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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十四章 旧染

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1756.野生動物の害

 クルィーロ、エランティス、ラゾールニクは一泊し、朝食前に夏の都を発った。使用人がサンドイッチを持たせて送り出す。

 ファーキルとアミエーラ、サロートカ、平和の花束の四人と共に夜遅くまで話し込んだようだが、睡眠不足など微塵も感じさせない元気な足取りで、マリャーナ宅を後にした。


 呪医セプテントリオーは朝食後、亡命議員らと【跳躍】許可地点へ向かう。

 今日は、クラピーフニク議員だけが難民キャンプに跳び、他の議員たちは、夏の都に拠点を構える慈善団体の許へ足を運ぶ予定だ。



 第二十九区画は、難民キャンプ南東部に位置する。

 西と北は、少し前に開通した道路に面し、小型のトラックなどが、救援物資を直接搬入しに来る。だが、東と南は森と接する。つい先日も【道守り】に行ったアミエーラたちが魔獣に遭遇したばかりだ。


 南東の第三十三区画との間には、(かなめ)の木が何本もあり、伐採できない。

 森に隣接する為、魔獣や野生動物による人身被害が多い区画だった。


 「へぇー、これが噂の【魔除け】の板ですか」

 クラピーフニク議員が物珍しげに難民キャンプ内の道を見回す。呪医セプテントリオーが前回、この区画を巡回診療した際にはなかった。

 「あっ! 呪医(せんせい)、クラピーフニク議員(せんせい)も!」

 「お久し振りです」

 「よかったら、この板の上、通ってって下さい」

 「足を乗せたら、魔力が補充されるんでしたっけ?」

 クラピーフニク議員が言いながら足を置くと、板から淡い真珠色の光が立ち昇った。


 「お忙しいとは存じますが、診療所の周りだけでも、一周りしていただけませんか?」

 老人が縋るような目で二人に頼む。診療所前で順番を待つ患者たちも、緑髪の呪医と力ある民の議員に視線を注いだ。


 「じゃあ、僕が周ります。呪医(せんせい)は早く診療を始めて下さい」

 「よろしくお願いします」

 若手議員は元気よく言い、早速、板の上を靴音軽くとことこ歩き始めた。

 「議員(せんせい)。もう少し、ゆっくりお願いします」

 「乗った時間が長い方が、効き目が強く、長くなるんです」

 「あ、そう言う仕組みなんですね」


 呪医セプテントリオーは、難民たちと亡命議員の遣り取りを背に第二十九診療所へ入った。



 「おはようございます」

 「おはようございます! 今日はセプテントリオー呪医(せんせい)だったんですね」

 「よろしくお願いします」

 看護師のレカールスタヴァとテモが朗らかな笑顔で迎え、入院患者たちに安堵が広がる。


 この診療所には、魔法薬と術を併用して癒す【飛翔する(フクロウ)】学派の呪医と、科学の現役看護師二人、力ある民の元看護師一人が常駐し、他の区画に比べれば、医療体制が手厚い。

 それでも、魔法薬の素材が限られる為、骨折などの重傷には対応しきれず、内科系の入院患者も診療所に入りきれなかった。住居用の丸木小屋で「自宅療養」する患者の往診もままならない。


 常勤の呪医プーフが、巡回診療で来た【青き片翼】学派の呪医セプテントリオーに会釈した。のんびり挨拶する暇もなく、目の前の患者に【見診(けんしん)】を掛ける。


 「今、外科の入院患者さんは五人です」

 「どんな具合ですか?」

 力なき民の男性看護師テモに案内され、診療所と衝立(ついたて)ひとつで隔てただけの病室へ入る。

 「五人とも骨折で、一人は腿に深い刺し傷があります」

 「刺し傷? 感染はありませんか?」

 「受傷の翌朝から発熱して、腫れが酷くなりましたが、丁度、抗生物質の点滴が届いたので、今は落ち着いています」



 患者は五十代の男性だ。

 「畑仕事してたら、急に来た猪に牙でやられたんです」

 「それは災難でしたね」

 「自警団が仕留めてくれましたけど、腰の骨は折れるし、散々ですよ」

 「肉は美味かったけどな」

 隣の寝台から笑いを含んだ声が掛かる。

 年配の患者が、隣の若い患者に顎をしゃくった。

 「そっちの人は自警団で、その時にアバラと足の骨をやられたんです」


 呪医セプテントリオーは頷き、患者の手を握って【見診】を掛ける。右腿の傷は、未だに深さ、太さ共に親指程もあった。

 傷が深過ぎ、【癒しの風】は適応外だ。


 「いやまぁ、アレですよ。何せものスゴい血が出たんで、ここの呪医(せんせい)が居なかったら、その日の内に死んでたかも知れないし、毎晩、痛み止めの魔法を掛けてくれるんで、夜はよく眠れて大助かりですけどね」

 「ここのプーフ呪医(せんせい)が、その後も少しずつ治療を継続していますが、何せ傷が深くて、傷薬も足りないので……」

 看護師テモが、寝台の柵に括りつけられたクリップボードを示す。


 受傷当日、腿は【止血】後に【操水】で傷薬を刺傷の奥へ流し込んで【薬即(やくそく)】を掛け、骨盤骨折はズレを整復し、テーピングで固定したとある。

 その後も今日まで、傷薬が手に入る度に治療を重ね、人手、物資、薬、全て足りない状況で、可能な限りの処置がきちんと為してあった。


 「初期の治療がきちんとされていますので、今からでもキレイに治せますよ」

 「ホントですか?」

 「えぇ。まずは腿の刺し傷から癒しますね」

 呪医セプテントリオーが言うと、看護師テモが寝具を(めく)った。患者は上が寝間着で下は下着姿だ。右腿には包帯がきちんと巻いてある。

 テモが手際よく(ほど)く間、呪医セプテントリオーは持参した【無尽の瓶】から【操水】で水を起ち上げ、加熱殺菌して冷却した。

 病床の患者たちが、何人も半身を起こして治療を見守る。


 猪の牙で突き上げられ、斜めに(えぐ)れた傷が露わになる。

 セプテントリオーは【癒しの水】を唱えた。



 「血は血に 肉は肉に 骨は骨に あるべき姿に立ち返れ

  (そこ)なわれし身の内も外も やさしき水巡る

  生命の水脈(みを)(まった)き道に あるべき姿に立ち返れ」



 滅菌処理済みの水が、生き物のようにうねり、刺傷の奥へ侵入する。魔力を帯びた水と接触した箇所から順に再生が始まった。回復した部位から水がじわじわ押し返される。

 すっかり傷が塞がり、追い出された水が宙を漂う。再度、滅菌処理して【無尽の瓶】に収めた。


 患者の顔がみるみる明るくなる。

 「呪医(せんせい)、有難うございます!」

 「まだ、これから腰の骨を治しますし、あなたは失血が多く、術による治療で身体に掛かる負担も大きいので、明後日までは入院して安静にして下さいね」

 「後で、完治後の療養病棟に移動してもらいます」

 看護師テモが言った途端、患者は置き去りにされた子供のような顔になった。


 「看護師は交代で常駐しますし、日中はパテンス神殿信徒会の方々も居ま」

 「急患ー!」

 「急患です!」

 緊迫した声で、空気が凍りついた。

☆先日も【道守り】に行ったアミエーラたちが魔獣に遭遇……「1748.道守り見習い」~「1750.ないよりマシ」参照

(かなめ)の木が何本もあり、伐採できない……「1184.初対面の旧知」「1185.変わる失業率」参照

☆【魔除け】の板……「1748.道守り見習い」参照

☆看護師のレカールスタヴァとテモ……「1591.区画間の格差」~「1594.精神汚染の害」参照

☆パテンス神殿信徒会の方々……「738.前線の診療所」「1176.故郷の情報を」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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