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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十四章 旧染

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1802/3516

1758.マチャジーナ

 移動放送局プラエテルミッサは旧直轄領を出た。ネモラリス島南東部を走る交通量の少ない単調な国道を行く。


 何に驚いたのか、水鳥の群が一斉に飛び立ち、ウーガリ山脈の方へ去った。

 マチャジーナ市の北には、木々が点在する沼沢地が広がる。無数の水辺を葦が縁取り、緩やかな斜面に注ぐ初夏の光を鏡のように照り返す。


 マチャジーナ市に到着したのは昼過ぎだ。

 防壁の東門を入ってすぐ、ガソリンスタンドの看板が目に付いた。

 「メドヴェージさん、どうします?」

 「次、いつ給油できるかわかんねぇからな。みつけた時が入れ時だ」

 助手席の薬師(くすし)アウェッラーナにニヤリと笑ってハンドルを切った。



 給油のついでにタイヤの空気も入れてもらう。

 「お客さん、初めてっスね」

 「ん? 何でわかるんだ?」

 「戦争からこっち、東門から来ンの、農家と漁師の軽トラくらいなモンなんで」

 「へぇー……前は大型も結構、東から来てたのか?」

 店員に話を振られ、メドヴェージがさりげなく情報を引き出す。

 「リャビーナ港に入った貨物のトレーラーがちょくちょく来てたんスけどね」

 「そう言や、コンテナがスゲー積んであったな。リャビーナの倉庫会社」


 私有地である旧直轄領も、国道と同じ広々とした四車線道路が湖岸沿いに続く。だが、思い返せば、店員の言う通り、コンテナを積載したトレーラーは一台も見なかった。


 緑の目が、制帽の下から(いぶか)しげに運転手を見上げる。

 「お客さん、どっから来たんスか?」

 「俺らは見ての通り、移動放送局でな。クーデターの後、クレーヴェルを出発して西回りでぐるーっと走って、今ここだ」

 「へぇー。移動放送って何を流すんです?」

 「この街で許可が取れたらだけどよ、ニュースと歌を流すんだ」

 「歌って何の歌っスか? 軍歌じゃない奴っスか?」

 店員が目の色を変えて食いつく。


 「そいつぁ聞いてのお楽しみだ。許可が出て放送日が決まったら、貼紙させてくれや」

 「店長に聞いてみるっス!」

 「決まってから、よろしくな」


 思ったより安く、見習いが作った【無尽袋】三枚で、トラックとワゴン車を満タンにしてもらえた。


 「えっ? 携行缶はダメなんですか?」

 「ちゃんと呪符も貼ってあンのにか?」

 「クーデターの後、マチャジーナの役所が給油量の上限規制を設定したんで、一回でこんだけしか入れらんないんス」

 店員が制帽を取り、申し訳なさそうに緑髪の頭を下げる。

 「でも、他の店に行ったら、また入れてもらえるんで、サーセン!」

 「まぁ、缶はここを出るまでに入れられりゃいいから、気にすんな」



 ガソリンスタンドを出てしばらく走らせると、港が見えた。

 「何だ、立派な船、来てんじゃねぇか」

 「陸路をトラックで運ぶより、船の方がたくさん運べますよね」

 まだかなり遠いが、倉庫群の上から停泊中のコンテナ船が見えた。緩やかな坂から見下ろす視点を考慮しても、故郷のグリャージ港では見たこともない大型船だ。

 移動放送局プラエテルミッサは、星の(しるべ)の追跡を警戒して山中の旧街道を通ったが、湖岸沿いの国道で何かあったのだろうか。


 ……でも、オースト倉庫が困るから、リャビーナ市内では通行止めになるようなテロはなかったって聞いたし。


 給油の規制も、他の都市では特に言われなかった。

 なんだかよくわからないが、ワゴン車とイベントトラックは、マチャジーナ市内を通る国道を西へ向かう。国道沿いの学校は、プレハブの仮設住宅が一棟もなかった。歩道を行くのは大半が緑髪だ。



 道路の案内表示を頼りに市役所をみつけ、ガラ空きの駐車場に停めた。駐車場と庁舎本館の入口には、警備員がそれぞれ二人ずつ立つ。


 「それでは、行って参ります」

 アナウンサーのジョールチとレノ店長が、代表者として市役所に入った。他のみんなは、トラックとワゴン車を物体の鍵と魔法の【鍵】でしっかり施錠し、隣の公園へ移動する。


 もう放課後で、遊具のある区画は親に連れられた乳幼児だけでなく、小学生も多い。高いフェンスに囲まれたグラウンドでは、中高生がサッカーに夢中だ。

 圧倒的に緑髪が多く、それ以外の髪色の子は三人しか居ない。


 「あれっ? 仮設住宅がないんですね?」

 パドールリクが意外そうに言う。

 「国道沿いの学校にもありませんでしたよ」

 「えっ? この街って避難してきた人、居ないの?」

 薬師(くすし)アウェッラーナが言うと、アマナが眉を顰めて公園を見回した。


 ホールマ市も元の住民は湖の民ばかりだが、公園や校庭は勿論(もちろん)、官民問わず駐車場にまで仮設住宅を建て、空襲罹災者(くうしゅうりさいしゃ)を受容れた。

 今では、力なき民の避難者から市会議員候補が立ち、当選を果たして一大勢力を成す。



 モーフが自分の頬を平手で叩いた。乾いた音に近くの親子連れがこちらを向く。

 「何してんだ坊主?」

 「蚊に食われた」

 メドヴェージに向けられた(てのひら)には、潰れた蚊と血がべったりだ。

 「あ、うわっ!」

 「えぇッ?」

 パドールリクとアマナが自分の手の甲を交互に払う。

 「ここ、蚊が……」

 「えッ? ヤダ!」

 ピナティフィダとエランティスも、手と頬を慌てて(はた)く。

 ソルニャーク隊長が手の甲を(たた)くと、一気に数匹潰れた。


 アウェッラーナは自分の手を見たが、一匹も居ない。兄の顔にも居なかった。

 「俺たちは、服に【耐衝撃】があるから、刺せなくてすぐ離れるんだよ」

 「あっ……」

 「ちょっと待ってろ。今【簡易結界】張ってやっから」

 葬儀屋アゴーニが植込みに駆け寄り、落ち枝を拾って駆け戻った。土の地面に円を描き、呪文を唱える。


 「()の輪 天なり 六連星(むつらぼし) 満星(みつぼし)巡り

  輪の内 地なり 星の(かき) 地に(めぐ)

  垣の内 呼ばぬ者皆 立ち去りて

  千万(ちよろず)昆虫除(はうむしの)けて 雑々(かずかず)妖退(あやししりぞ)

  内守(うちまも)れ (たい)らかなりて (しず)かなれ」


 「あ、これ、今まであんまり意識しなかったけど、虫除けにもなるんだ」

 クルィーロが感心する。

 「あぁ、そうだ。でもよ、虫が何かに入ってれば、防げねぇんだ」

 「えッ? どうしてです?」

 若い魔法使いが首を傾げ、アゴーニが苦笑した。

 「兄ちゃん、もうちょい考えてから聞けよ」


 早速【簡易結界】に入ったアマナが明るい声を出す。

 「あ、わかった!」

 「えっ? 何で?」

 言われた(はし)から質問し、アゴーニが笑う。

 「もういいや。嬢ちゃん、言ってみな」

 「この世の蚊には実体があるから、容れ物に入ってたら出られなくて、結界を越えられますよね? 雑妖とかはすり抜けちゃうかもしれませんけど」

 「その通りだ。嬢ちゃん、勉強家だな」

 緑髪のアゴーニは、力なき民のアマナをしみじみ褒めた。

☆コンテナがスゲー積んであったな。リャビーナの倉庫会社……「1372.ノチリア企業」「1431.商品棚の事情」「1456.倉庫街で催し」参照

☆軍歌じゃない奴っスか?……「853.戻ったゲリラ」参照

☆見習いが作った【無尽袋】……「1234.長期化を予想」参照

☆携行缶/呪符も貼ってあンのに……「0121.食堂の備蓄品」参照

☆星の(しるべ)の追跡を警戒して山中の旧街道を通った……「1470.見張りの変更」~「1472.別行動の報告」参照

☆オースト倉庫が困るから(中略)テロはなかった…「1443.届かない手紙」参照

☆ホールマ市も元の住民は湖の民ばかり……「1500.広報を読む力」参照

☆力なき民の避難者から市会議員候補が立ち、当選……「1511.選択の難しさ」~「1513.喜べない理由」参照

☆服に【耐衝撃】があるから、刺せなくてすぐ離れる……「1058.ワクチン不足」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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