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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十四章 旧染

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1747.魔法と向合う

 「えっ? くれるの? 私に?」

 アルキオーネが、自分の顔を指差す。


 針子のアミエーラは、こんなに動揺されるとは思わず、胃が重くなったが、言ってみた。

 「私が練習で作ったから、まだ下手だけど、【編む葦切(ヨシキリ)】学派の職人さんがちゃんと使えるから大丈夫って言ってくれたし、もし、イヤじゃなかったら、どうぞ」

 「あー……下手とかそう言うんじゃなくて、私、魔力ないのにもらっちゃっていいの? 意味ないんじゃない? 誰かちゃんと使える人にあげた方がよくない?」

 アルキオーネは、顔の前で両手を振って(まく)し立てた。


 イヤなのか遠慮なのか、微妙なところだが、もう少し説明してみる。

 「これは【守りの手袋】で、【魔力の水晶】を握って呪文を唱えたら、誰でも使えるの」

 「魔力がなくても?」

 「うん。ロークさんとファーキルさんも、同じのを持ってるわ」

 「なんだ。使えるの。何の魔法?」

 アルキオーネが拍子抜けした顔で聞き、アミエーラはホッとした。

 「雑妖や弱い魔物から身を守れる【魔除け】の術。これが呪文」

 力ある言葉とその発音、湖南語訳を並べて書いたメモを渡す。



 日月星蒼穹巡(ひつきほしそうきゅうめぐ)り、(うつ)ろなる闇の(よど)みも(あまね)く照らす。

 日月星、生けるもの(みな)天仰(てんあお)ぎ、現世(うつよ)(ことわり)(いまし)を守る。



 「結構……長い呪文なのね」

 「呪歌の【道守り】よりずっと短いよ?」

 渡した手袋は、甲に呪文と呪印を刺繍した左手だけだ。本体は革で、糸は魔力を蓄積する特別な染料で着色され、アミエーラが触れる間は、淡い真珠色の光を纏うが、手を離すとすぐ消えた。

 「歌は別よ。これ、音程とか決まってないの?」

 「音程? 楽譜はないわ。普通にこの通り言うだけ」

 「普通にって、力ある言葉は発音が難しいじゃない」

 アルキオーネが形のいい眉を下げて苦笑する。


 「でも、【道守り】はちゃんとできてるし、これもすぐ使えるようになるんじゃない? 呪符や補助具があれば、発音がちょっとくらいあやふやでも発動するって言ってたもの」

 「誰が言ってたの?」

 「アウェッラーナさんと【編む葦切(ヨシキリ)】学派の職人さんが、別々に」

 「へぇー。そう言うものなの」

 アルキオーネが、呪印の刺繍を指先でそっとなぞる。


 「元々は、魔力はあっても作用力のない人用に開発されたものなんですって」

 「作用力?」

 「魔法を使う力。それがない人は、魔力があって、呪文をちゃんと唱えても、魔法の効果が顕現しないの」

 「へぇー……そう言う人って力ある民? 力なき民?」

 「えッ? ……わかんない」

 予想外の質問をされ、アミエーラは戸惑った。


 魔法の説明も、まだ職人の受け売りで、自分自身の知識として、きちんと理解して身につけられたワケではない。


 「まぁいいわ。これ、今度、練習に付き合ってくれる?」

 「勿論(もちろん)よ」

 アルキオーネは、書き物机の抽斗(ひきだし)にメモと手袋を片付けると、膨らんだリュックサックを肩に掛けた。

 今日も難民キャンプに【道守り】の手伝いをしに行く。



 アーテル共和国から飛び出したアイドルユニット“瞬く星っ()”の四人は、アミトスチグマ王国を拠点に“平和の花束”として、歌手活動を再開した。

 信仰に疑問を抱いて祖国を捨てた彼女らは、それぞれ違う方向から、キルクルス教と魔法の関係に向合う。


 タイゲタは最近、呪符作りに興味を持って、インターネットで勉強を始めた。エレクトラとアステローペは、サロートカと一緒に星道の職人用の聖典を読み、司祭の衣や祭衣裳の刺繍を練習中だ。


 サロートカと平和の花束の四人は、力なき民だが、アミエーラは力ある民だ。ここでは、魔力があっても除け者にされない。

 だが、リストヴァー自治区では、市民病院で呪医の治療を受けただけで、星の(しるべ)に穢れた不信心者として大勢が殺された。

 自治区を外から眺めれば、理不尽さに気付けるが、中に居た頃は、殺されないよう、保身しか考えられなかった。


 聖典にきちんと目を通して読み(こな)せば、星の標の主張が誤りだとわかるが、自治区に居た頃は、日々の暮らしに追われ、そんな余裕はなかった。


 ……今の自治区は、ちゃんと聖典を読める人、増えたよね?


 支援者宅の長い純白の廊下を歩きながら考える。

 報告書には、大人向けの識字教室が始まったと書いてあった。


 リストヴァー自治区の失業率は依然として高く、楽観はできないが、以前より遙かにマシな暮らしを送れるようになったらしい。

 東教区に住む貧困層の識字率が上がれば、経済も生活も底上げできる可能性が拓ける。仕事がない間、自宅で聖典に目を通し、静かに信仰と向き合えば、治安がよくなるかもしれない。

 仕立屋のクフシーンカ店長が存命で、まだまだ元気に支援活動を行うとわかったのも嬉しかった。


 ……フィアールカさんに頼めば、連れて行ってくれるかもしれないけど。


 万が一、他の誰かに姿を見られては厄介だ。

 懐かしい人に会いたい思いを押し留めて前を向く。


 「今日は、第二十九区画だけお願いね」

 「一カ所だけでいいんですか?」

 迎えに来た歌手オラトリックスに言われ、アルキオーネが疑わしげに聞く。

 「最近、現地にお住まいの方の中にも、呪歌の歌い手が増えて来ましたからね」

 「じゃあ、私たち、要らないんじゃない?」

 「多い方が魔力を上乗せできて、それだけ、守りが堅固になりますからね」

 ベテラン歌手は、若い歌姫のキツい物言いをさらりと(かわ)して微笑んだ。


 アミトスチグマ王国政府は、難民キャンプ用地として大森林を提供した。

 ネモラリス難民の受容れを正式に表明した唯一の国で、行き場を与えられただけでも有難いとは思うが、魔物や魔獣と隣り合わせの生活は、神経をすり減らす。

 アーテル軍の空襲や、首都クレーヴェルでのクーデターから逃れた者の多くは、自力で身を守れない力なき民だ。



 「オラトリックスさん、アミエーラさん、アルキオーネさん、よろしくお願いします」

 アーテル軍の空襲が鳴りを潜め、世間の関心が薄れるに従って、ボランティアは減ったが、それ以上に自力で何とかできるようになった難民が増えた。


 ……生き延びる力……か。


 アミエーラたちは、呪歌の歌い手たちと握手を交わし、持参した薬を診療所に預けた。

☆【守りの手袋】/ロークさんとファーキルさんも、同じのを持ってる……ファーキル「0175.呪符屋の二人」「288.どの道を選ぶ」、ローク「283.トラック出発」参照

☆【道守り】……「804.歌う心の準備」「871.魔法の修行中」~「929.慕われた人物」参照

☆呪符や補助具があれば、発音がちょっとくらいあやふやでも発動する……「292.術を教える者」参照

☆そう言う人って力ある民? 力なき民?……「494.暇が恐ろしい」「890.かつての共存」参照

☆信仰に疑問を抱いて祖国を捨てた彼女ら……「429.諜報員に託す」「430.大混乱の動画」「515.アイドルたち」「517.PV案を出す」参照

☆市民病院で呪医の治療を受けただけで(中略)殺された……「859.自治区民の話」参照

☆大人向けの識字教室……「1577.大人への教育」「1578.炊事場の視察」「1585.識字教室の案」「1668.職人の後継者」「1717.摘まれる希望」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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