1772.高額な駆除料
家主が自宅へ飛び込み、すぐに立派な彫刻が施された木箱を抱えて戻った。
蓋を開けて中身を見せる。銀器はどれも黒ずんで光沢がなかった。
「先祖代々伝わる銀器です」
「へぇー。これ、【保温】の呪印があるけど、魔法の品って知ってた?」
「えッ? ひっいっ、いいえ、全然! 全く!」
キルクルス教徒の男性が顔色を失い、木箱を落としかける。ロークは慌てて木箱を支えた。
何の術か知らないが、確かにスープ皿の縁には力ある言葉の刻印がある。
「力なき民が持ってたって何の効果もない。宝の持ち腐れだよ」
オリョールはポケットから小さな巾着袋を出し、両手で抱える大きさの立派な木箱を押し込んだ。
「えッ……」
「えぇえぇえーッ?」
家主とクラウストラが驚きの声を上げ、ロークも一拍遅れて息を呑む。
クラウストラが早口に聞いた。
「えッ? ちょっ、これ何でこんな小さい袋に? 箱、どこに消えたんです?」
「これは【無尽袋】って言って、見た目以上にたくさん入る魔法の袋だよ」
「えー、スゴーい。便利ー」
「ちょッ、君! そんなコト、星の標に聞かれでもしたら……」
クラウストラが感心してみせると、オリョールに土魚の駆除を依頼した男性が、周囲を窺いながら小声で窘めた。
「タイル屋さんも、駆除屋さんのお陰で儲かってるんだし、チクったりしませんよねーえ?」
左官屋たちは曖昧に笑って作業を続ける。
オリョールは【無尽袋】を作業服のポケットに捻じ込み、ポンと手を叩いた。
「あー、ハイハイ。ここ終わり。次、案内して」
印付きの地図アプリを見せられ、ロークは無言で方向を指差した。
次の現場は、教会の手前にある民家だ。
教会の尖塔を目印にすれば案内は要らないが、オリョールは帰っていいとは言わなかった。
この住宅街は比較的裕福な中流家庭が多く、スキーヌムの実家程ではないが、そこそこ立派な庭付き一戸建てが並ぶ。
門扉を閉めない決まりでもあるのか、どこも玄関先がよく見えた。
門から玄関まで、セメントやモルタルで固めた家が多い。元々そうなのか、土魚の発生を受けて急遽そうしたのか不明だ。そこがキレイな石畳やタイルの家では、二階の物干し場で洗濯物がはためく。
現場は、生垣と芝生の庭に囲まれた民家だ。
土魚の件で近所迷惑になり、肩身が狭いのだろう。
家の前にはコンクリートミキサー車が待機し、チェーンソーを持った作業員と、木製の型枠を準備する職人が居た。
路上駐車の乗用車から、身形のいい中年男性が降り、オリョールを見詰める。
「おはようございまーす。駆除屋でーす」
オリョールは、依頼人に愛想よく手を振った。ランテルナ島に隠された別荘に居た頃からは、全く想像が付かない陽気な笑顔だ。
視界の端で何かが動いた。
ロークが目を向けると、二軒離れた二階の窓から、住人が顔を出すのが見えた。隣近所を見回すと、窓を閉めたままカーテンを細く開けてこちらを窺う視線が幾つもある。
「現金払いは前金八割ですけど、用意できました?」
依頼人は助手席を開け、食パン一斤が入る大きさの紙袋を無言で差し出した。内容物は、それなりの重量があるようだ。
オリョールが、無造作に札束を掴み出してペラペラ捲る。作業員たちの目は、魔獣駆除業者の手元に釘付けだ。
確認を終えたものは剥き身で【無尽袋】に入れる。札束は全部で八本。依頼人の顔は暗い。
「はい確かに。じゃ、今の時点で庭に居る土魚を全部始末して、庭全体に【簡易結界】を敷いて、家の中に居る双頭狼を倒して、後の清掃もするけど、何か質問ある?」
「両親と祖母……い、遺体の回収は、別料金なんですか?」
依頼人は初めて口を開いたが、その声は震え、今にも消えそうだ。
「ないよ」
「えっ? 無料でして下さるんですか?」
「死体を扉に魔物が涌いて、その死体を食って受肉して、魔獣化したのに死体なんてあるワケないだろ」
依頼人は石を呑んだように黙った。
作業員たちが気マズそうに顔を見合わせる。
「仮にどっか他所で涌いた魔物が侵入したとしても、あいつらは髪の毛一本残さず食うんだ。今頃行っても何も残ってないって」
オリョールは、作業服のポケットに【無尽袋】を片付け、空の紙袋を依頼人に返した。
「はい。土魚の駆除始めるから退がって。あ、その子たちはさっき雇った道案内のバイト。二人のお陰で三十分も早く着いたんだ」
依頼人がロークとクラウストラを見る。
「感謝の気持ちくらい、渡してもいいんじゃないか?」
それだけ言うと、オリョールは玄関に向き直り、生の鶏肉を敷地に投げ込んだ。
門から玄関までに敷かれた玉砂利を跳ね上げ、土魚の群が殺到する。
オリョールは一度の詠唱で十本近い【光の矢】を放ち、全て屠った。
一匹一匹が大人の爪先から足の付け根くらいまである大型魚だが、魔獣としては小型で、弱い部類に入る。
今回は存在の核を射抜かず、落ちた肉片で防犯用の玉砂利が血に染まった。
作業員たちは身を寄せ合って血溜まりを見詰め、依頼人もバイト代の話をするどころではない。
玉砂利に隣接する芝生が盛り上がり、土魚が飛び出した。
血臭に土の匂いが混じる。
オリョールは、共食いしに現れた土魚の群を【光の矢】で難なく一掃した。千切れた死骸が、血飛沫を撒き散らしながら芝生に落ちる。
魔法戦士オリョール自身は歩道から動かず、【光の矢】が意思を持つように軌道を曲げ、魚型の魔獣を正確に射抜く。
芝生に肉片が次々落ち、生垣の葉を血の雨が叩く。
共食い狙いの土魚が次々現れ、オリョールはその度に造作もなく倒した。
十五分も掛からず、歩道に面した前庭の駆除を終え、【無尽の瓶】から水を起ち上げる。水流が巨大な蛇のように土魚の死骸と血痕を呑み、芝生の一カ所に吐き出した。
オリョールは水を仕舞うと、金属棒で死骸の山を囲み、芝生諸共【炉】の術で灰に変えた。
☆スキーヌムの実家……「801.優等生の帰郷」参照




