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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十四章 旧染

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1761.沼地の危険性

 「沼は、子供だけで行っちゃダメって言われてるから……」

 母が沼で素材採取する者の護衛だと言う子が、困った顔で言うと、地元の子供たちは一気に騒がしくなった。


 「高校生はアルバイトに行くけど」

 「それも朝早くだけだよな」

 「冬はヌシフェラの根っこ採りで昼過ぎまで居るけど」

 「まだ夏にもなってないって」

 「やっぱ、蚊がヤバいよな。デカい奴」

 「虫除けと【魔除け】と【耐衝撃】ないとヤバいよな」

 「数が多いし、ちょこまか飛ぶし」

 「殺虫剤、何個持ってく?」


 「放送局の人はいつまで居られるの?」


 DJレーフが指折り数えて答える。

 「役所の許可が出たら、放送の準備に十日か二週間くらい掛けて、それから、マチャジーナ市内の三カ所くらいで公開生放送……全部で三週間くらいかな?」


 「じゃあ、次の日曜、連れてって欲しいって母さんに言ってみる」

 「漁師の爺さんが、ねーちゃんについてくんじゃ、ダメなのか?」

 モーフが、薬師(くすし)アウェッラーナの兄アビエースを見る。


 長命人種のアウェッラーナは中学生くらいに見えるが、実年齢は兄と少ししか違わない大人だ。


 「大人でも、戦いの魔法は使えないからな」

 「おめーの母ちゃん、そんな強ぇの?」

 モーフは、苦笑した【(すなど)伽藍鳥(ペリカン)】学派の術者から目を逸らし、護衛の子に向き直った。少年が元気よく頷く。

 「前は軍に居たけど、結婚してから辞めて、俺が小学校に入ってから警備会社に就職したんだ」

 「へぇー、ホントに強いんだなぁ。お母さん、何学派?」

 ラゾールニクが聞くと、少年は質問者の胸元を見て言った。

 「父さんは【編む葦切(ヨシキリ)】で、母さんは【急降下する(ワシ)】なんだ。おじさんは?」

 「おじさんって、俺? 見たまんま、フツーに使う術しか使えないよ」

 「ふーん。他の人は?」

 「俺たちゃ、誰も戦いの術は使えねぇんだ」

 葬儀屋アゴーニが言うと、少年は【導く白蝶】学派の徽章(きしょう)を見て頷いた。


 ……そんな本気で強い護衛が一緒じゃないと行けない沼って、何が居るのよ?


 魔法戦士の強さは、性別による肉体的な強さでは測れない。

 魔力と作用力の強さ、魔力を圧縮して一気に放出できる錬度、そして、適切な時機に適切な術を使用する冷静な判断能力と、戦士としての総合的な才能だ。



 今は徽章を隠すアウェッラーナも、病院で魔法薬を作るのが専門の薬師(くすし)で、戦いの術は使えない。

 身を守る術で使えるのは、場を清める【退魔】、雑妖などを退ける【魔除け】、魔物などの侵入を防ぐ【簡易結界】くらいなものだ。魔獣の急襲を受けた場合、詠唱が間に合ったとしても、気休めにしかならない。


 医療産業都市クルブニーカの製薬会社に雇われた薬師(くすし)には、レサルーブの森や、その北の沼沢地へ素材を採りに行く係が居た。

 彼らは戦闘用の呪符を扱う研修を受け、ある程度なら自力で身を守れる。その上で、警備会社の護衛をつけて行くのだ。


 オリョールやジャーニトルたちは、開戦前までは薬師(くすし)の護衛として魔の領域へ立入り、魔獣由来の素材を狩り集めるのが仕事だった。

 ウルトールたちはアクイロー基地襲撃作戦で命を落とし、ジャーニトルはゲリラを辞めた後、しばらく難民キャンプに身を寄せて帰国した。


 ……ジャーニトルさん、元気にしてるかな?


 アガート病院は、魔法薬の素材を製薬会社から購入し、アウェッラーナたち専属の薬師(くすし)が、患者に合わせて院内製薬する。


 大学の就職課では、病院勤務より製薬会社の方が高給だと言われたが、アウェッラーナにはあんな働き方はできない。


 素材採集担当でない研究職になるには、知識も技術も足りなかった。

 魔法薬を新しく開発すれば、魔法使いの国際機関「霊性の翼団」から導師の称号を授与され、徽章(きしょう)に宝石が付く。学派によって基準は異なるが、新しく称号を得るのは、世界でも稀で、何十年、何百年に一度あるかないかだ。



 物思いに耽るアウェッラーナそっちのけで話が進む。

 「じゃあ、母さんがいいって言ったら、沼へ行きたい人ー!」

 居合わせた小学生の内、五人が元気よく手を挙げた。モーフが手を挙げると、メドヴェージも続き、アマナとエランティスも参加を表明する。


 「私は行くけど、兄さんは?」

 「じゃあ、一緒に行こうか」

 断られたらどうしようかと思ったが、アウェッラーナはホッとして手を挙げた。

 「お姉ちゃんは?」

 「私はいいわ。後でどんなだったか教えてね」

 ピナティフィダが断ると、モーフが露骨にがっかりした。


 「父さんはどうする?」

 「私は留守番するよ。取材が始まったら原稿の手伝いも要るだろうし、クルィーロ、行っておいで」

 父子の話が、【簡易結界】越しにまとまる。護衛の負担軽減も判断に入れたのだろう。クルィーロは決意を籠めた目で父を見詰めて頷いた。

 「わかった。アマナたちは任せてくれ」


 「俺も見に行ってみよっかな? みんなは?」

 ラゾールニクが聞いたが、他は残ると言う。

 元の住民が湖の民ばかりで、力なき民の避難者の大半が、大きな吸血性の蚊のせいで他所へ移ったとは言え、油断できない。

 トラックとワゴンの見張りも必要だ。


 「もし、お母さんがいいよって言ってくれても、お休みの日にこんな大勢、タダで護衛をお願いするのってアレだから、何かお礼の品を渡したいんだけど」

 アウェッラーナが言うと、少年は顔の前で片手をヒラヒラ振った。

 「イイってイイって」

 「傷薬やクッキー、蔓草(つるくさ)細工とか……気持ち程度しか用意できないけど」

 「お礼の件も、お母さんに聞いてからの方がいいんじゃないかな?」

 「わかった! また明日!」

 アウェッラーナとラゾールニクが言うと、少年は頷いて駆け出した。他の小学生たちも、公園の時計を見上げて口々に別れを告げる。



 夕飯の支度をする最中、レノ店長とアナウンサーのジョールチが戻った。

 「放送の許可は出ました。ただ、公用地は貸せないので、民間のどこかと交渉して、場所を確保して欲しいとのことです」

 「じゃあ、他所と同じで、大きい駐車場持ってる店と交渉すればいいな」

 DJレーフは、ジョールチの報告を受け、気楽に応じた。


 「ラジオのおっちゃんも、ヌマ、行く?」

 「沼?」

 モーフが前のめりに聞いたが、ジョールチは首を傾げた。

 DJレーフが半笑いで説明する。


 ジョールチは取材と原稿、レノ店長は食事の支度で、留守番に決まった。

☆アウェッラーナも(中略)戦いの術は使えない……「0033.術による癒し」参照

☆場を清める【退魔】……「0015.形勢逆転の時」参照

☆雑妖などを退ける【魔除け】……「0024.断片的な情報」参照

☆魔物などの侵入を防ぐ【簡易結界】……「0023.蜂起初日の夜」参照

☆オリョールやジャーニトルたちは、開戦前までは薬師(くすし)の護衛……「0191.針子への疑念」「0195.研究所の二人」「0216.説得を重ねる」参照

☆ウルトールたちはアクイロー基地襲撃作戦で命を落とし……「466.ゲリラの帰還」~「468.呪医と葬儀屋」参照

☆ジャーニトルはゲリラを辞めた後、しばらく難民キャンプに身を寄せて帰国……「837.憂撃隊と交渉」「838.ゲリラの離反」→「863.武器を手放す」→「876.警備員の道程」参照

☆魔法使いの国際機関「霊性の翼団」……「1387.導入する理由」参照

☆学派によって基準は異なる……「0140.歌と舞の魔法」「0147.霊性の鳩の本」参照


 ▼【導く白蝶】学派の徽章

 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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