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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十四章 旧染

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1809/3516

1765.鹿素材の活用

 アサコール党首が、もう何度目になるかわからない説明をここでも繰り返す。

 ファーキルは党首の声を背中で聞きながら、難民キャンプ第三十一区画の集会所掲示板に告知ポスターを貼った。


 「鹿の(なめ)し皮は、羊皮紙より魔力保持力が高いのですが、供給量が少なく、我が国とラクリマリス王国では、特に高値で取引されます」

 「鹿の方が強い?」

 「何でウチとラクリマリスだけ高いんです?」


 集まった難民から、次々と疑問の声が飛ぶ。人が集まり過ぎて集会所に入り切れず、外で説明会をするのも毎度のことだ。


 「半世紀の内乱時代、狩人が人間同士の戦いに駆り出されたからです」



 狩猟圧が下がり、魔獣と野生動物の勢力が増大。農家や林業者などが、森林に手を入れ難くなった。下草刈りや雑木の伐採などが行えず、荒れた山林はますます人が入れなくなる。

 内乱終結後も、腕のいい狩人が激減した上、山々も森林も内乱以前より危険が増した。現在も、ネモラリス共和国とラクリマリス王国では、野生動物由来の素材が入手困難だ。

 手に入るのは、人里へ出て畑を荒らす個体由来の素材くらいなものだが、それも皮の傷が酷ければ、使い物にならない。



 「難民キャンプでも、わざわざ森の奥まで狩りに行くのは大変危険です」

 「狩りに行って、ここが手薄になるのも怖いしねぇ」

 「ねぇ」

 「大体、武器も防具も足りないし、素人ばっかりだもんな」

 「どっかの区画で、鹿に蹴られて顎が砕けた奴が居るって、パテンス神殿の人が言ってたぞ」

 「鹿、ヤベぇな」


 難民キャンプに身を寄せるのは、大半が力なき陸の民だ。開戦前までは、会社や工場、商店などの勤めが多く、狩人どころか、教員や保育士、介護士、医療者なども全く足りない。

 畑仕事も、本職の農家はほぼ居らず、家庭菜園の経験者で四苦八苦してどうにか回すが、鹿や猪に荒らされるまでもなく、収穫はなかなか増えなかった。


 「畑を守る有刺鉄線は、手配の目途が立ちました。早ければ、今月中にはお届けできます」

 「畑の分だけですか?」

 「区画をこう……ぐるーっと……」

 難民の一人が腕を大きく回す。


 「まずは、畑の分を全区画に配布し、その後、段階的に森と接する区画に追加します」


 どこの区画でも、不安や不満、疑問は同じだ。

 アサコール党首はすらすら明快な答えを与えた。落ち着いた声で、ここに住まざるを得ない人々の動揺が鎮まってゆく。


 「武器はないんですか?」

 「鹿や猪を【操水】で溺れさせようにも、動きが早いからなかなか水で捕まえられないんです」

 「捕まえたと思っても、意外に泳げて、すぐ水から出てしまうんですよ」

 「ちょっとやそっと肺に水を流し込んだくらいじゃ、苦しがって暴れて却って危なかったし」

 「猪が一家揃ってやって来たら、魔法使いの手が足りないし」


 「森と接する区画には、防具用の魔法の糸と砥石(といし)、粘土製の鋳型、それらの説明書をお持ちしました」

 アサコール党首が、人々の不安や困り事が出揃うのを待って答える。

 党首の視線を受け、ファーキルがリュックサックを掲げると、不安を訴える声が小さくなった。


 「説明書は、四種類あります。まずは、鹿や猪の皮の(なめ)し方。必要な薬品は、職人さんの講習の後でお持ちします」

 「講習っていつするんですか?」

 「ここに貼り出した日程表でご確認下さい」

 アサコール党首が、掲示板に貼ったばかりのポスターを掌で示す。人垣が厚く、後ろの者たちは全く見えないらしい。跳んだり背伸びしたりと、場がざわついた。


 「二番目は【守りの手袋】の作り方。三番目は端末ケースの作り方です」

 「端末ケースって?」

 「何の端末機ですか?」

 「こう言うのです。これに【魔除け】の刺繍を入れたものが、王都の巡礼土産で人気なんです」

 ファーキルは、革製カバーを付けたタブレット端末を頭上に掲げた。

 羊の(なめ)し皮に湖の女神パニセア・ユニ・フローラの略紋と【魔除け】の呪文と呪印が刺繍してある。力なき民のファーキルが持っても何の効力もないが、フラクシヌス教徒なら、気分的に御利益がありそうだ。


 「王都の大神殿でお許しをいただいて、ひとつの花の御紋の型紙を借りられました。これと同じケースを作る場合に限り、御紋を入れられます」


 アサコール党首の説明で、場が驚きと畏れにどよめく。

 「でも、その機械、ボランティアの人に貸してもらえたのって、平野に近い区画だけですよね?」

 「ここにも来るんですか?」


 「湖南経済新聞社が、通信販売の会社に話を持ちかけてくれました。その通販会社が、できあがったケースを買取って、インターネット上で販売する予定です」

 ファーキルが説明すると、難民たちはわかったようなわからないような微妙な顔で頷いた。

 「買取りって、現金なんですか?」

 「いえ。物々交換です」

 「何をくれるんです?」

 「今のところ、食料品……その会社が輸入したアレルギー対応の保存食と交換してくれる予定ですが、他に要望があれば、一部は変更もできるそうです」


 「四番目は、簡易版の【祓魔(ふつま)の矢】の作り方です」

 アサコール党首が、話題を切替えて先へ進める。


 「これも、職人さんの講習の後で作っていただきます」

 「でも、銀がありませんよ?」

 当然の疑問が出た。

 アサコール党首は、いい質問だと言いたげに頷き、落ち着いた声で応えた。

 「空缶を鉄とアルミニウムに分け、鉄だけを【炉】で()かして作ります。魔物や魔獣に対する威力は、銀製より落ちますが、力ある民が使う分には、実体のない魔物にも有効です」


 「まぁ、(くわ)持って突撃かますよりはマシだけど……」

 「弓がないし」

 「弓矢が揃っても、素人じゃ当てらんないって」

 「力なき民はどうやって戦うんです?」


 アサコール党首のよく通る声が、ざわめきの中を抜ける。

 「既に他の区画が、鉄パイプと鉄製の【祓魔の矢】を組合わせた槍を運用しています。そこでは、鍬で戦うより負傷者が少なくなりましたので、作り方を教えていただきました」

 「鉄の槍……?」

 「なんか、本格的な武器だな」

 「弓矢じゃどうせ当たんないし」

 「素人が射ったら流れ弾が怖いよ」

 ざわめきが次第に小さくなり、期待の眼差しが集まった。

☆どっかの区画で、鹿に蹴られて顎が砕けた奴が居る……「1757.狩猟中の事故」参照

☆畑仕事も、本職の農家はほぼ居らず、家庭菜園の経験者……「1587.統計から見る」参照

☆収穫はなかなか増えなかった……「1732.滞る進出計画」参照

☆畑を守る有刺鉄線……「1750.ないよりマシ」参照

☆王都の巡礼土産で人気……「1678.電子式血圧計」参照

☆鉄パイプと鉄製の【祓魔の矢】を組合わせた槍……「1748.道守り見習い」「1749.自警団の戦い」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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