。
……裏庭が広いのか?
作業服姿のオリョールが、家屋の周囲を一回りして玄関に戻って来た。
「裏庭、首輪がいっぱい落ちてたけど、何か飼ってた?」
「父が……大型犬のブリーダーでした」
依頼人が沈痛な面持ちで答え、作業員たちが顔を顰める。
オリョールは聞いてみただけで、玄関付近に【簡易結界】を敷いた。
「合鍵ある? なかったら、術で抉じ開けるけど……あー、いいから、そこから投げて」
手渡そうとした依頼人が立ち止り、キーホルダーから一本外して投げる。
開けた瞬間、双頭狼が飛び出した。【光の槍】が魔獣の胸を貫き、上半身と下半身が別々に落ちる。
クラウストラは悲鳴を上げてみせたが、ロークは本物の恐怖で声も出なかった。
作業員が何人も腰を抜かし、野太い悲鳴を上げる。近隣の民家からも悲鳴が上がり、窓を勢いよく締める音がそこかしこから聞こえた。
動かなくなった双頭狼の右頭部は狼だが、左は人間の老人だ。
オリョールは、作業服のポケットから巾着袋と【無尽の瓶】を取り出した。【操水】の術で水が生き物のように動き、袋から何かを掴み出す。
宙を漂う水の中で、幾つもの花が開いたかと思うと、激しく沸き立った。甘い芳香が立ち昇り、血の臭いが紛れる。
鎮花茶が依頼人の前へ移動した。ロークとクラウストラの顔すれすれを飛び、作業員たちの鼻先をかすめて漂う。
最後に出涸らしを植込みに捨て、透明感を取り戻した水が【無尽の瓶】に収まった。
「鎮花茶代は負けとくよ」
依頼人は無言で首を縦に振ったが、目は双頭狼の左頭部から離れない。オリョールは、小型のペンチで狼の牙を折り取り、眉を引き抜いて小袋に入れた。
「これ、お父さん?」
「……はい」
「これで葬式出すのは、お勧めできないな」
「何故です?」
「俺、葬儀屋じゃないから、死骸から別のが涌くの、止めらんないんだ」
「今から島の葬儀屋に」
「手紙で連絡? 住所わかってても間に合わないよ」
葬儀の最中に新手が涌けば、効率よくアーテル人を始末でき、ネモラリス憂撃隊としては好都合だろう。
オリョールは老人の口を抉じ開け、ペンチで歯を引き抜いた。
「なッ! 何をするんです! やめて下さい!」
「何って、魔獣から呪具の素材を回収してるんだよ。現金あれっぽっちじゃ足ンないから。ホラ」
オリョールの手にあるのは、人間の歯とは似ても似つかない大きな牙だ。
「時々、食われた人の無念が貼りつくコトがあるけど、実際の肉体は魔獣のままだ。右と同じ」
「そ……そんな……」
「そう視えるだけで、魔獣は魔獣だ」
オリョールは双頭狼の牙と眉毛を小袋に仕舞い、【操水】で死骸と血痕を前庭の芝生に移動した。
「駆除屋……魔法戦士の俺にできるのは、ここまでだ」
力ある言葉を唱え、【炉】の炎が人の頭部を貼り付けた双頭狼を灰にする。
鎮花茶の香気を上回る慟哭が、住宅街に響いた。




