1769.商売人と約束
「開戦前は、紙の新聞で実行する人がそれなりに居ましたよね?」
国営放送アナウンサーのジョールチに聞かれ、マチャジーナ市商店連合会の代表者たちが、生気を取り戻した。
「全国紙五紙、経済紙一紙、地方紙一紙、業界紙三紙……あ、ホントだ」
指折り数えた男性店主がパッと顔を明るくし、年配の女性店主が頷く。
「そう言えば、会社勤めのお客さんたちも、喫茶店で新聞を見比べてたわね」
「いっぱい潰れたし、報道規制で、どこも似たようなコトしか書かなくなったから、ウチは勿体なくて新聞減らしたけどな」
飲食店か喫茶店の代表者の一言で、会議室が凍りつく。
……よく考えたら、ファーキル君って、中学生の頃から凄いコトしてたんだな。
レノは、今もアミトスチグマ王国のマリャーナ宅で、大量に集まる情報を精査、分類するファーキルの顔を思い出した。
「だから、みんなでおカネを出し合って、一式揃えたんじゃないの」
若く見える男性店主が、空元気を出す。
副会長が彼に微笑を向け、すぐ真顔に戻ってジョールチに向き直った。
「ジョールチさん、インターネットでの情報収集のコツをもう少し詳しく教えていただけませんか?」
「詳しくとなりますと、資料の準備などでお時間いただきたいのですが」
「勿論、放送が終わってからでいいですよ」
「いつ頃がよろしいですか?」
会長に聞かれ、ジョールチは少し考えて答えた。
「今週の日曜は、取材予定があります。来週日曜は倉庫街、再来週の日曜は神殿で放送予定で、商店街での放送は四週間後を目途に考えております」
「早めに広告を出稿すれば、他の二カ所でもお店の宣伝を放送できますよ」
レノが何か言わなければと慌てて付け足すと、ラゾールニクも続いた。
「告知のポスターを店頭に貼れば、それを見る人が立ち止りやすくなります」
「あなた、物販の責任者なんですよね?」
「は、はい」
年配の女性店主に声を掛けられ、レノは背筋を伸ばした。
「神殿と倉庫街の放送で、商店街の有志に出店をさせてもらえない?」
「えぇーっと……勝手に決められないんで、神殿と倉庫会社の偉い人に相談させて下さい」
「明日また参ります。出店の数と業種と売り物を一覧にまとめて下さい。それを基に放送場所の責任者のみなさんと相談致します」
しどろもどろに答えたレノをジョールチが助けてくれた。
「そうですね。インターネットの講習会も、参加者を改めて募集しますので、一カ月後と言うことで、よろしいですか?」
会長の確認に了承し、三人は商店連合会の事務所から、マチャジーナ市役所の駐車場へ戻った。
役所が昼休みになった直後で、職員が庁舎からぞろぞろ出て来る。
「あ、ジョールチさん、こんにちは」
「こんにちは。お疲れ様です」
職員が次々に声を掛け、何人かは駐車場に足を留めた。
「ジョールチさんが臨時政府側の人じゃないってわかって安心しました」
「陸の民にも、臨時政府に対抗する人が居るの、心強いです」
「早いとこ、クレーヴェルで新しい国造りの案がまとまればいいんですけど」
「内容をご存知なのですか?」
ジョールチが聞くと、職員たちは首を横に振った。
「イズムルート先生は毎月、地元に帰って報告会をして下さるんですけど」
「まだ全然、本決まりじゃなくて、地元の意見を聞いて国会で審議を重ねてる段階だそうで、たくさん案が出ては消えて、また新しい案が出ての繰り返しなんですよ」
「例えば、どんな法案ですか?」
「最近聞いた大きい案は、湖の民と陸の民の住み分けですね」
「でも、信仰の件で、湖の民の主神派や、陸の民の湖の女神派、他の神々の信者をどうするかで揉めているそうです」
「住み分けを推進したい議員は、体質と銅の件を引き合いに頑張っているようですが」
「国内の銅山はクブルム山脈にしかなくて、付近は湖の女神派の陸の民が多いので、そこを丸ごと切り捨てる案はいかがなものかと」
マチャジーナ市職員たちが難しい顔をする。
……えっ? クレーヴェルで今、そんな話してんの?
トラックの荷台に上がりかけたレノは固まった。
ネーニア島でネモラリスが領有する銅山は、クブルム山脈の北側、レノの故郷ゼルノー市のピスチャーニク区にある。
レノの一家は、湖の女神パニセア・ユニ・フローラを信仰する陸の民だ。
ジョールチの隣に戻って話に加わる。
「でも、あの辺って、空襲が酷くて立入禁止で、今、誰も住んでませんよね?」
「今はそうでも、戦争が終われば、国内外に避難した人たちは戻りますよね?」
「えぇ。戻るつもりですけど」
「えッ? ゼルノー市の方なんですか?」
緑髪の市役所職員たちが驚く。
レノは空襲から放送を手伝うまでの経緯を掻い摘んで説明した。
「ネーニア島は今、政府軍が防壁の復旧工事とかしてて、業者の人しか入れない街が多いんですけど、解放軍はネーニア島も含めて考えてるってコトですか?」
「私たちも、イズムルート先生から断片的にしか情報をいただいていないので、詳しくは知らないんですよ」
「国会では一応、現在のネモラリス共和国と同じ範囲で考えているみたいですけどね」
「ネーニア島を手放すと、銅が全て輸入になるのが厳しいですし」
「今はまだ、開戦前までの在庫でなんとかなっているようですが」
「それもあって、政府軍はあの辺りの復興を急いでるのではないでしょうか」
職員たちが、ネミュス解放軍についた国会議員から得た情報を基に導き出した独自の分析をここぞとばかりに披露する。
「アーテルとの戦争が終わった後、今度は解放軍と政府軍で本格的な内戦になる可能性があるんですよね」
「どちらも将軍はラキュス・ネーニア家のお方だから、和解できる可能性もあるけど」
「あ、お昼まだなんで、失礼します!」
腕時計に目を遣った職員が小さく手を振ると、他の者もぞろぞろ市役所の駐車場を出た。




