1753.都民意識調査
いよいよ、クルィーロたちの番だ。
背筋を伸ばし、タブレット端末のメモを開いて話し始めた。
「クーデター発生からしばらく、クレーヴェルに居た学生さんたちの話の続きです。さっき夏の都に着いてから、録音のデータと箇条書きのメモを送りました」
「はい。受信、確認済みです」
ファーキルの答えに大人たちが頷く。
保存場所と共有範囲は、これから決める。
「クレーヴェル大学建築学科の二人は、クーデター発生後、大学の指示で神殿の修理を手伝いに行ったそうです」
首都クレーヴェルでは、クーデター勃発後、政府軍とネミュス解放軍の戦闘が続き、【光の槍】など強力な術の流れ弾で、民家などにも甚大な被害が出た。
また、混乱に乗じ、星の標も自動車爆弾などでテロを行い、住居を失った人々が神殿へ身を寄せる。その神殿も、テロや流れ弾で損壊し、安全な場所など、どこにもないように思えた。
修理中、国会議員や都議会議員が神殿を訪れた。
本人の避難ではない。避難した都民に対する要望の聞き取りだ。
「政党や呼称などは、わかりませんか?」
「作業が忙しくてメモとかできなくて、覚えてないそうです」
「何か手掛かりになりそうな話はありませんでしたか?」
「湖の民が多かったけど、陸の民の議員も来たそうです」
アサコール党首の疑問に答えられないのがもどかしい。
「一度に何人も来たのかね?」
「はい。二人の作業中、一度に何人も来て、手分けして同じ質問をして帰ったそうです」
ラクエウス議員には答えられてホッとする。
「避難所で何が必要かって言う聞き取りと……」
政治家たちは、ネミュス解放軍の主張を踏まえた国造りに関する意識調査も実施した。
焦点は、秦皮の枝党の古参議員らが、政府軍と結託し、密かに魔法生物の兵器化研究を行ったことだ。
民主主義の現行制度では、立候補時にどんな公約を掲げても、当選後に必ずそれを実現するとは限らず、任期を無為に過ごしても、犯罪に手を染めるなどの大過でもない限り、処罰されない。
仮に任期中、本人の怠慢で公約をひとつも実現できなかったとしても、お咎めなしだ。力を尽くしたが、様々な制約によって叶わなかったのか、単なる職務怠慢なのか、一般の国民にはわからない。
ベテラン国会議員のラクエウス氏が感心する。
「言われてみれば確かに、真面目に働いて、その者に票を投じた有権者の意に反する政策を立案、可決させようとも、お咎めなしですな」
「一般の有権者に採れる対抗手段は……解職請求と、次回の選挙でその政治家に投票しないことくらいなものですね」
アサコール党首が苦笑交じりに同意する。
エランティスが遠慮なく質問した。
「解職請求って何ですか?」
「色々あるけど、例えば、議員に対する解職請求は、選挙区の有権者の三分の一以上の署名がないと実行できないんだ」
「そんなに? 集めるだけで大変……」
クラピーフニク議員の説明でエランティスが目を丸くした。
クルィーロも初耳だ。
無筆の人が多い選挙区では、ほぼ不可能と言っていい。
自分の住所氏名だけは「手続きに必要な記号」として、辛うじて書ける人も居るが、わざわざそんな署名に協力するだろうか。
クラピーフニク議員が、エランティスだけでなく、会議出席者全員を見回して説明を続ける。
「どうにか署名を集めて、解職請求の住民投票を実行できても、今度は過半数の同意が必要です」
「えぇっ? 半分以上も?」
エランティスが声を裏返らせると、若手のクラピーフニク議員は申し訳なさそうな顔で頷いた。
「そうだよ。……何か凄い悪事を働いた議員なら、みんな関心を持って全力で落としに掛かるかもしれませんけど、単に怠けてただけの人なら、わざわざそんな手間暇掛けてまで、任期の途中で辞めさせようと言う人は、居ないと思いますね」
「そもそも、解職請求制度をよく知らない国民も多いですしって、俺もそうなんですけど」
土木の専門家ジェルヌィが恥ずかしげに苦笑する。
「俺も、学校でそう言うのがあるって習っただけです。実際どうするか、手続きまでは教科書に載ってませんでしたよ」
クルィーロが言うと、亡命議員たちは重々しく頷いた。
ラクエウス議員が溜め息混じりにこぼす。
「内乱中、学校へ行けずに成人した者の中には、制度の存在自体、知らない者が少なからず居る。いや、選挙そのものも、理解できておるか……」
ラゾールニクが鼻で笑う。
「次の選挙で落とすってのも、再選したい政治家には多少の脅しになるかもしれないけど、今期限りって決めてたら、何の痛痒も感じないだろうね」
「で、今の制度だと、魔哮砲の件みたいに当選してから勝手なコトされても、誰も責任取らないし、国民がすぐにそれを止めたいとか、辞めさせたいって思っても無理って言う」
ファーキルも、冷めた目で吐き捨てた。
「うん。“今の民主主義政体には、制度の欠陥があるから、ラクリマリスやアミトスチグマみたいな新しい国にしようと思うけど、どうします?”みたいなアンケートだったそうです」
「クーデターで戦闘の真っ最中にそんなコト聞いて回ってたんですか? 呑気って言うか、なんて言うか」
ジェルヌィが呆れる。
「答えた人には保存食を配ってたから、ちゃんと答える人が割と多かったそうですよ」
政治家たちは集計用紙を持ち歩き、項目を選択する単純な答えを集めて回った。
神政復古と民主主義、どちらがいいか。
ラクリマリスのように神政の下に議会を置くか、神政に全てを委ねたいか。
魔哮砲は、あった方がいいか、なくして欲しいか。
どの設問にも「どちらとも言えない」の項目があり、大半はそう答えたが、学生二人が聞いた限りでは、神政を望む声も多かった。
「危うい設問だな」
「そうですね。この状況で帰属を問えば、更なる分断を招きかねません」
ラクエウス議員とアサコール党首が、眉間の皺を深くする。
「民主主義って何だかよくわからないし、魔哮砲の件みたいに勝手をされても手も足も出せないなら、神様の末裔の方々にお任せした方が安心って人が多かったそうです」
「神殿に避難するような信心深い人たちは、そう言うでしょうね」
ファーキルの皮肉を含んだ声は辛辣だ。
「うん、まぁ……で、自宅や他の避難所に居た人たちには、聞きに来なかったみたいですし、帰還難民センターにも、俺たちが居た頃は一回もそんなの来ませんでした」
クルィーロが言うと、エランティスが頷いて報告を始めた。
「私が村の子たちから聞いたのは、その続きです」
島守マガン・サドウィスの館がある村には、西のマチャジーナ市や、首都クレーヴェルに肉や野菜を卸しに行く者が居る。
大人たちは、都会へ出る度に新しい国造りの噂話を仕入れて帰った。
既に方向性が固まり、ラクリマリス王国と同じく、神政復古させた上で、改めて議会を設置するらしい。
キルクルス教徒の国外移住を支援し、ディケア共和国や、ジゴペタルム共和国など、キルクルス教徒の多い国へ移民船を出すと言う。
残りたければ、リストヴァー自治区にのみ居住が許可される。
「それ以外のとこに居るのがバレたら、死刑かもって言ってましたけど、どこまでホントに決まったかわかりません」
エランティスが話を締め括ると、ラクエウス議員は沈痛な面持ちで頭を抱えた。
☆クレーヴェル大学建築学科の二人……「1619.あの日の大学」参照
☆神殿の修理を手伝い……「1620.学生らの脱出」参照
☆術の流れ弾で、民家などにも甚大な被害……「614.市街戦の開始」「638.再発行を待つ」「652.動画に接する」参照
☆星の標も自動車爆弾などでテロ……「687.都の疑心暗鬼」「690.報道人の使命」「711.門外から窺う」参照
☆ネミュス解放軍の主張……「600.放送局の占拠」「601.解放軍の声明」参照
☆魔哮砲の件みたいに当選してから勝手なコト……「0241.未明の議場で」「0247.紛糾する議論」「0248.継続か廃止か」「411.情報戦の敗北」参照
☆この状況で帰属を問えば、更なる分断を招きかねません……「693.各勢力の情報」参照




