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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十五章 倚伏

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1817/3515

1772.高額な駆除料

 家主が自宅へ飛び込み、すぐに立派な彫刻が施された木箱を抱えて戻った。


 蓋を開けて中身を見せる。銀器はどれも黒ずんで光沢がなかった。

 「先祖代々伝わる銀器です」

 「へぇー。これ、【保温】の呪印があるけど、魔法の品って知ってた?」

 「えッ? ひっいっ、いいえ、全然! 全く!」

 キルクルス教徒の男性が顔色を失い、木箱を落としかける。ロークは慌てて木箱を支えた。


 何の術か知らないが、確かにスープ皿の縁には力ある言葉の刻印がある。


 「力なき民が持ってたって何の効果もない。宝の持ち腐れだよ」

 オリョールはポケットから小さな巾着袋を出し、両手で抱える大きさの立派な木箱を押し込んだ。

 「えッ……」

 「えぇえぇえーッ?」

 家主とクラウストラが驚きの声を上げ、ロークも一拍遅れて息を呑む。


 クラウストラが早口に聞いた。

 「えッ? ちょっ、これ何でこんな小さい袋に? 箱、どこに消えたんです?」

 「これは【無尽袋】って言って、見た目以上にたくさん入る魔法の袋だよ」

 「えー、スゴーい。便利ー」

 「ちょッ、君! そんなコト、星の(しるべ)に聞かれでもしたら……」

 クラウストラが感心してみせると、オリョールに土魚(どぎょ)の駆除を依頼した男性が、周囲を窺いながら小声で(たしな)めた。


 「タイル屋さんも、駆除屋さんのお陰で儲かってるんだし、チクったりしませんよねーえ?」

 左官屋たちは曖昧に笑って作業を続ける。

 オリョールは【無尽袋】を作業服のポケットに捻じ込み、ポンと手を叩いた。

 「あー、ハイハイ。ここ終わり。次、案内して」

 印付きの地図アプリを見せられ、ロークは無言で方向を指差した。



 次の現場は、教会の手前にある民家だ。

 教会の尖塔を目印にすれば案内は要らないが、オリョールは帰っていいとは言わなかった。

 この住宅街は比較的裕福な中流家庭が多く、スキーヌムの実家程ではないが、そこそこ立派な庭付き一戸建てが並ぶ。

 門扉を閉めない決まりでもあるのか、どこも玄関先がよく見えた。

 門から玄関まで、セメントやモルタルで固めた家が多い。元々そうなのか、土魚(どぎょ)の発生を受けて急遽そうしたのか不明だ。そこがキレイな石畳やタイルの家では、二階の物干し場で洗濯物がはためく。



 現場は、生垣と芝生の庭に囲まれた民家だ。

 土魚(どぎょ)の件で近所迷惑になり、肩身が狭いのだろう。

 家の前にはコンクリートミキサー車が待機し、チェーンソーを持った作業員と、木製の型枠を準備する職人が居た。

 路上駐車の乗用車から、身形のいい中年男性が降り、オリョールを見詰める。


 「おはようございまーす。駆除屋でーす」

 オリョールは、依頼人に愛想よく手を振った。ランテルナ島に隠された別荘に居た頃からは、全く想像が付かない陽気な笑顔だ。


 視界の端で何かが動いた。

 ロークが目を向けると、二軒離れた二階の窓から、住人が顔を出すのが見えた。隣近所を見回すと、窓を閉めたままカーテンを細く開けてこちらを窺う視線が幾つもある。


 「現金払いは前金八割ですけど、用意できました?」

 依頼人は助手席を開け、食パン一斤が入る大きさの紙袋を無言で差し出した。内容物は、それなりの重量があるようだ。

 オリョールが、無造作に札束を掴み出してペラペラ捲る。作業員たちの目は、魔獣駆除業者の手元に釘付けだ。

 確認を終えたものは剥き身で【無尽袋】に入れる。札束は全部で八本。依頼人の顔は暗い。


 「はい確かに。じゃ、今の時点で庭に居る土魚(どぎょ)を全部始末して、庭全体に【簡易結界】を敷いて、家の中に居る双頭狼を倒して、後の清掃もするけど、何か質問ある?」

 「両親と祖母……い、遺体の回収は、別料金なんですか?」

 依頼人は初めて口を開いたが、その声は震え、今にも消えそうだ。


 「ないよ」

 「えっ? 無料でして下さるんですか?」

 「死体を扉に魔物が涌いて、その死体を食って受肉して、魔獣化したのに死体なんてあるワケないだろ」

 依頼人は石を呑んだように黙った。

 作業員たちが気マズそうに顔を見合わせる。


 「仮にどっか他所で涌いた魔物が侵入したとしても、あいつらは髪の毛一本残さず食うんだ。今頃行っても何も残ってないって」

 オリョールは、作業服のポケットに【無尽袋】を片付け、空の紙袋を依頼人に返した。

 「はい。土魚(どぎょ)の駆除始めるから退()がって。あ、その子たちはさっき雇った道案内のバイト。二人のお陰で三十分も早く着いたんだ」

 依頼人がロークとクラウストラを見る。

 「感謝の気持ちくらい、渡してもいいんじゃないか?」

 それだけ言うと、オリョールは玄関に向き直り、生の鶏肉を敷地に投げ込んだ。


 門から玄関までに敷かれた玉砂利を跳ね上げ、土魚(どぎょ)の群が殺到する。

 オリョールは一度の詠唱で十本近い【光の矢】を放ち、全て屠った。

 一匹一匹が大人の爪先から足の付け根くらいまである大型魚だが、魔獣としては小型で、弱い部類に入る。

 今回は存在の核を射抜かず、落ちた肉片で防犯用の玉砂利が血に染まった。


 作業員たちは身を寄せ合って血溜まりを見詰め、依頼人もバイト代の話をするどころではない。


 玉砂利に隣接する芝生が盛り上がり、土魚(どぎょ)が飛び出した。

 血臭に土の匂いが混じる。

 オリョールは、共食いしに現れた土魚(どぎょ)の群を【光の矢】で難なく一掃した。千切れた死骸が、血飛沫を撒き散らしながら芝生に落ちる。


 魔法戦士オリョール自身は歩道から動かず、【光の矢】が意思を持つように軌道を曲げ、魚型の魔獣を正確に射抜く。

 芝生に肉片が次々落ち、生垣の葉を血の雨が叩く。

 共食い狙いの土魚(どぎょ)が次々現れ、オリョールはその度に造作もなく倒した。



 十五分も掛からず、歩道に面した前庭の駆除を終え、【無尽の瓶】から水を起ち上げる。水流が巨大な蛇のように土魚(どぎょ)の死骸と血痕を呑み、芝生の一カ所に吐き出した。

 オリョールは水を仕舞うと、金属棒で死骸の山を囲み、芝生諸共【炉】の術で灰に変えた。

☆スキーヌムの実家……「801.優等生の帰郷」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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