1770.駆除屋の正体
防禦の呪文と呪印が施された作業服に身を包む魔獣駆除業者の姿は、アーテル本土の街でもすっかり見慣れた存在になった。
民家の門前に魔獣駆除業者が一人。傍らで左官屋が二人、セメントを捏ねる。
茶髪の駆除業者が、ビニール袋から掴み出した鶏肉を一切れ門内に投げ込んだ。
庭土から土魚の群が飛び出し、土埃が舞い上がる。【光の矢】が五匹同時に射抜き、少し離れた所から見守る家主が息を呑んだ。
五匹とも存在の核を射抜かれ、灰となって散る。
若い駆除業者は、立て続けに五匹、六匹と倒した。
落ちて土塗れになった鶏肉を袋へ戻し、伸縮式の金属棒で門から玄関までの空間を囲む線を引く。
囲みの真ん中に立ち、すっかり聞き慣れた【簡易結界】の呪文を唱えた。
「終わりました。念の為、この線の範囲内で作業して、効果は一日なんで今日中に終わらせて下さい」
「了解」
左官屋の一人が、車幅と同じくらいの幅の木枠を置き、土の地面にセメントを塗る。もう一人がセメントの上に石のタイルを敷き始めた。
ロークは、拍手で振り向いた魔獣駆除業者の顔をまじまじと見た。
……聞き覚えのある声だと思ったら、やっぱり!
「駆除の対価は、現金でもいいし、旦那さんの腕時計と奥さんの首飾りでもいいですよ」
駆除業者が、顔を見合わせた夫婦に現金価格を告げる。
ネモラリス共和国なら、新品の乗用車が一台買える額だ。
夫が腕時計を外すと、妻が目を剥いた。
「あなた、それ、お祖父ちゃんの形見なんでしょ?」
「会社が倒産して、いつ再就職できるかわからんのにそんな大金、出せるワケないだろ」
「でも……」
「思い出なら、覚えてる。今は先の生活のことを考えろ」
「でも……」
「いいから早く首飾りを渡すんだ」
夫の強い口調で、妻は宝石の付いた首飾りを渋々外した。
「まいどー」
魔獣駆除業者に扮した警備員オリョールは、腕時計と首飾りを無造作に作業服のポケットに突っこんで、歩き始めた。
ロークはいつも通り【化粧】の首飾りで顔を変えてある。クラウストラは元より面識がない。
ネモラリス憂撃隊のリーダーです。
ロークはタブレット端末をつつき、テキストを示した。
クラウストラは頷いたが、無言でオリョールの後ろ姿を見送る。
追跡するが、一言も喋らないように。
クラウストラも端末にテキストを表示させ、早足で歩き始めた。
すぐ追いつき、遠慮がちに声を掛ける。
「あ、あの、駆除屋さん」
「ん? あっ、さっき見てたコたち?」
オリョールは歩みを止めず、クラウストラに愛想よく応じた。
……この人、営業スマイルできるのか。
武闘派ゲリラの意外な一面に驚いたが、指示通り、声には出さない。
「駆除屋さんって、ホントに強い魔法使いなんですね」
「ん? 駆除の依頼? 今週は予約埋まってて、えっと……」
オリョールは別のポケットからタブレット端末を取り出し、慣れた手つきで予定管理アプリを起動した。
「十日後の午後以降なら大丈夫だけど」
「駆除じゃなくて、見て欲しいものがあるんですけど、いいですか?」
「何を見ンの?」
オリョールは、画面を地図アプリに切替え、歩みを止めずに聞き返した。
「ランテルナ島から来たって言う人がウチに来たらしくて、お祖母ちゃんが土魚除けのお守りって言うのを家族みんなの分、買っちゃったんですよ」
クラウストラに肘で小突かれ、ロークはポケットから財布を出した。ヴィユノークが作ってくれた護符を掌に乗せ、オリョールを見る。
「ちょっと貸してもらっていい?」
ロークが頷くと、オリョールは護符をひょいっと摘み上げ、袋の中身を出した。魔法戦士の掌に転がり出た途端、【水晶】に魔力が充填され、淡い光を宿す。
「この半透明の石は【魔力の水晶】で、こっちの袋が護符。ちゃんとした【魔除け】で、この【水晶】の魔力で作動させる仕組みだな。ハイ、鑑定料と【水晶】の魔力充填料!」
オリョールは空いた方の手を差し出した。
クラウストラが半笑いで困った声を出す。
「えぇー? おカネ取るんですかぁ? ちょっと見ただけなのに?」
「知識の習得にはおカネが掛かるんだよ」
高校生の小遣いでもギリギリ出せそうな額を告げた。
「あっちじゃ、魔力の充填ってバイトもあるんだぞ」
「あっちって、お兄さん、どこから来たんですか?」
「ランテルナ島の方から来たんだ」
オリョールは、【水晶】を護符の袋に戻したが、片手で握り込んで返さない。
「島の人も端末使うんですね。意外ー」
「そうかな? 知らないとこには術で飛べないし、あればいろいろ便利だよ」
「術で跳ぶって何ですか?」
クラウストラが、魔法を知らない力なき民のアーテル人のフリで聞く。
「よく知ってる場所には、魔法で行き来できるんだよ」
「あ、スゴい。便利。じゃあ、バス代とか要らないんですね」
「まぁね。ちゃんと宿賃払うって言っても、こっちのホテルが泊めてくれないからなんだけど」
「あっ……何か……ゴメンなさい。助けてもらってるのにケチで」
「君が謝らなくてもいいよ。大人……偉い人が決めたコトだ」
オリョールは、唇に淋しげな微笑を浮かべた。
「それと、もうひとつゴメンなさい。お父さんの仕事が減って、私たちもバイトがなくなって、今の手持ち、半分しかないんです」
「えぇ? じゃあ、これ、もらっちゃっていい?」
「次の場所ってわかります? 道案内するんで、負けてもらえませんか?」
クラウストラが拝むような顔で頼み込むと、オリョールは無言で次の街区まで歩いて、ようやく口を開いた。
「わかった。じゃあ、今日の残り、全部付き合ってくれたら返したげよう」
ロークは、心配顔でクラウストラの袖を引いたが、彼女は気にせず礼を言う。
「日が暮れるまでには終わるから、心配ないよ。全部この近所だし」
「まぁ、ちょっとくらい遅くなっても、バスで帰れば平気です」
「モノが土魚だけなら、土が出てるとこに近付かなければ心配ないよ」
オリョールにやさしく声を掛けられ、ロークは複雑な思いを押し殺して、無言で頷いた。
クラウストラとロークが今日、財布に入れて来たアーテル共和国の現金が、二人合わせて言い値の半分しかないのは事実だ。
どんな基準で価格設定したのか。
そもそも相場が不明だが、先日出会ったマコデス共和国から来た業者に比べ、オリョールが要求した土魚の駆除費用と【簡易結界】の費用は、随分高かった。




