1768.真偽の見極め
「ジョールチさんは、タブレット端末をお持ちではないのですか?」
マチャジーナ市商店連合会の会長が、さらりと聞く。レノはギョッとして緑髪の女性を見た。
集まった業種別代表者は、みんな湖の民だ。
ラゾールニクがポケットを探り、タブレット端末をひょいっと出す。
「俺が持ってますよ。この辺の国でインターネットがないのって、ネモラリスとスクートゥムくらいなモンなんで、ないと取材になんないんですよね」
地域密着の商店主たちが、フリージャーナリストのフリで答えた金髪の青年に納得の視線を向け、小さく顎を引く。
「衛星移動体通信の設備が一式あれば、ネモラリス島からでも接続できますよ」
「このくらいの鞄に一式まとめて入って、持ち運びにも便利いいんですけど」
店主の一人が宙にA3判くらいの長方形を描いて言う。
……あれっ? この人たち、もしかして、持ってる?
レノの驚きを他所にジョールチが首を振る。
「残念ながら、非常に高価ですので、手が届かないのですよ」
「放送は有料じゃないんですか?」
「行く先々で企業や個人事業主の方々と交渉して、番組の途中で広告を流しております」
「広告代、そんな安いんですか?」
数人の店主が目を丸くする。
「燃料や食料などを現物でいただくことが多いですね。国内では、現金よりそちらの方が助かりますし」
「それでは、実費だけで?」
年配の男性店主が、何やら乗り気の顔で聞く。
「俺らがたくさん下さいったって、今、国内にそんな余裕のあるとこ、ありませんからね」
ラゾールニクが軽く流すと、店主たちが難しい顔で同意した。
「まぁね。ここも、空襲こそありませんでしたけど、戦争のせいで廃業が増えましたし、今は持ち堪えている店も、この先どうなりますことか」
「ラクリマリス王家の湖上封鎖と、シェラタン当主様が迎撃して下さったお陰で空襲は止みましたけど」
「どうせ手も足も出ないんだから、アーテルはさっさと戦争やめりゃいいのに」
「何でアル・ジャディ将軍は、アーテル軍に降伏勧告なさらないんだか」
……そうだよなぁ。
レノも、それが不思議でならない。
ネモラリス軍にはそもそも、交戦の意思がなく、アーテル軍の攻撃に対して防戦一方だった。
ようやく重い腰を上げたと知り、警備員ジャーニトルら少数のゲリラが、ネモラリス憂撃隊を抜けたのだ。
アーテル軍は、ラクリマリス王国による湖上封鎖と何者かによる基地の破壊で、ミサイル以外では、ネモラリス領に直接攻撃できなくなった。
アクイロー基地だけは、後に「ネモラリス憂撃隊」と名乗る武闘派ゲリラの仕業だが、他はよくわからない。
状況から考えれば、ネモラリス軍による奇襲攻撃の筈だが、何故か戦禍の発表も降伏勧告もしなかった。
だが、空襲は一年以上ない。
湖底ケーブルの破断などによる通信途絶で、アーテル共和国は経済的にボロボロだ。更に本土で魔獣が大量に出現し、人間の国と戦争するどころではなくなった。
……何でどっちも、戦争やめようって言わないんだ?
「私たちが得られる情報からは、双方が和平交渉を行う気配すらない理由まではわかりません」
「インターネットのニュースでは、アーテル側が第三国を経由して、和平交渉を持ちかけたのに臨時政府に無視されたとありましたが」
副会長が眉間に皺を寄せて言う。
ジョールチが、肩の力を抜いた調子で確認した。
「インターネットの設備をお持ちなのですね」
「月々の支払いもありますし、連合会の共同購入ですが」
会長が認め、ラゾールニクを見る。
「それ、星光新聞の虚報ですよ」
「えッ?」
店主たちの目が、フリージャーナリストのフリをする若者に集まる。
「星光新聞は、キルクルス教徒向けの新聞です。本社はバルバツム連邦にありますが、世界中で現地語版が発行されています。インターネットでは、各国版を共通語訳して世界に配信しております」
「星光新聞アーテル版が、アーテル政府の一方的な言い分だけ載せたんですよ。インターネット導入済みの国に置かれたネモラリス大使館……少なくとも、駐アミトスチグマ王国大使館の関係者は、そんなハナシ聞いてないそうです」
ジョールチが予備知識を語り、ラゾールニクが経緯を簡単に説明する。
情報の出し方について、事前に打ち合わせなどしなかったが、二人の息はぴったりだ。
会長と副会長が身を乗り出す。
「それは……本当ですか?」
「あの記事では、ディケアに仲介を依頼したとありましたが、ネモラリス共和国は、開戦前からずっとディケア共和国とは国交がありません」
「あッ……!」
「仮にインターネットに呼掛けを載せたとしても、ネモラリス本国からは閲覧できません」
「伝わらない手段で一方的に言って、無視されたって被害者面すんのってどう考えてもおかしいよな。一国の政府がやるコトじゃない」
レノは、報告書を呼んでもピンとこなかったが、今の話でやっとわかった。
「本気で和平交渉したいなら、双方と国交のある第三国か、国連に仲裁を依頼する筈です」
「何の為にそんな偽情報を流したんです?」
店主の一人が、不安げな目を泳がせて聞く。
ジョールチは、いつものニュースと同じ声で答えた。
「ここで私の推測を語っても、アーテル政府の真意を言い当てられるとは限りません。それよりも、インターネットで情報収集される場合は、偽情報に振り回されないよう、くれぐれもご注意下さい」
「ジョールチさんたちは、どうやって嘘かホントか見分けてるんです?」
年配の女性店主が、縋るような目で食い下がった。
「今、ご説明した通り、情報を鵜呑みにせず、ひとつひとつ精査して、不審点があれば更に詳しく、様々な角度から再調査します」
「例えば、戦争のニュースだったら、当事国双方の言い分に食い違いがないか、政府系報道機関と民間で同じニュースを比べたり、第三国に本社がある報道機関のニュースと比べたり、世界中に支社や支局がある通信社のニュースを何社も比較したり、大使館の報道発表だけじゃなくて、SNSで小出しにする情報とか、国際的な企業の動きも全部拾って見比べて」
ジョールチの簡単な説明にラゾールニクが詳細を付け加えると、店主たちは顔色を失った。
☆シェラタン当主様が迎撃……「309.生贄と無人機」「326.生贄の慰霊祭」参照
☆ようやく重い腰を上げたと知り、警備員ジャーニトルら少数のゲリラが、ネモラリス憂撃隊を抜けた……「837.憂撃隊と交渉」「838.ゲリラの離反」参照
☆何者かによる基地の破壊
イグニカーンス基地「814.憂撃隊の略奪」~「816.魔哮砲の威力」
ベラーンス基地/テールム基地「838.ゲリラの離反」~「840.本拠地の移転」
フリグス基地「0956.フリグス基地」
☆アクイロー基地……「459.基地襲撃開始」~「466.ゲリラの帰還」参照
☆何故か戦禍の発表も降伏勧告もしなかった……「864.隠された勝利」参照
☆湖底ケーブルの破断などによる通信途絶……「1218.通信網の破壊」~「1222.水底を流れる」「1223.繋がらない日」~「1225.ラジオの情報」参照
☆インターネットのニュースでは(中略)臨時政府に無視された……「1214.偽のニュース」「1291.庶民の恨み節」「1295.住宅街で聞く」「1346.安定には遠く」参照
☆星光新聞……「1107.伝わった事件」参照




