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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十五章 倚伏

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1818/3515

1773.不足する兵士

 オリョールは、唯一残った生の鶏肉を拾って依頼人に向き直った。

 「横と裏庭がある。そっちから魔獣が回って来るかも知れないから、まだ近付かないように」

 依頼人と作業員たちが、引き攣った顔で何度も頷く。


 オリョールは民家の横手に回り、生垣の向うに姿を消した。

 魔獣駆除業者の姿が見えなくなった途端、作業員たちが大きく息を吐いて肩の力を抜いた。

 「駆除屋さん、すっごい強いね」

 「うん。一度にあんないっぱいやっつけられるなんて思わなかったよ」

 クラウストラに明るく話し掛けられ、ロークも初めて魔法戦士を見たような口振りで応じる。


 「き、君たちのお陰で思ったより早く片付きそうだ。これ、二人で分けて」

 依頼人が、長財布から高額紙幣を一枚出して、ロークに手渡した。

 「あっ、有難うございます。こ、こんなに、いいんですか?」

 依頼人は何も言わずに頷くと、自宅か実家か定かでない民家に向き直る。


 ロークがクラウストラに紙幣を渡すと、作業員の一人が恐る恐る聞いた。

 「君ら、あの駆除屋の知り合い?」

 「全然。今朝、ずっと向うのおうちで魔獣やっつけるとこ見てたら、道案内して欲しいって頼まれたんです」

 「えッ? それで魔法使いの頼みを引受けたのか?」

 「だって、学校は全然行けなくなったし、バイト先は潰れたし、父さんの仕事は減ったし、お先真っ暗ってカンジですもん」

 クラウストラが口を尖らせると、作業員は眉を下げた。

 「そっか。どこも大変だもんなぁ」


 他の作業員が囁き交わす。

 「前金、むちゃくちゃ高いと思ったけど、そんなコトなかったな」

 「あぁ。まさかあんないっぱい潜んでたなんて……」

 施主の視線に気付き、肩を(すく)めて口を(つぐ)む。


 ……やっぱ、高かったのか。


 前金があれなら、総額では中古の一戸建てが買える額だ。

 それをポンと出し、工事費も払えるのだから、依頼人はかなり裕福なのだろう。

 だが、ロークたちに対しては、護符の鑑定料と魔力充填料は、居ても居なくてもよさそうな道案内でいいと言った上、この金持ちの依頼人に現金を出させた。


 ……対価は相手の懐具合によって変えてるのかな。


 それをどうやって知るか不明だが、ある意味、良心的だ。


 アーテル陸軍対魔獣特殊作戦群は、学校に出現した無数の土魚(どぎょ)の駆除で手いっぱい。陸軍の通常部隊と消防のヘリは、庭に移動した土魚(どぎょ)のせいで家から出られなくなった住民の救助で忙殺される。


 ……どう考えても、戦争どころじゃないよな。


 アーテル共和国のポデレス政権も、星の(しるべ)アーテル支部も、魔獣駆除業者がランテルナ島だけでなく、マコデス共和国など外国から流入しても、特に目立った反応を示さない。


 「星の(しるべ)の人たち、前は自警団の活動してくれてましたけど、今回の件は」

 「シッ!」

 ロークが聞くと、作業員たちが身を縮め、依頼人が人差し指を唇に当てる。ロークとクラウストラは肩を竦めて大人たちに会釈し、顔を見合わせた。


 今朝、イグニカーンス市のバスターミナルで買った朝刊が未読なのを思い出し、鞄から出した。クラウストラは民家を注視して動かない。ロークは彼女に監視を任せ、紙面に目を通した。



 一面は、アーテル政府の土魚(どぎょ)対応だ。

 ポデレス政権の公式発表と、与党であるアーテル党幹部の談話が載る。


 土魚の大量出現による休校措置を早期に解除する為、陸軍の対魔獣特殊作戦群を集中投入。併せて、自宅に閉じ込められた要救助者の所在把握と食糧支援、救助を陸軍の通常部隊が担う。

 当面は、学校を全て通信教育に切替える。各地方の教育委員会へ、授業進度に合わせた教材の準備を指示した。


 国の責任に於いて、避難所として借り上げるホテルを増やす。

 敷地に植栽がある社屋や工場などは全て立入禁止、事業所には休業要請を出す。


 だが、実際に要救助者の所在把握を行うのは、地元自治体の警察、救助には消防のヘリも駆り出された。

 特に丸腰の消防隊員からの反発が強く、せめて各現場に通常部隊を派遣して救助隊を援護するよう、各地の首長から要望が上がる。


 野党はこぞって、軍の人員不足を小突き回した。


 アーテル軍は現在、高等学校や大学の中退者を中心に入隊希望者が殺到。ネモラリス共和国と交戦中であり、また、雇用の受け皿としても、病気や体格などの欠格事項に該当しない限り、来るもの拒まずの状態だ。


 しかし、訓練所が満員で待機中の者が多い。演習場にも土魚(どぎょ)が出現し、実践訓練できないのだ。座学で武器の扱いなどを教える日々が続く。

 書類上の人数だけなら充分だが、訓練を完了した新兵はまだ少なかった。


 謎の爆発や魔獣の出現などで、中堅やベテランを失った穴を埋めるには程遠い。軍用ヘリの操縦士など、養成に数年を要する隊員は補充が進まなかった。

 また、邪悪な魔法使いのテロリストによって、武器庫から多数の銃火器が盗まれたことも大きい。

 予算不足で小火器類の補充でさえ、必要数の八割にも届かなかった。


 魔獣が出現する現場には、徒手空拳の素人を派遣できず、実動部隊の人員不足は深刻だ。人員補充の目途が立たず、現場指揮官の焦りと兵員の疲労が募る。



 学校も同様だ。

 通信が回復しない地域では、政府から教委、教委から各学校、学校から各教員への連絡が全て郵送で日数が掛かる上、行き違いも多い。

 また、教職員にも土魚(どぎょ)による死傷者や、自宅に閉じ込められた者、避難所生活を送る者も居り、授業進度に合わせた通信教育用の教材準備が進まなかった。


 教材の原稿が完成した学校でも、印刷と発送が問題となる。

 大規模な工場は環境保護法に基づき、敷地面積に応じた緑地の設置義務があり、場内の駐車場は砂利敷きだ。タイヤを食い千切られて材料の供給に支障を来し、製紙工場や紙製品工場の多くが操業不能に陥った。

 中小規模の工場は、戦争による不況などで倒産が相次ぐ。

 輸入しようにも、通信途絶が影響し、印刷用紙、インク、封筒など、資材不足が深刻だ。

 印刷会社も倒産が多い。


 郵便の送達日数も、緑地や公園などを避ける為、余分に掛かった。

☆魔獣駆除業者が(中略)マコデス共和国など外国から流入……「1701.薄暗い可能性」→「1726.作戦前の共有」→「1733.業者に出会う」~「1737.感謝を捧げる」参照

☆星の(しるべ)の人たち、前は自警団の活動……「0953.怪しい黒い影」参照

☆高等学校や大学の中退者を中心に入隊希望者が殺到……「1652.空疎な図書館」「1657.甘~いお願い」「1659.足りない教材」「1682.参考書の寄付」参照

☆謎の爆発……「814.憂撃隊の略奪」~「816.魔哮砲の威力」「838.ゲリラの離反」~「840.本拠地の移転」「0956.フリグス基地」「864.隠された勝利」参照

☆魔獣の出現……アクイロー基地襲撃作戦「459.基地襲撃開始」~「466.ゲリラの帰還」参照

☆魔法使いのテロリストによって、武器庫から多数の銃火器が盗まれた……「0265.伝えない政策」「367.廃墟の拠点で」「814.憂撃隊の略奪」「0969.破壊後の基地」参照

☆印刷会社も倒産が多い……「1659.足りない教材」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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