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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十四章 旧染

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1766.進展する支援

 集会所前での質疑応答を終え、アサコール党首とファーキルは、難民キャンプ第三十一区画の診療所に移動した。


 どの区画の診療所も、来る度にいつも長蛇の列だ。諦めて受診しない傷病者が多いのも頷ける。人員も医薬品も医療機器も、すべてが全く足りなかった。


 だが、これでもかなりマシになった方だ。

 パテンス市医師会とアミトスチグマ王国医師会の有志が、今も巡回診療を続け、半年に一度は健診車も出してくれる。

 アミトスチグマ人だけでなく、呪医セプテントリオーら、難民キャンプ外で暮らすネモラリス人の医療者たちも、難民キャンプの各診療所を巡回する。


 難民キャンプ在住の医療者には、各区画に分かれて家族で定住してもらった。

 看護師は、すべての区画に常駐する。診療科目に偏りは出るが、呪医、科学の医師、薬師(くすし)、科学の薬剤師、保健師が、最低一人は常駐する体制が整い、医療者たちの負担がやや減った。


 医学の素人も、有志が呪歌【癒しの風】の訓練を積み、浅い火傷や爪が割れたなど、ちょっとした外傷を癒せるようになった。

 看護師が診て、診療所と呪歌に振り分ける。【防音】などの術を施した呪歌専用の小屋も建てられ、軽傷患者を治療する負担が減った。


 亡命議員たちが手分けして毎日、難民キャンプを訪問し、カルテと医薬品の在庫を撮影する。このデータを基に少ない医薬品を効率よく分配する仕組みもできた。



 今日は、第三十一診療所に巡回診療の医療者が一人も来ない日で、いつにも増して忙しい。

 アサコール党首とファーキルは、目が合った看護師に会釈した。看護師が視線で薬品棚を示す。極力、邪魔にならないよう、薬品棚の前へ移動した。


 ファーキルは、第三十一区画用の【無尽袋】を逆さに振って医薬品の段ボールを出した。転がり出た三箱を棚の前に置き直す。タブレット端末で在庫の現物を撮影し、次に持って来る為の情報を記録した。


 アサコール党首は、隣の棚からカルテを抜いて、一枚ずつ撮影する。

 夏の都へ戻ってから、アミトスチグマ王国医師会に送信し、電子カルテに入力してもらうのだ。

 巡回診療するアミトスチグマ人の医療者は、事前に電子カルテで患者の病状を把握してから、難民キャンプ入りできた。


 アミトスチグマ王国も、呪医や薬師(くすし)は人手不足だ。巡回で来られる者は少ない。

 科学の医療者は、巡回診療車や健診車が進入できる区画までは来てくれるが、そこより奥は身の安全が保証できない為、無理強いはできない。


 難民キャンプまで来られない科学の医師や薬剤師も、電子カルテのデータを基に優先的に購入した方がいい医薬品を助言してくれる。

 ファーキルたちは資金不足で、助言通りの薬を揃えられないことが多かった。


 ……今回の分は、種類はなんとかなったけど。


 一種類当たりの量は、一人分の一日分から、多くても三日分程度しかない。

 今回も、薬品棚のからっぽになった段には、「診療所側が欲しい薬」の一覧メモが置いてあった。メモに対しては八割くらい調達できたが、難民の人数に対して、薬品棚はあまりにも小さい。


 ……同じ種類をたくさん持って来て、特定の病気を先に治して患者さんを減らした方がいいのかな?


 だが、それをすれば、他の病気の患者がこの世から居なくなって人数が減ってしまう。

 量は足りなくても、なるべく多くの患者が、どうにか命を繋げられる現在のやり方を続けるしかなかった。



 ファーキルは一覧を撮って、カルテ撮影の手伝いに移る。

 アサコール党首が上段から始めたので、ファーキルは下段からだ。


 電子カルテの入力作業は、難民キャンプ開設当初、王国医師会の事務員がボランティアで当たった。

 今年からは、難民支援事業として、縁故を頼ってアミトスチグマ王国の街へ避難したネモラリス人が、作業に(たずさ)わる。


 タイプライターの使用経験がある元事務員が三人、王国医師会にパートタイマーとして採用された。

 原資は、クラウドファンディングで集めた募金だ。

 専用のパソコン購入と、医療事務の研修で半分以上が費えた。

 社会保険料などは医師会が半分負担するが、月々の賃金は、生活費を賄うには厳しい額だ。


 ファーキルは、真実を探す旅人のアカウントで繰り返し、王国医師会のクラウドファンディングページを拡散する。

 重要だが、地味な案件だからか、拡散の規模に対して寄付は低調だ。寄付の見返りが、税の控除と、難民キャンプで採集した草花で作った栞だけなのも厳しい。


 ……でも、パソコンと医療事務の研修を受けられたし、実務経験もできたから、次の就職に繋げやすくなったよな?


 だからと言って、時給が最低賃金ギリギリで、パートで働ける時間数が寄付額に応じて変動する不安定さを受忍できるものではない。


 ……やっぱ、平和になるのが一番いいんだけど。


 ファーキルの手許に集まった情報を見る限り、ネモラリス共和国とアーテル共和国の溝が更に深まったように思う。


 ネモラリス側は、空襲が鳴りを潜め、復旧・復興が進んだ。

 先日も、レーチカ臨時政府が、駐アミトスチグマ王国ネモラリス大使館に対し、元サカリーハ市民に帰還を促すよう、指示があった。

 イーニー大使から、ラクエウス議員を通じて他の亡命議員にも伝わり、一応、各区画に貼紙した。今のところ、該当者から帰還の意思表示はない。

 終戦しない以上、いつ空襲が再開するとも知れず、防空艦に対するミサイル攻撃の例もある。アーテル側には、爆撃機がなくても攻撃できる手段があるとわかり、気を抜けなかった。


 トポリ市のように復興事業に人が殺到し、宿舎で病気が蔓延した例もある。

 そう簡単に帰還の決断を下せる状況ではなかった。


 ……難民支援は勿論、大事だし、やめられないけど、これだけしてたんじゃ、ダメなんだよな。


 紛争の根本原因を何とかしない限り、平和には一歩も近付けない。

 それどころか、世代を越えて諍いが続くのは、半世紀の内乱で実証済みだ。


 ファーキルは、大量のカルテを撮りながら、考えを巡らせた。

☆パテンス市医師会とアミトスチグマ王国医師会の有志/健診車も出してくれる……「819.地方ニュース」「1148.祈りを湖水に」「1173.薄く軽い新聞」「1590.話す暇もなく」「1607.現実に触れる」参照

☆ネモラリス人の医療者たちも、難民キャンプの各診療所を巡回……「738.前線の診療所」「739.医薬品もなく」「805.巡回する薬師(くすし)」「1589.最初から難民」「1590.話す暇もなく」参照

☆難民キャンプ在住の医療者……「858.正しい教えを」「863.武器を手放す」「1591.区画間の格差」参照

☆医学の素人も、有志が呪歌【癒しの風】の訓練/呪歌専用の小屋……「804.歌う心の準備」「805.巡回する薬師(くすし)」「871.魔法の修行中」「1590.話す暇もなく」「1591.区画間の格差」参照

☆カルテと医薬品の在庫を撮影……「1586.呪医の苛立ち」「1591.区画間の格差」参照

☆電子カルテ……「1586.呪医の苛立ち」「1595.流出した人材」参照

☆レーチカ臨時政府が(中略)元サカリーハ市民に帰還を促す……「1752.帰還支援要請」参照

☆防空艦に対するミサイル攻撃の例……「0279.悲しい誓いに」「289.情報の共有化」「325.情報を集める」「393.新たな任務へ」「395.魔獣側の事情」「449.アーテル陸軍」「455.正規軍の動き」「490.避難の呼掛け」「506.アサエート村」参照

☆トポリ市のように復興事業に人が殺到し、宿舎で病気が蔓延した例……「1474.軍医の苛立ち」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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