1764.沼沢産業の街
放課後、昨日の小学生たちが、また公園に来た。モーフたちをみつけて笑顔で駆け寄る。
「母さん、いいって言ってた!」
警備員の子が一番に知らせてくれたが、本物の蟹を見るだけなら、魚屋で間に合う。モーフが何と言ったものかと考える間もなく、ピナが聞いた。
「有難う。蟹を育ててるとこのえらい人も、いいって言ってくれた?」
「うん! 社長さんが、母さんたちに日曜の分も給料出すから、他所で蟹の宣伝して欲しいんだって」
「この街じゃなくて、お隣のデレヴィーナとか?」
「うん。だって、マチャジーナのみんなは、もう知ってるし」
「もっと遠くで言って欲しいんじゃない?」
素材採集係の娘が言うと、他の小学生たちも口々に言った。
「デレヴィーナから買いに来る人、もう居るし」
「俺の父さん、クレーヴェルに蟹運ぶ係だから、もっと遠くじゃねぇの?」
「ネーニア島の人は蟹、知らないんでしょ?」
「他所の島の人に言って欲しいんじゃない?」
社長がどんなつもりで言ったか、モーフは知らないが、地元の小学生の話は、どれも頷けるものばかりに思えた。
だが、ラジオのおっちゃんとDJの兄貴が、クレーヴェルに戻った後、どうするかわからない。
「遠くって、外国でもいいの?」
ピナの口から、予想外の言葉が飛び出した。
「外国ってどこ?」
「アミトスチグマ王国よ」
「えぇッ? そんな遠くまで行くの?」
昨日、一緒に沼へ行くと言った小学生五人が、身を乗り出した。
ブランコで遊ぶ子供たちが、驚いた顔でこっちを見る。
「私のお兄ちゃんとか、アナウンサーさんとかが、難民キャンプの支援してる人たちと情報交換してるの」
「難民キャンプの様子をネモラリスで放送して、ネモラリスの様子は、向こうのボランティアの人が難民キャンプの人たちに伝えくれるんだよ」
漁師の爺さんも話に交じる。
「おじさんも行くんですか?」
「偶にだけどね。難民キャンプに伝われば、平和になって帰国してから買いに来る人や、養殖の仕事をしに引越す人も居るかもしれない」
爺さんの話に子供らがこくこく頷く。
「アミトスチグマ人にも評判が伝わったら、輸入してくれるかもしれない」
モーフは、話が伝わったその先でどうなるか、想像もつかなかった。
「じゃあ、晩ごはんの時にもう一回、母さんに言います」
「有難う。頼んだよ」
夕飯後、虫除けの匂いがキツい荷台で、みんなが今日の成果を報告する。
南へ行ったラジオのおっちゃんジョールチが、ネモラリス島の地図を広げた。
「今日は貿易港の近辺へ行きました」
集約された仮設住宅は、全て港湾近くのグラウンドに再設置された。
マチャジーナ港の東部は、リャビーナ港程の取引はないが、外国航路がある。
首都クレーヴェルより湖東地方に近く、リャビーナより首都圏に近い立地だ。
湖上封鎖後は、アミトスチグマ王国との取引量が増加。港湾関係の仕事が多く、働ける避難者は、力ある民も力なき民もみんな就職できた。
「日曜なら、放送に使っても構わないと申し出てくれた倉庫会社があります」
「倉庫……リャビーナみたいな感じですか?」
ピナの妹が聞いた。
「一日だけだから、あんな大掛かりな催しにはできません。それに、平日は大型トラックなどの出入りが多く、前日入りできません」
「でも、倉庫街って、人が住んでませんよね?」
「仮設住宅があるグラウンドは無理なんですか?」
ピナの兄貴とアマナが聞くと、ラジオのおっちゃんは残念そうに頷いた。
「市営グラウンドなのです。公用地は貸せないと言われましたので、告知は仮設住宅と倉庫街の食堂でさせてもらおうと思っています」
「じゃあ、そこ、ひとつ決まりでいいよな」
西へ行ったラゾールニクが、勝手にまとめて報告する。
マチャジーナ市にも公共交通機関がなく、市のほぼ真ん中にある市役所から、国道沿いに徒歩で行けるところまで行った。
商店街をみつけて入ると、喫茶店が何軒も廃業したのが目についた。看板はまだあるが、シャッターにはすっかり変色した「閉店」の貼紙がある。
「生活必需品は品薄でも、どうにか入荷があるけど、珈琲豆は全部が輸入品で、嗜好品は後回しにされがちだから、本格的な珈琲一本で勝負してたとこが全部潰れたんだってさ」
「紅茶や香草茶も出してたとこは、代用珈琲に切替えたり、食事の品数を増やして、どうにか続けてるみたい」
ピナの兄貴もメモを見ながら言う。
他にも、輸入雑貨店などが廃業した。話を聞いた店の主人たちは、「賑わい作りに公開生放送をしに来て欲しい」と異口同音に言う。
「商店会長さんたちとも話し合うから、三日後に来てくれってさ」
葬儀屋のおっさんが身ぶりを交えて報告する。
「役場からずーっと東へ戻って、ちょっと南へ折れたとこに女神様の神殿があったから、お参りしてきた」
神官の話によると、開戦直後はそうでもなかったが、クーデター後から参拝者が減り、ラキュス湖の水位が過去最低を記録したと言う。
政府軍と解放軍の戦闘で、しばらくクレーヴェル港が使えなくなった。その分の貨物が、周辺のマチャジーナ、デレヴィーナ、レーチカに振り分けられたからだと言う。
現在は、解放軍がクレーヴェル港を完全に掌握。再開したものの、港湾労働者の流出で稼働率が下がった為、周辺の負担は以前より重いままらしい。
特に避難民が居着かなかったマチャジーナ市の人手不足は深刻だ。
「公開生放送を見物に来るついでにお参りして欲しいから、是非来て欲しいんだとよ」
「参拝にも行けなくなる程、忙しくなるとは思いませんでした」
アマナの父ちゃんが眉間に皺を寄せて言い、二カ所目も決まった。
「我々は車で北門付近まで行って来た」
ソルニャーク隊長が報告する。
マチャジーナ市北部は、街の外にある沼沢地で養殖された水産品の加工場と、カムフォラとヌシフェラの加工場が林立する工場地帯だ。
中小規模の工場ばかりで、公開生放送で人を集められる広さの土地はなかった。
最後に漁師の爺さんが公園で小学生から聞いた件を伝える。
「それでは、私も当日、ご一緒させて下さい」
ラジオのおっちゃんも沼へ行くと決まり、モーフは胸が躍った。




