1752.帰還支援要請
次に報告したのは、ロークだ。
「アーテル共和国の本土領では、ネモラリス憂撃隊と見られる組織立った召喚テロ以来、土魚の拡散が止まらず、避難生活を送る住民が増え続けています」
「召喚って、あの日だけ?」
「確認できたのは、あの夜だけです」
ラゾールニクの質問にロークが簡潔に答える。その隣でクラウストラが頷いてタブレット端末をつついた。
「避難所になった宿泊施設の一覧と、地図をお送りしました。避難したのは庭付き一戸建ての住民で、土が剥き出しの庭がない集合住宅の住民は、自宅に居ます」
「ん? あぁ、土魚が土伝いに来るから」
クルィーロの隣で、エランティスが呟いた。
ロークは、ファーキルが白壁への投影画像をアーテル共和国の地図に差替えるのを待って、報告を再開する。
「地図上の×印が、後日確認できた召喚場所で、全て教育施設でした。△印は避難所です」
×印が多過ぎて、数える気にもなれない。
無数の×の中で、△印は心細げに見えた。
「一晩でこんなにたくさん?」
エランティスが怯えた目でクルィーロを見る。
「うーん……あの職人さんが呪符作ってる間、仲間が何人居るか知らないけど、他のゲリラが場所を下見して【跳躍】で手分けすれば、できなくはないのかな?」
「土地勘については、少なくとも一人、アーテル人の協力者を確認できました」
クルィーロが、小柄な呪符職人の顔を思い出しながら言うと、ロークが冷たい声で付け足した。
元神学生の逃亡犯ヂオリートが、地図などの入ったヤミ端末を入手したなら、知らない場所も案内できる。首都ルフスなど、元より知る場所なら尚更だ。
また、ネモラリス憂撃隊も【化粧】の首飾りを入手した。
「今後、シルヴァさんの勧誘が、今まで以上に巧妙になる可能性があります」
「難民キャンプでは今のところ、それらしい噂などはありませんが、口止めされるでしょうし、行方不明者が魔獣に捕食されたのか、ゲリラとして連れ出されたのか、確認できませんからね」
クラピーフニク議員が肩を竦めた。
「シルヴァさん一人で勧誘しないでしょうからね。本国でも難民キャンプでも、ボランティアのフリで入り込まれた場合、手の打ちようがありません」
「自棄を起こさぬよう、生活再建に力を入れるくらいしかありませんね」
アサコール党首が匙を投げると、ラクエウス議員が励ましとも慰めともつかない口調で言った。
「その生活再建だがね、レーチカ臨時政府から、アミトスチグマ駐在大使にサカリーハ市民の帰還支援の要請が来たと言っておったよ」
「サカリーハ? トポリとかじゃなくてですか?」
土木の専門家ジェルヌィが首を傾げる。
ファーキルは、プロジェクターの投影画像を地図に切替えた。
サカリーハ市は、ネーニア島北東部に位置する中規模都市だ。
「トポリ市の復旧・復興事業で、出身地を問わず、労働者が一気に流入した件はご存知ですかな?」
「ん? あぁ、アレですね。中抜き防止で、役所が宿舎と食料を直接支給する直接雇用事業」
ジェルヌィは、老議員に建設業者らしい答えを返した。
「本国は臨時政府が何とかするっぽいんで、俺たちの組は、何もナシの難民キャンプの支援に専念してるんです」
「建設業協会のみなさんが、本国と難民キャンプに人員を振り分けて下さって、非常に心強いです」
アサコール党首が、支持基盤の構成員に謝意を表す。
……あ、そっか、よく考えたらそうだよな。
クルィーロはこれまで、ネモラリス建設業協会は、全面的に難民キャンプの支援に当たるのだとばかり思っていた。
帰る場所を復興させなければ、帰れない者が多いのだ。
「急増したトポリ市の人口を養う為、比較的空襲被害が少なかったサカリーハ市に人を呼び戻すのだそうです」
ラクエウス議員が、大使館で聞いた話によると、サカリーハ市も防壁の修理が完了したらしい。
漁港の護岸も応急処置が終わり、干物や缶詰などの加工場は、瓦礫の撤去後、プレハブの仮設工場ができた。現在は、トポリ市で消費する魚の加工品を作る仮設工場で、働き手を募集中だ。
日用品などの工場も順次、仮設で操業を再開。元の職場へ人が戻りつつある。
サカリーハ市では、空襲による直接の死者は少なかったが、防壁の損壊で魔獣の捕食被害が相次いだ。
医療機関が破壊され、慢性疾患の治療がままならない。空襲の激しかった都市からの流入で、麻疹やインフルエンザなど、感染症が爆発的に流行し、病死も急増した。
現在は、仮設病院の設置とワクチン接種が行き渡り、一頃に比べれば、落ち着きを取り戻した。
だが、その間に職と医療を求めて、レーチカやリャビーナなどへ移住する者が増え、人口は開戦前の三分の二にまで落ち込んだ。
「サカリーハ市には、ラキュス湖北部で操業する大型の遠航漁船の基地もあるそうで、漁船を失った漁師を乗組員として積極的に採用するとも言っておった」
ゼルノー市など、国境付近の街からトポリ市へ避難した漁船の一部も、サカリーハ漁協に仮登録して操業中だ。それでも、急増したトポリ市の人口を養うには、まだ足りない。
「でも、それで難民キャンプから帰って来て欲しいのって、すぐ働ける人だけですよね? 小さい子が居る人用に保育所とか再建で来たんですか?」
「校庭に仮設校舎を置いておるそうだが、仮設住宅もあり、子供の人数分ギリギリしかないらしい」
クルィーロが聞くと、学問を重んじるキルクルス教徒のラクエウス議員は、渋い顔で答えた。
「住居も、仮設住宅で単身者を相部屋にするらしい」
「トポリと同じなんですね」
クラピーフニク議員が不快げに眉を寄せた。
「我々としては一応、条件に該当する人には、臨時政府の募集条件と、建設業協会などを通して得た現地情報をお伝えするところまでは、行う予定です」
「帰国の手続きとかは、希望者が居たら、大使館に問合せるってコト?」
ラゾールニクが聞くと、アサコール党首は苦い顔で頷いた。
☆あの夜……「1697.避難所で捜索」~「1700.学校が終わる」参照
☆あの職人さん……「362.パンを分けて」「363.敵国の背後に」参照
☆下見をして【跳躍】で手分け……「1698.真夜中の混乱」参照
☆自棄を起こさぬよう、生活再建に力を入れるくらい……「1413.街道の休憩所」参照
☆サカリーハ
空襲被害……「537.ゾーラタ区民」参照
ボランティアのフリで入り込まれた……星の標の拠点がある「808.散らばる拠点」参照
☆トポリ市の復旧・復興事業……「1175.役所の掲示板」「1330.連載中の手記」参照
☆急増したトポリ市の人口を養うにはまだ足りない……「1342.支援に繋ぐ糸」参照
☆仮設住宅で単身者を相部屋/トポリと同じ……「1474.軍医の苛立ち」参照




