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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第一章 印歴二一九一年二月一日
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0018.警察署の状態

 ソルニャーク隊長が命令を下した直後に、水壁が低くなった。

 突入しようと身構えた隊員たちが、動きを止めて天井付近に注目する。


 「……銃を水に捨ててくれないか?」

 湖の民の呪医の呼び掛けに、星の道義勇兵たちは、皮肉な笑みを浮かべた。

 銃を捨てなければ、どうするのかは言わない。


 聞き覚えのある声に、年配の兵が壁の向こうを凝視する。

 多少低くなっても水の濁りは変わらない。コンクリ壁の中を瓦礫が流れているような、悪夢と変わらない状況だ。

 武装蜂起した以上、目的を達するまで止まることはできない。


 ……もう、コトは動いちまったんだ。俺たちだけが投降したって、今更なんも止めらんねぇよ。


 別の三隊は隣の警察署を襲撃した。

 呪文を唱えるより、引き金を引く方が早い。

 弾を防げる強固な【鎧】を常時発動できる魔力の強い者は、警察ではなく軍に配属される。

 警官が病院を助けに来ないと言うことは、そちらでは義勇軍が勝ったのだ。警察署は今頃、血の海だろう。武器と物資を奪っている筈だ。その内、こちらに合流するだろう。


 「従わなければ、どうする気だ?」

 ソルニャーク隊長が、壁の向こうへ問いを投げ返す。

 そこまでは考えていなかったのか、答えはなかった。代わりに、耳慣れない言語で何か呟く。それが、魔法を行使する「力ある言葉」だと年配の義勇兵に教えられたのは、この作戦が始まる直前だった。

 水壁がぐにゃりと曲がる。

 水中の灰が、渦を巻いて隅に寄る。瓦礫も同じ方向に流れ、診察室の隅に吐き出された。その上に排出され、降り積もる灰が見る間に山を()す。


 壁の色が薄くなり、向こう側が透けて見えた。

 青白い光が、差し込む。

 壁の前に立つ者は二人。

 呪医と葬儀屋だ。湖の民は二人とも疲労の色が濃い。


 水の濁りがなくなり、彼我(ひが)を隔てる壁が澄んだ。

 「警察に突き出すのか?」

 ソルニャーク隊長が、重ねて聞いた。

 魔法使い二人も、警察署の状態を薄々察したのか、それには答えない。星の道義勇兵の顔を順繰りに見た。

 「警察も、今頃は別働隊がやってる筈だ」

 元トラック運転手のメドヴェージが言った。

 誰も弾切れの銃を離さない。

 呪文を唱える前に殴れば、勝ち目があるかもしれない。


 ……水で押し流されたって、せめて一発喰らわしてぇ。


 義勇兵の一人が唇を噛む。

 「どうあっても、戦うのか?」

 呪医が溜め息混じりに声を出した。誰も答えない。

 葬儀屋が少年兵に目を留める。

 「こんな子供まで引っぱり出して来たのか」

 「俺は、無理に戦わされてンじゃねぇ。自分で考えてここに居るんだ!」

 少年兵モーフが即答した。


 「君は、先の内戦を知らないだろう。折角、平和な時代に生まれたのに、何故、こんな……」

 「平和? あんたはリストヴァーに来たコトねぇからそんなコト言えるんだ!」

 緑髪の呪医の声を遮り、少年兵が叫んだ。

 「俺たちの生活がどんなに惨めか、知らねぇだろッ!」

 「確かに知らんな」

 葬儀屋が、それがどうした、と言いたげに応じた。


 少年兵が更に語気を荒げる。

 「頑張って働いても、安く買い叩かれて給金は雀の涙! みんな貧乏で、水も買えない奴は、濁ってしょっぱい泥水を飲むしかない。それで病気になっても、医者に掛かれなくて野垂(のた)れ死ぬんだ」

 「平均寿命が短いことなら、知っている。常命人種しかいない地区だから……だと……」

 呪医の声が震え、水壁が揺らぐ。


 義勇兵の顔に怒りが(みなぎ)る。

 「どんなに一生懸命頑張っても、ずっと貧乏から抜け出せねぇ」

 「呪医(せんせい)、あんたは昔、俺を助けてくれたが、女房子供は、俺がここで入院してる間に死んじまったよ」

 元トラック運転手のメドヴェージが、淡々と身の上を語った。

 呪医の動揺が、水壁を大きく揺らす。


 「呪医(せんせい)、俺たちが何で貧乏か、知ってるか?」

 あの日より老いて髪に白い物が混じる義勇兵が、命の恩人に疑問を投げる。

 あの日と変わらぬ若さの呪医は、かすかに首を横に振った。

 「あんたらが、俺たちを『力なき民』呼ばわりして、家畜扱いするからだよ」

 「違う。そんなことは……」

 「違わねぇな。俺らの街は、まだ復興してねぇ」

 元運転手は、恩人の言葉をみなまで言わせず、淡々と続けた。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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